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乙女のキッス
わたしはフィガロ城の主、エドガーさまの執務室前に立っていた。重厚な扉をノックすると、いつもなら直ぐに何か反応がある。けれど、今回は何も返ってこなかった。陛下からお茶の用意を承っており、クッキーを添えてお持ちしたのだけど。
しばし思案してから再度ノックする。やはり変わりはない。わたしは思い切って、扉を開けてみることにした。
「失礼いたします。陛下、お茶をお持ちしまし……あら。」
陛下は居眠りをなさっていた。どうやら書類を読みながら眠ってしまわれたらしい。左手には書類、右手にはペンを掴んだまま、頬杖をついていらっしゃる。いつも隙のない陛下には珍しい光景だった。
端正な顔立ちだとは思っていたけれど、眠る姿も絵になる方だ。形のいい唇から漏れる寝息にどきどきする。こんなときまで整っているなんて、ちょっとうらやましい。
わたしはそっとお茶のトレーを置いて、陛下を起こしにかかった。
「陛下、陛下。起きてくださいませ。お茶をご用意いたしました。それに、ペンをお持ちのままでは危険ですわ。」
「……んん、おや、マリア……?ああ、私は眠っていたのだな。」
寝ぼけた顔もやはり整っているあたり、筋金入りの色男だと改めて思う。
「はい。お茶をお持ちしました。お待たせして申し訳ありません。」
「ああ、そうだった。気を遣わせてしまったね。ありがとう、マリア。」
パチンとウインクなさった。さすがは陛下。
「恐れ入ります。」
わたしは頭を下げて、退出しようとする。けれど、それは陛下の声で遮られてしまった。
「そうだ、マリア。」
「はい。陛下。」
わたしは陛下の前まで戻り、文机を挟んで向かい合う。
「君、フィガロに来てどのくらいになったかな。」
「もうすぐ二年になります。」
「そうか。もうそんなになるのか。優秀な秘書が来てくれて本当に助かっているんだよ。君もだいぶフィガロに馴染んできたと思うのだが、この習慣は知っているかな。」
陛下の話ではこうだ。フィガロでは、うたた寝していた者は起こした者のキスを受ける、という習慣があるという。
「まあ、そんな習慣があったのですか。存じませんでしたわ。」
「挨拶みたいなものだね。なかなかロマンチックだろう?」
陛下はにっこりと笑う。何となく嬉しそうに見えたが、わたしはあまり気に掛けなかった。
「うっかり寝てしまっては大変ですね。」
「はは、そうだな。ところでマリア。君は先ほど、わたしを起こしてくれたね。」
ほら、と、陛下はご自身の頬を指さされた。
「え?あ、あの。本当に、するのですか?」
「もちろん。」
「そ、そんな、陛下に、恐れ多うございます。それに、今お聞きしたばかりで心の準備が……。」
混乱し躊躇していると、腕を引っ張られて陛下の方へ倒れてしまった。勢いでそのまま陛下の頬に唇が触れる。わたしは一瞬、何が起こったのかわからなかった。自分でも、頬にじわりと熱が広がるのが分かる。
「ふふふ。君、意外とウブだね。」
陛下は満足そうだ。ますます嬉しそうにし、心なしか先ほどよりも血色も良い気がする。わたしは後からじわじわと状況を把握し始め、気恥ずかしさからどこを見ていいかわからなくなってきた。けれど、そんなわたしを気にすることもなく、陛下は仕事に戻られる。
「よし、癒やしを得たところでもうひと頑張りするかな。マリア。例の資料、頼めるかい?」
「は、はいっ。」
わたしは、逃げるように執務室を飛び出した。
この日から、しばらく同じことが続いた。
陛下が眠っていらっしゃるときは、起こさないようにそっと部屋を出て行こうとするのだけれど、いつの間にか目を覚まされてはキスを迫られる。今までうたた寝なさることなんて、ほぼなかったのに。
陛下のことは決して嫌いではない。けれど、こんなに迫られたこともないので、わたしは毎回困ってしまう。恐れ多いとは思いつつ、どうしても陛下を意識してしまうのだ。陛下はそれすら楽しんでいらっしゃるようで、わたしはますます戸惑っていた。一方的とはいえ、それに応えるうちにほんの少しだけ陛下の気持ちに期待してしまう自分に気が付き始めていた。
それにしても、だ。二年もフィガロで過ごしているのに、こんな奇想天外な習慣があるとは露ほども知らずにいた。我ながら鈍くさい事だ。
ある日、笑い話のつもりで生まれも育ちもフィガロの友人に件の居眠りとキスの話をした。すると、「そんな習慣なんて聞いたこともない」と、返って来た。わたしはどちらを信じれば良いのかわからなくなって、他にも数人に聞いてみた。だが、皆の答えは同じだった。
陛下は女性がお好きだ。けれど、女性を傷つけたり、弄ぶようなことは決してなさらない。そういうお方だったはずなのに。陛下のお心が見えず、わたしはいっそう困惑した。なんだか情けないような悲しいような、複雑な心境だった。
わたしはこの二年ほどの間、陛下にとても近い場所にいた。けれど、思えば口説かれたことは一度もない。
