離さない

【赤司side】

 碧ちゃん…

「はぁ…もう少し利用出来ると思ったのに。あなたがこの空間にいた事は想定外でした」

 儂らを巻き込んだくせに、よく言う。

「あたしじゃありません。マスターですよ」

 呆然としている大天狗に目を向ける事もなく深い溜め息を吐いたクローンはそう言い捨てた。覚は目を細め低い声でクローンを睨みながら身勝手な発言に怒りを表すが、悪びれた様子もなく肩を竦めてこの世界に呼んだのは自分ではないと言う。
 クローンの様子と吐き捨てた数々の言葉を聞き、大天狗が悔しそうに拳を握り締め歯を食いしばる。

「何ですか?その顔。悔しい?騙されて」

 クローンは漸く大天狗を見ると鼻で笑いながら追い打ちをかけるように声を掛ける。大天狗は目を伏せながら震える声で言った。

 騙されていた事が悔しいのではない…見極められなかった自分が情けない…!

「本当にそうですね。情けない。あなたは本物のあたしに合わせる顔がないですね。聞きたい事は沢山あるでしょうが」

 クローンの言葉は全て大天狗の心をへし折るかのような冷たい言葉だ。大天狗は力を一気に抜くと、威厳すら消えてしまうのではないかと錯覚する程に悄然としながら静かな声で肯定した。

 …誠に…その通り…

「そんなわけないでしょう」

 しかし、その言葉を否定する声が後ろから聞こえた。振り返れば黒子が怒りを表情に滲ませながら前に進み出てくる。大天狗に横を通り過ぎ、クローンに向き合った。

「この大天狗さんと春添さんにどんな過去があったかなんて知りません。どんな思いで春添さんに尽くそうと思っているのかも定かではありません。それでもわかるのは、大天狗さんが純粋に春添さんの力になりたい、支えてあげたいと思っている事です」

 震えを抑えるような声で大天狗を一瞥し、黒子はクローンを見据えながらはっきり言い切る。

「それをあなたが否定したり馬鹿にしたりするのは違います。あなたには大天狗さんの事も春添さんの事も、何一つわかっていない。わかるはずもありません」

「出来損ないだもんね〜」

 それに便乗するように言うのは紫原。ライフルを担ぎ直しながらクローンを見下ろした。

「あんたの声しか聞こえないから話の筋あんまわかってないけどさ、言う事だけは偉そうだよね〜」

 紫原には視えていないが、大天狗は二人の言葉に目を丸くさせて驚いたように見ている。その彼の肩を叩いたのは覚。

 目が覚めたのなら問題ない。お主は暗示の術をかけられていた…判断が鈍ったのも致し方ない。これからどうするかが己の道を切り開く。

 ……正しく、その通りだ。

 周りに励まされた大天狗は一度目を伏せると光を宿した目をクローンに向けた。

 碧ちゃんのクローンと言ったな。偽物からでは知り得ない事を碧ちゃん本人から聞く為に、お主を倒す。

「カッコいい事言いますね。出来る物ならやってみろ、です!」

 クローンは木刀を構えるとその場を踏み込み一瞬で大天狗の懐に移動し、木刀を突き刺しに掛かる。

 こ奴は出来ぬ事を言わん。

 その行動を読み取った覚が木刀を掴むと木刀ごと投げ飛ばす。防がれる事がわかっていたようにクローンは難なく着地をすると同時にまた駆け出し、速い動きで覚と大天狗に向かっていくと木刀を横一文字に大きく振った。防いだ覚の腕に斬り傷が出来る程の威力に、今までのは本気ではなかった事を改めて感じ見ているこちらが冷や汗をかく。
 大天狗は団扇で風を起こしクローンを押し返すが、クローンは踏ん張って耐える。それどころかその風の中踏み込み心臓や頭など急所を狙って突きを繰り出した。オレ達が一振りで簡単に飛ばされた風の中で、そんな踏ん張る力が何処にと疑いたくなるような光景だ。怪異だからと納得するしかないのかもしれないが。

