…誰かって?

 目を開けると真っ暗な場所にいた。確か部活帰りに電車に乗ってて、疲れて眠くなって駅に着くまで寝ようと目を閉じた所までは覚えてるけど…今いる此処は暗くて狭い。体が動かせないが身に覚えのある感覚から、ロッカーの中だと予測。中学の頃に不可抗力の隠れんぼで隠れた事がある。
 そっと押しても開かないので蹴破る勢いでドアを中から蹴ると、錆び付いていたドアは開いた。埃が舞い上がり軽く咳き込む。

 やっぱり入っていた場所はロッカーだったみたいで、出たら周りに他にも幾つかロッカーがあった。薄暗いし汚いし古いけど、どうやら更衣室みたいだ。

 何故自分がこんな所にいるのか考えながら自分の格好と持ち物を確認する。いつも通りの制服に、今気付いたが肩に掛かっている通学鞄。中身は財布、携帯、ポーチ、筆箱、タオル、中身が減ったペットボトルのお茶、数学の教科書とノート。課題が出ていたので持ち帰ったものだ。
 だがあと一つあるはずの、手入れしようと持ち帰った愛用の竹刀はない。思わず舌打ちが軽く出る。

 続いて一つずつロッカーを開けていくが特に何もなかった。更衣室からカーテンで仕切られていた隣の部屋に出ると、大きな机に散らばった書類。壁には番号の書かれたプレートがずらりと並び、受話器があった。ドラマで見た事があるけど、まるで病院のナースステーション。乱れ具合から廃病院のように感じる。…脱出ゲームみたい。

 廊下側からは見えない位置の壁に立て掛けられている刺股を発見したので、埃は被っているが使えると判断してそれを手に取り、通学鞄は動きやすいようにリュックのように背負った。さて、此処が何処か調べようか。

 また妖あやかしの類いにでも悪戯されて連れて来られたのかな。最近ちょっかい掛けられる事も少なくなってきたと思ったけど。
 そんな事を考えながらナースステーションを出て廊下を歩く。暫く歩いて廊下の突き当たりに窓があり何階か確認しようと外を覗くと地面には芝生で覆われた広い敷地が広がっていて、高さ的に二、三階と推測。空を見てみると緑色だった。月も太陽もないけど明るくも暗くもない。上下緑は目に優しいなと思った。

 不意に声が聞こえた。声っていうか呻き声のような。声のする方へ忍び寄った先には何かの個室。プレートはなく何の部屋かわからない。
 開けっ放しのドアから中を覗くと、そこには患者服を着たよく映画に出てくるゾンビのようなモノがいて、痛みに呻くような声を漏らしながら室内をずるりずるりと徘徊していた。

 幽霊…なのか?いや、そもそもゾンビって人間が腐敗した物とかそういうので、幽霊のように魂的な物ではないはず。
 妖(幽霊)と人間の区別が付かない程霊感が強いあたしは、度々人間と妖を間違える。その為落ち着いて物事を確認する癖を付けようと現在も努力している。
 今回も冷静になってそう考えた結果、やっぱりゾンビは幽霊ではない怪異と判断した。まあ見るからに怪物だし判断も何もないんだけども。

 さて、このゾンビをどうしようか。っていうか何でゾンビ?
 そう思っていたが気が緩み手に持っていた刺股が開けっ放しのドアにコツンと当たり、徘徊する音しか響いていなかった静かな周囲に響いた。

 その瞬間、背中を向けていたはずのゾンビの頭がぐるんと180度回転しあたしの方を向いた。振り向く拍子に腐敗した皮膚の繊維がブチブチと切れる音がして不快に眉を寄せる。

 だ、ァれ?

