あたし達の敵ですから
【赤司side】
赤ら顔に特徴的な大きく高い鼻、その背には翼が生え、ガタイのいい体に山伏の服を纏い、歯の高い一本歯下駄を履きヤツデの葉の形をした団扇を持っているそれは、正に伝説の生き物と誰もが知っているであろう天狗そのものだった。
天狗、と思わず呟いた瞬間、奴は持っていた団扇を軽く少しだけ振った。そう、軽く振っただけなのに強風がオレ達を襲い背後へ吹き飛ばされる。何とか体勢を立て直して着地をするが、あの一振りで随分後退させられた。それに対し春添のクローンは至極楽しそうに口角を吊り上げた。
「くっ…みんな無事か!?」
「おーよ。にしてもビビったわ〜」
「吃驚したし〜急に強風とか何なの?」
岡村さんが転がった体を起こしながら、吹き飛ばされてきたであろう黒子を支えて周りを確認する。春日さんはオレと同じように着地出来たようだが紫原でさえも転がっており、彼は頭を摩りながら苛ついた様子で上体を起こす。その言葉に視えていないのかと思い、黒子に視線を移せばオレの意を汲み取って「…薄っすらとですが、」と答えた。
そこで確信する。この天狗は本物の妖だ。
書物や土産物でよく目にする様相の天狗だが、実際に目の前にしてみれば背筋が泡立つ程の悪寒を感じる。太古の妖怪と言われているだけある。強い。直感的にそう感じた。
「どうですか?本物の天狗を目の前にしてみて。しかも大天狗ですよ。わかりますか?このパワー、威厳、風格…流石は大妖怪ですよね」
気兼ねない様子で天狗の逞しい腕に触れるクローン。その大妖怪にそんな軽々しく触っていいものなのか。
そう思いながら天狗の顔を見て思わず唖然とした。
おい、鼻の下伸びているぞ。
とんだ助平妖怪だな、と思っていると察したのかオレの方を睨んでくる天狗。そして佇まいを正すと再度団扇を構えた。
「私と一緒にこの大天狗とも戦ってもらいます」
碧ちゃんの為ならば如何なる事もやってしんぜよう。ね、碧ちゃん。
「ね、大天狗」
一体どういう関係なんだ。名前で呼び合ってるぞ。
側から見ればクローンが手玉に取っているように見える。
「さあ、お喋りは終わりです。殺りましょう」
「物騒な…よっ!」
そう言うや否や、クローンは春日さんに一気に間合いを詰めると木刀を振りかぶる。様子を見ていた春日さんは直ぐさま反応し、バットで受け止め再び激しい攻防を繰り返す。
その合間に天狗はオレに狙いを定め、飛んで間合いを詰めてくる。
妖との戦いなんて初めてだ。今まで幽霊が視えた事はあっても直接関わる事は多くなく、大きな事は何もなく過ぎていった為春添のように対処法を熟知しているわけではない。しかも幽霊と妖怪とでは存在が違う。
それにこの場で天狗が視えるのはオレと黒子だけ。他の三人ともクローンの言葉を聞いて天狗も参戦したと理解はしているが、岡村さんと紫原は天狗が何処にいるかはわからないので銃を構えながらどう攻撃しようか考えあぐねている。
小童、悪い事は言わん。大人しく降伏すれば命は取らん。
そう言いながらまた団扇を少しだけ仰ぐ天狗の言葉を易々と信用出来なかった。強風を受けて腕で顔を覆いながら後ろにずり下がっていくと、背中が壁についた。
「ちょっと赤ちん大丈夫〜?また天狗に風煽られてんの?改めて思うと視えないの不便だね〜」
壁かと思ったが紫原だった。少し驚いて振り返れば、先程は吹き飛ばされていたのにも関わらず、今は踏ん張り後退を耐えている。
「何処にいるかわかんないから攻撃しようがないんだけどー。どうしたらいい?」
「ああ…今オレも考えているところだよ」
オレと紫原がそんな話をしていると、春日さんと距離を置いて一息吐いたクローンが天狗を見て言った。
「大天狗、いいんです。命を取ってしまっても」
…しかし、
「あたし達の敵ですから」
天狗はクローンの方を見て動きを止めると、頷きオレ達に顔を向け直す。
…碧ちゃんが言うのなら。
そう言うや否や、右手で拳を作り力を込めて廊下を殴ろうとする。地面が崩れたら、と考えると咄嗟に天狗に言葉を投げ掛けていた。
「天狗さん。お聞きしたい事があります」
…申してみろ。
ピタリと動きを止めた天狗を見て、先程の天狗の躊躇った言葉といい本当はこんな事をしたくないのではないかと考えを改める。そう思うと、先程の命を取らないという言葉は本心だったという事だ。
今はクローンの指示に従おうとしているが、そう思うと次を考えるより先に、勝手に言葉が口から出た。
「春添がタイプなんですか?」
ギクッと肩を上がらせた天狗。明らかな動揺が見えた。
