…記憶を送る
「春添さん!」
「おい大丈夫か!?」
二階のナースステーションに戻ると一番にあたしを見付けた黒子君が顔色を変えて駆け寄って来た。その声に反応して他の人達も寄って来てくれる。
大坪さんに横抱きにされていたあたしは奥の簡易ベッドがある所へと降ろされた。大坪さん、がっちりしてるから安定感があって離れたくないなと思ったのは此処だけの話である。
「酷い傷…」
「大した事ないよ。った…」
「何があったんですか?」
二階の探索に行っていたはずの桃ちゃん達は既に戻って来ていたようで、桃ちゃんが顔を悲痛に歪めながら布に血が滲んでいる肩を見て呟く。心配させまいと笑って言うが、少し動かすだけでも痛みが走る為思わず顔を歪めた。その様子を見て赤司君が大坪さん達に説明を請う。
「五階には春添のクローンがいた。本人の強さをコピーした奴は強かった」
それを聞いてある程度察したらしい彼は成る程、と呟いてあたしを見る。
「隙を突かれちゃったんだ。ごめん」
「また無理をして、と注意したいところだが…そんな顔をされては言いにくいな」
この顔は反省の表れのつもりだからね。
相田さんが傷口に綺麗な布を充てて止血してくれている間にあたしから一から経緯を簡単に説明する。油断したのも戦いの最中に小さな妖が巻き込まれそうになっていたからであると伝えれば、妖が視えていなかった大坪さん達も何故隙が出来たのか今理解したようだ。
「そういえば碧ちゃん、リコさん霊感覚醒したんだよ!」
「あ、そうなんだ」
「マジ!?残念ながらオレの霊感覚醒はならなかったわ…次頑張るぜ!」
桃ちゃんがあたしに嬉しそうな顔で報告してくれた内容は、相田さんの目論見通り霊感が覚醒した事であった。視たくないモノが視えるようになってしまった事がやはりあたしの中でやや引っ掛かりを覚えるが、本人が選んだ事ならばと笑みを返す。
高尾君は先を越されたー!と額に手を当てて苦い顔をする。一番霊感覚醒望んでるもんね、彼。
「こっちは探索中に鍵が見付かったぞ」
木村さんがポケットから例の鍵を取り出し、その大きな手の平に乗せてみんなに見せる。
「それ、本のか?試してみるか」
宮地さんは鍵を一瞥し、なんとか固く閉じた本の隙間から中身を見ようと奮闘している原さんから本をするりと抜き取ればそれを木村さんに差し出す。
最初はナースステーションの方からこちらの様子を窺っていたらしい花宮さん達も中身は気になるようで集まってくる。
「お、開いた」
すっと差し込んだ時点で嵌ったと周りが目を丸めた。そして鍵を捻ればカチッと小さな音を立てて開いた。
周りのみんながおお、と喜びに声を上げる。
「よし…開くぞ」
南京錠と鍵をポケットにしまって軽く深呼吸をした木村さんが周りに視線を配らせて確認すると、大坪さん達一部の人が大きく頷く。
そして表紙を開き、一ページ目を見た木村さんは目を瞬かせる。それを見て覗き込む大坪さんと宮地さんも目を瞬かせた。
「何も書いてない…?」
「他のページも白紙だぜ」
大坪さんが不思議そうな声を出し、宮地さんが本を受け取ってパラパラとページを捲るが何処を見ても白紙らしい。
赤司君、近寄って来た花宮さん、今吉さんの三人も受け取って見てみるが誰が見ても白紙。勿論あたしが見ても白紙なので、霊感の有無も関係ないようだ。本当にただの本、のよう。
「これ…人気映画のあの魔法学校に出てくる不思議な日記的なやつじゃないっスよね?」
「んなわけねえ、と言いたいがこんな世界じゃあり得る事なのかもな」
黄瀬君が顎に手を添え考え込む様子は実に様になっている、というのは余談で…ファンタジーな事を考えている黄瀬君に笠松さんが否定したいが出来ないと小難しい顔をした。
「でも書く物なんて…」
小堀さんの呟きを聞いて、ふとナースステーションに合流してからの探索で邪魔だと桃ちゃんに預けたあたしの鞄を思い出す。
「あたし筆箱持ってます」
「「それだ!」」
急に青峰君と黄瀬君があたしをズビシッと指差した。人を指差すとは失礼な、と思っているとその二人の人差し指をグニッと折り曲げた桃ちゃんと笠松さんヤバい。
今の所荷物を持っているのはあたしだけなので、桃ちゃんに頼み筆箱を出してもらってその中から黒のボールペンを出し赤司君が適当なページにそれを走らせる。
でも残念ながら、書く事は出来なかった。まるでビニールにボールペンを走らせているように文字が写らないとの事。
他にみんなが色々試そうと水を垂らしたり破ろうとしたりするが、撥水加工がしてあるように弾き滲まなかったし、普通の紙のようにペラペラなのに関わらず破る事も出来なかった。