 嗄れた声でゾンビが喋った。喋れるんだと思っているとゾンビはあたしの方に体も向けて、先程までの緩慢な動きとは違いグラグラ揺れるバランスの悪い体を揺らしながら結構な勢いで迫ってきた。
 あたしは逃げるように廊下の歩いてきた道を戻るが、直ぐに立ち止まり振り返る。追い掛けてきていたソイツはあたしに両手を伸ばして襲い掛かった。

「ふー…」

 軽く息を吐き刺股の柄をしっかり握り正眼で構える。

「“左足剣”」

 迫るソイツにこちらも早足で近付き左足が前に出た瞬間、右足で踏み込み勢いを付け頭から縦一文字に斬り込んだ。
 斬ると言っても刺股なので比喩だが脆い体のゾンビには効果的なようで、両断され砂のような塵のような…粉々になって消えていった。思っていた血がブシャアにならなくてよかった。

 この技は天然理心流の左足剣。歩み足で斬り付ける技だ。刺股は大きいのでやややりにくかったが、打撃は通用するとわかって安心した。

 さ、ひと段落ついたところで探索を再開しよう。さっきのゾンビもこの場所も謎だらけだ。
 そう思いながら妨げになったゾンビもいないので進行方向に進んだ。










 暫く歩いて階段が見えてきた。敷地が広かったのでこの廃病院内も相当広いのでは、と思っていると視界に白い影が入る。焦点を合わせれば、階段前の廊下に漂っている白い影。近付くとそれは細くて可愛いデフォルメをした…幽霊だよねどう見ても。一反木綿とは違うけど浮いてるし。ザ・幽霊。

 白は悪いイメージではないし悪意も感じないので更に近付いた。細い幽霊はあたしに気付くと黒胡麻のような目をこちらに向けた。可愛い…。

 …誰かが閉じ込められてる…

「…誰かって?」

 わからない…此処が何処かも…

 消え入りそうなか細い声。そんな声で一生懸命こちらに何かを伝えようとしているので、こちらも聞き返すが答えはあやふや。
 この幽霊…さっきのゾンビとは別種な気がする。造られたモノかそうではないか、みたいな。勿論この幽霊は後者の意味だ。

 その時、放送が館内に流れた。その内容を聞いて厄介な所に勝手に連れ込まれた事を理解した。しかもあたし一人ではないらしい。

 私達も巻き込まれた…

「巻き込まれた…?」

 …元の場所に帰りたいよ…

 そう言葉を残すと幽霊はスッと静かに消えていった。元の場所、か…成る程、何となくわかった。それよりあの子何処に行っちゃったんだろう。
 そう思って周りを見渡した後、階段を登ろうか降りようかと思案しているとクイッと後ろに髪を引っ張られた。

「ひっ」

 急な事に驚いて振り向くと、そこにはさっきの幽霊。

「な、何?」

 向こうで今話し声がした…

「向こう?」

 安全な所探そうと移動した先で…声がしたから教えに来た…

「あ、そう…ありがとう」

 この数秒の間に、って思ったけど相手は幽霊。瞬間移動的なのもお手の物なのかな。…まさかだけど、この子もしかして陥れようとしてるんじゃないだろうな。
 疑い始めてしまった思考は、黒胡麻のようなつぶらな瞳を見た瞬間拭い去られた。可愛いは罪。

 教えられるままに誘導してもらい、話し声のした方とやらに向かう。広い館内を歩き回っているので、構図がどうなっているか早くもわからなくなりつつある。認めたくはないが、些か方向音痴なのです。少ーしだけね…。

 そして一つの部屋に着いた。

『……ああ、此処で死なない程度に甚振ってやるのもいい』

 幽霊は案内するとまた消えてしまって次はもう出てこなかった。それをあまり気に掛ける事なく耳を澄ませば、何とも物騒な言葉が出てきた。明らかな敵意のある言葉に、この部屋には敵と、恐らく連れ込まれたあたしと同じ境遇の人がいるんだろうと考え、一度少し離れて間合いを取り刺股を構えた。

 その敵がボスの可能性だってなくはない。早速ボスに出会えるとかラッキーな事もあるかもしれないしね。そんな期待を込めて、思いっきり刺股のU字金具を突き出した。ドアは簡単に吹っ飛んだ。

「ボスってあなたの事ですか?」

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