 クローンと妖の常識外れな戦いを目の当たりにし動けずにいると黒子が声を掛けてきた。

「赤司君、出発前に春添さんから聞いた事なんですが」

「何だ」

「春添さんの弱点です」

「弱点?」

 恐らくクローンにも通用するかと、と頷いた黒子に目を丸くさせたが、耳打ちされた内容を聞いて正直戸惑った。

「…それはオレにしか出来ない事ではないと思うんだが」

「確かにそうですが、赤司君ならこの状況でも上手くやってくれると信じての事です。僕達では戦っている妖もハッキリと視えませんし…お願いします」

 この場にいる全員やれば出来る事ではある。が、この戦いの中でクローンにそれが出来るのは妖を視る事が出来るオレが最適であるのには納得出来た。勝つ為だ、とオレは黒子に頷き返した。

「…わかった」

「頼んでおいてなんですが、気を付けて下さいね。全力で援護します」

「頼んだよ」

 そう答えるや否や、動き回るクローンを唖然と見ている岡村さんや春日さん、ライフルを弄っていた紫原に事情を説明しに行く。
 オレはハンドガンをしまうと、隙を見てクローンに近付けるように戦闘を注視する。

 オレ達の考えている事がわかった覚がこちらを一瞥して頷くのを見て、彼が上手く隙を作ってくれると理解し身構えた。
 
 動きが単調になってきたぞ。春添碧ならこんな事にはならんというのに。

「煩いですね。本物に会った事もないくせに」

 どんな形であれ先程会ったも同然。儂にはわかる。貴様が負ける姿が能力を使わずしてわかるわ。

「っ!?」

 挑発する覚の言葉を合図に大きく団扇を一振りした大天狗。強力な窓や周辺のドアが破損する事はないようだが、今にも壊れそうなくらいにガタガタと音を立てる程の強風に煽られ、踏ん張るので精一杯のクローンの隙を逃さず、覚に手を貸してもらい大天狗の背後から飛び出た一つの影。

「はいどーん」

 いつの間にか大天狗の背後に身を潜めていた春日さんが、覚に投げられる形で大天狗を跨ぐように飛び越え踏ん張るクローンに向かっていく。彼女が咄嗟に木刀を何とか構えようとするが春日さんの方が一枚上手だったようで、バットをフルスイングで振り木刀を強く弾き飛ばす。
 廊下を回転しながら滑り奥へ飛んでいく木刀を目で追う無防備なクローンを見て、紫原に目で合図を送ると構えていたライフルでクローンの片足を狙う。

「っ!!」

 見事命中して体勢を崩し片膝を着いたクローンを確認すると、オレは一気に間合いを詰めて意識が逸れていたクローンの腕を掴んだ。

「離せ!!」

「離さない」

 キッとこちらをきつく睨んだクローンはオレに掴まれていないもう片方の手で殴り掛かろうと拳を握ったが、グッと顔を近付けると動きがぴたりと止まった。オレは鼻頭が触れそうな距離で少し口角を上げる。

「オレに離して欲しくないって顔に書いてあるよ。春添」

 目の前のクローンは本物の春添だと言い聞かせ、本人に向けるような笑みを意識して笑った。

「ひ…」

 すると、クローンは忌々しそうに歯を食いしばり俯いて、威嚇するように声を張り上げながら顔も上げた。

「ひゃい…っ!」

「「……」」

 しかし顔を上げたクローンを見れば、赤面し目がハートになっていた。まるで漫画のようだと間近にある顔を見つめて思う。

 そんな事ないに決まってるでしょうが!!…と心は言っておる。

「言葉にならない程メロメロなんですね」

 春添がメロメロ…覚と黒子の言葉を聞いて、本人では想像付かないがクローンを目の前にして正直似合わないなと思い少し笑ってしまった。

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