取りあえず�W何も(出来)ない不思議な本�Wという事で保留となり、五階のボスであると思われるあたしのクローンをどうするかの話し合いをする事になった。まず最初にあたしは暫く休む事、治療に使えそうな物がないか調べる事が決まった。まあこの傷では何も文句は言えまいて…。
あわよくば治癒能力のある妖も見付けてくれると嬉しいなという願望は心の中に留めておく。
「あ、そうだ。頭突きを食らった時、一瞬色んな光景が見えたんです。それがクローンの記憶なのか何なのかはわからないけど…」
「どんな光景?」
重要な事を話し忘れていた事を思い出してそう言えば、氷室さんがその先を促す。
そういえば秋塚に頭突きを食らった時は何もなかったのに、共鳴したのは�Wあたしの�Wクローンだったからだろうか。
「多分何処かに三人、かな。男の人が閉じ込められてると思います」
「…何処かはわかるか?」
「閉じ込められてる中の様子だったから、何階とかわかんない…けど何処にどう閉じ込められてるとかその人の特徴とかあるから、見ればわかるかも」
「見ればわかる…って碧ちゃんは此処に残るんだよね?どうやって探すの?」
そうだった。桃ちゃんの質問を聞いて腕組みをして軽く首を捻りながらう〜んと考える事数秒。いい事思い付いた。
「…記憶を送る」
「記憶を、送る?」
相田さんが首を傾げた。
「クローンが頭突きしたのと同じ要領です」
「え、待って。じゃあ誰かに頭突きすんの?」
そう聞いた途端顔を歪める高尾君。あたしが頭突きを受けている姿を見てるからあんな頭突き食いたくないと思ったんだろうね。
「あたしのクローンだったから頭突きを通して記憶がリンクして、あの光景が見えただけなのかもしれないですけど…単純に考えて霊感が強い人同士でも記憶を送れるかもしれないと思いまして」
やってみないとわからない。そう言うと意を決したように赤司君が進み出た。
「…わかった、やってみよう。春添、オレにやってみてくれ」
「…そんなに強張らなくても大丈夫だよ」
やや表情が固いのは気の所為ではないと思う。
「…だが春添の頭突きだろう?痛そうだ」
「ちょっと失礼だよ。絶対に頭突きじゃないといけないわけじゃないと思うから、額を合わせるだけにするから大丈夫」
素直に苦笑しながら痛そうだと言った彼に思わず笑ってしまったが、頭突きをするつもりはないと伝え、だから力を抜いて、と優しく言えば赤司君は小さく笑って頷いた。
優しくしても無理なら頭突きにするけどね。本人には言わないが。
あたしは赤司君の頭を包むように、両手を頭に優しく添える。緩くあたしの方に傾け寄せながら少しだけ俯かせれば、赤司君は目を閉じた。あたしも同じように俯きそっと額を合わせた。
「…デココツ…」
「空気を読め高尾」
「轢くぞ」
この真剣でシンとした空気の中で呟いた高尾君の発言はよく響き、緑間君と宮地さんに叱られていた。当たり前だ。そんな事を言われては恥ずかしくなって集中出来なくなるから黙って下さい。
そっと目を閉じ、クローンからあたしに送られてきた光景を記憶の中でしっかりイメージする。そして合わさった額から感じる赤司君の霊力と自分の霊力を融合させるイメージを起こし、そこから記憶が伝うよう願いながら念を送る。
互いの皮膚が交わってじんわり上がっていく体温を感じ、少し熱を持った額を温かく感じながら暫くそのままで待つ。すると、赤司君が彼の頭に添えているあたしの両手に自分の両手をそっと重ねゆっくりと下ろさせた。
突然の事に驚き少し目を開けるが、赤司君は目を閉じたまま。長い睫毛が近くで見え少し頬にも熱を感じた。睫毛長い羨ましい。
両手を下ろさせられてから直ぐ、ゆっくりと目を開けた赤司君が離れるのを感じあたしも距離を置いた。
「…恐らく成功だな。春添から映像が伝わってきた。ハッキリとはしていないが三人の姿も閉じ込められた場所も見えた」
他にも霊感がある人相手なら伝わるかもしれないから、と伊月さんと黒子君と相田さんにも記憶を送っておいて欲しいと言われ頷き返す。
あたしは無事に記憶が送れて安心したが、赤司君は少し難しい顔をしている。え、もしかして余計な記憶送っちゃったとか?
そう不安に思って何を考えているのか声を掛ければ、彼から苦笑が返ってくる。しかしそれは、あたしの記憶がどうとかいう話ではなかった。
「いや、春添が問題ではないよ。ただ送られてきた記憶にあった三人の内の二人が身近な人のような気がしてね」
「え、誰っスか!?」
それに食い付いたのは黄瀬君。赤司君は彼を見て少し困った表情をした。
「顔ははっきりと見えないが、髪色や顔立ちからして…虹村さんと灰崎のような気がする」
そう聞いた瞬間、スンと黄瀬君から表情がなくなった。え、怖い。
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