やっぱりからかわれているのかもしれない。本来、雲の上の人なのだ。わたしなどの手が届くような人ではない。ほんの少しでも、期待すべきではなかったのだ。
今ならまだまだ引き返せる。浮ついた気持ちに、自ら喝を入れた。
その日、陛下は大臣たちと会議をなさっていた。議論は白熱し、その日の会議は夜中にまで及んだ。わたしは終わるまで執務室で陛下を待っていたが、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。夜中に起こされて、そのことに気が付いた。
「マリア、マリア、起きなさい。こんなところで寝ていては体に毒だよ。」
わたしははっとして目を開けた。陛下がわたしの目線に合わせて、心配そうにじっとこちらを覗き込んでいらっしゃた。慌てて座っていた椅子から立ち上がる。
「申し訳ありません、陛下。会議、お疲れ様でございました。」
「ありがとう。すっかり遅くなってしまった。君にも無理をさせてしまったね。すまない。」
陛下は眉を下げて、子犬のように済まなさそうなお顔をなさった。
「いえ。わたしは大丈夫です。陛下こそお疲れでしょう。明日も早いことですし、早くおやすみになってくださいまし。」
「ああ、そうしようかな。それよりも、マリア。」
陛下はにっこりしながら、ご自分の頬を人差し指でツンツンと指している。
……来た。わたしは意を決し、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「陛下。恐れながら……フィガロにはそのような習慣は本当にあるのでしょうか?他の者は皆知らないと口をそろえて申しておりましたが……。」
恐る恐る切り出した。
「ああ、もうバレてしまったか。」
「は……?」
陛下はぺろりと舌を出して笑った。まるで、イタズラがばれた子供のように。
「そう。君の言うとおりだ。こんな滅茶苦茶な習慣はない。」
「ひどいです。わたしをからかっておいでなのでしょう。」
わたしは自分でも驚くほど悲しくなってきた。泣いてはいない。けれど、気を抜いたらうっかり泣いてしまうかもしれないくらい、惨めな気持ちだった。
「すまなかった。しかし、私はからかってなどいない。」
陛下はわたしの目をまっすぐに見て続ける。
「女性がいるのに口説かない、それは私のポリシーに反する。しかし、君の場合は特別だった。私はね。君を一目見てからずっと気に入っていた。しかし、どうしたことだろう。口説きのテクニックには自信を持っているが、君を前にするとそれが急に錆びついたような陳腐なものに思えて仕方がなくなるのだよ。一番本気で口説きたい女性を前にして、全く口説けなくなってしまったわけだ。」
陛下は一気にまくし立てた。わたしは陛下から目が離せなくなっていた。緊張して、身体も動かない。
「私はいつだって真剣だよ。真剣に、極めて真面目に君を口説く方法を考えていたのだ。少々強引な方法だったがね。」
陛下はわたしの手をとって、甲にキスを落とす。そして、手を握ったまま、わたしを見つめて仰った。
「本気ならば、いいのだろう?」
心臓が飛び出てしまうのでは、と心配になるくらいわたしはどきどきしている。薄暗い部屋でも、きっと真っ赤になっているのがわかるだろう。
「それに、君もまんざらではないようだしね。」
陛下は立ち上がるとわたしを抱きしめて、耳元で囁く。見透かされていたようで、何だか悔しい。
「へ、陛……」
「ロニ。」
陛下は、わたしが「陛下」と言いかけたのを遮った。けれど、聞き慣れない言葉で、わたしには何のことかがわからない。返事をしたくても咄嗟に言葉が出てこなかった。きっと、「?」がたくさん浮かんだような顔をしていたことだろう。わたしはよくわからないまま陛下を見ていた。
「呼んで。」
陛下がわたしの目を見つめる。「呼んで」ということは、これはお名前なのだろうかと思い至る。そして、それは恐らく陛下のだろうと。
「ロ、ニ、さま……?」
「様はいらないが、まあいいだろう。及第点だな。マリア。この名前は王家の秘密でね。誰にも言ってはいけないよ。今のところ知っているのは、君と、私の弟のマッシュだけだ。」
わたしがこくりと頷くと、口付けが降ってきた。
「マリア。私は君がいないと困るのだ。出来れば、いつまでも側にいてもらいたい。秘書としてだけではなく、妻としてもね。」
そう言いながら、陛下はわたしをよりしっかりと抱きしめる。わたしもそれに応えるように陛下の広い背中に腕を回した。
ああ、この人にはとても勝てない。わたしの完敗だった。
20140801
陛下はいつも自信満々
それがステキなんだけれど、本気になったら迷いとかためらいとかが生まれると尚いいと思う
いつも正しくて、いつも結果を出す陛下もやっぱり人間だったんだな、というような表現がしたかったのです
でも、一歩間違えればセクハラですね、陛下
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