そんなわけがない。大妖怪をからかうものではないぞ、小童。
表情は変わらず冷静を努めているが、声がやや上擦っている。その反応を見て言葉を続ける。
「春添の役に立ちたいんですね?」
だからそんな事はない事もないかもしれぬ。
助平の上に中々面倒臭い性格かもしれない。まさか大妖怪にそんな事を思う日が来るとは思わなかった。
「…あの春添は偽物です」
…何だと?小童、たわ言はよせ。
「嘘ではないです。本物の春添は…あんなクローンに負けない程に見た目も心も綺麗ですよ。命を取れなど…絶対にそんな事を言う奴ではありません」
天狗は鋭い目を細めた。
「本物の彼女は、とても優しくて強くて…弱い人間なんです」
そう言った瞬間、木刀の切っ先がオレの顔を目掛けて横切る。寸前で避けると、クローンが春日さんとの戦闘を中断してオレに間合いを詰めて攻撃を仕掛けてきていた。その表情は余計な事を言うなと言っているようだ。
「お前の相手はオレでしょー、がっ!」
春日さんがクローンの背後からバットを頭部目掛けてスイングするが軽く避けられ、オレにも当たりそうになった。避けたので問題ないが少しヒヤッとした。
「あ、悪い悪い〜」
「いえ」
緩い謝罪に少し力が抜けた。そんな中、天狗が口を開く。
何が正しく、何が間違いか儂にはわからん…だが碧ちゃんの言葉に従う。それだけだ。
春添本人がいないのであれば、本物か否か証明する事は難しい。クローンの言う通りにしようとする天狗を見据えながらどうするか思考を巡らせていると、天狗とクローンが跳躍した。
「フン…大天狗に何を言っても無意味だよ」
そう一言呟いたクローンは口角を上げて木刀を構える。その木刀に術か何か、天狗が団扇を振って旋風を纏わせた。あれに当たれば死ぬ。直感的にそう感じた。
終わりだ。
「…ハハッ!!死ね!!!」
やっと殺せる。そう思っているであろうクローンが嬉しさの余り瞳孔を開いた目を見開き、その木刀を振り下ろした。
春日さんがすかさずオレ達の前に割り込んでバットで受け止めようとするが、確実にバットでは歯が立たない。完璧に避けられる可能性はかなり低いが、避けた方が死なずに済むかもしれないと思い、春日さんの腕を引いて紫原を後ろへ押し返す。
「赤司君!!!」
「紫原!!春日ァァァ!!!」
後ろで黒子と岡村さんの声が聞こえる。
やはり間に合わない…っ!
待たんか。
ドンッ!!!
嗄れた、それでいて落ち着いた声が鼓膜を刺激する。
何だと考える間もなく、こちらに向けられていた攻撃が衝撃音と共に目の前で止まる。ぶわっと一瞬風が巻き起こって、静寂が廊下を占める。
「え、」
春日さんが来ると思っていた攻撃が来なかった事で目を見張り固まる。紫原も目を見開いて固まる中オレは、恐らくオレにしか視えていない姿に驚き体が動かなかった。
よさぬか…幻に惑わされおって。真摯な人の子の声も届かぬか。
オレ達に背を向けて佇むそれは、所々酷くほつれた袴をゆらゆらとはためかせ、細身の体が深い毛で覆われている。その姿は見慣れないものだったが、何だか知っている気がする。思い出せずにいると、天狗が目を見張りながら名を紡いだ。
…覚…!
覚。そう呼ばれた妖怪は、オレが知っている容姿とは少し異なっていた為直ぐに結び付かなかった。だが体毛で覆われた体と、こちらを一瞥した見透かしたような目を見て納得する。
「…え、何?どうなってんの?」
「攻撃が、消えた…?」
呆けている紫原と春日さんの声を聞いて、慌てた様子で岡村さんと黒子が駆け寄ってきてオレ達を後ろへ引っ張り遠ざける。
覚はオレ達が離れたのを見て素手で掴んで受け止めた木刀を押し返し、突き離す。軽く追い払うように見えたが、クローンは強く押し返されたように大きくフラついて後退した。
「…覚と呼ばれる妖怪が、間に入って助けてくれました」
「覚!?…今吉じゃなくてか?」
本人の前で言ったら怒られますよ岡村さん。
「でもどうして…」
儂は春添碧に助けられた身。のう、我が子分達よ。
ええ、ええ。
助けて頂いた。とても助かった。
次は私達が助ける番。
薄っすらと視えている中で目を細めながら黒子が不思議そうに呟くと、覚は嬉しそうに口角を上げて自分の両肩に目配せをする。すると、体毛の中からひょこひょこと姿を現わす小さな妖達。
覚はともかく、春添に助けてもらった小さな妖…それを聞いてピンときた。
春添が戦闘中に助けたと言っていた妖達だ。
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