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祭りの夜のブロンドの君 2



「……はあ」


 祭りの夜から一週間が経とうとしている。俺はきちんと朝までに宿へと戻り、その後城にも戻ってきた。だがばあやにはきっちりバレていて、こっぴどく叱られたのは言うまでもない。

 仕事をしていても、機会をいじっていても、どうにもあの女性の姿が頭から離れない。こんな時は何か作るに限ると城のマシーナリーの工房に籠もってみたのだが、全く集中できなかった。
 せめて名前くらいは聞いておけばよかった。作りかけの金属の塊を見つめて、また息を吐いた。


「陛下。どうかされましたか?」


 声のする方を見上げると、技師の一人、レオポルドが声をかけてきた。先ほどまで溶接をしていたのであろう。左手にマスクを持っている。額がうっすらと汗ばんでいて、帽子から覗く黒い髪が汗で顔に張り付いていた。彼はそれを右手の袖で拭った。

 レオポルドとは馬が合う。仕事を終えた後、この部屋でたまに飲むこともあった。数人いる技師中では歳も近い。数少ない気安い仲間と言えるだろう。機会オタク同士、切磋琢磨してきた仲だ。
 レオポルドは男にしては華奢で小柄な方だが、腕は確かだ。それに、元来真面目で仕事に妥協しない。俺がこうしてぼんやりしているとすぐに喝が入る。特に、俺を王だからと(言葉遣い以外は)特別視しないところが気に入っていた。そんなレオポルドの心配そうな顔が、ふとあの夜の女性と重なった。


「いや、しかし君は男だしなあ……」

「はあ……え?」

 
 彼は困惑した顔に変わった。雰囲気が似ていると思ったが、さすがに気のせいだろう。どうやら俺も焼きが回ったらしい。


「ああ、いや。すまない」

「いいえ……考え事ですか?」

「うん、まあね」


 祭りの夜のことをかいつまんで話すと、彼は居心地が悪そうにマスクを被った。そそくさと仕事に戻り、溶接を再開する。いつもなら、「また女性の話ですか!」などと小言が始まりそうなものだが、今回はなぜか何も言われなかった。普段の俺なら多少の引っかかりも覚えたことだろうが、今はこそれどころではない。
 レオパルドは色事に疎い。一度サウスフィガロの盛り場へ連れて行こうとしたら、頑なに拒否されたことがあった。もちろん、彼の浮いた話も聞いたことがない。


「あっ……!」


 がしゃん、と大きな音と共に、レオポルドの擦り切れそうな小さな悲鳴が聞こえた。


「どうした……レオポルド!」


 レオポルドが先ほどまで作業していた金属板が、彼の足下に転がっていた。その彼は、手を押さえて痛みを堪えたような顔をしている。


「大丈夫です。ちょっと、触ってしまいました」

「早く冷やした方がいい。おーい!誰か水を頼む!」


 俺は喋りながら工房のドアを開け、大声で人を呼んだ。廊下の向こうでメイドが返事をしたので、水はすぐに来るだろう。
 本人は大丈夫だと言うが、レオポルドの左手には火傷ができてしまっていた。手元が狂い、溶接機の高熱になった部分にうっかり触れてしまったと言う。


「珍しいな。お前がミスをするなんて」

「……すみません」


 うつむくレオポルドの顔をのぞき込むと、真っ赤になっている。


「だ、大丈夫か?そんなに痛かったのか」

「い、いいえ……私は、これくらい……医務室へ行ってきます」


 ちょうどメイドが持ってきた桶を受け取るや否や、レオポルドは逃げるように去っていった。残された俺とメイドは顔を見合わせて、唖然と彼の後ろ姿を見送った。




 仕事を片づけて、レオポルドの様子を見に行こうと城の中を歩いていた。するとどこからか、誰かの噂話が聞こえてくる。城の道具屋に出入りする業者が、立ち話しでもしているらしい。我々は、彼らから機械のパーツをよく買っている。


「お前さ、この間の祭りには行ったのか?」

「ああ、行ったよ」


 相手が行ったと聞くと、最初に話しかけた男がやや興奮気味に言った。
 

「マリア、見たか?アイツ普段はあんななのにスゲーかわいいの!」

「おう、見た見た。そういや見かけない男と踊っていたな」

「そうなんだよ〜。俺も一曲申し込もうと思ったんだけどさ〜、その白シャツ帽子男と踊り終わったら、アイツさっさと帰っちまったんだよな〜」


 男はよほど悔やんでいるようだ。深く大きなため息をついた。


「そりゃ残念だったな」

「ほんと、あの男が心底うらやましかったよ」


 そう言いながら、彼らは俺に気づくことなく背を向けて歩いて行ってしまった。
 その後レオポルドに会うと、彼の左手には包帯がぐるぐると巻かれていた。

 今夜は城でパーティーが開かれる。技師や医務官、文官たちを労うためのもので、先週の祭りの翌週に催されることが慣例となっている。俺はレオポルドの事を気にしつつ、ばあやにせかされながらパーティの支度に取り掛かった。





 出席者から次々に挨拶を受け、少し疲れてきたころのことだった。広間に用意された玉座にに座り、ひたすら会話する。


「陛下、お招きいただきありがとうございます」

「やあ、こんばんは。いつも助かっているよ」


 何人もの文官達と話した後、人の波が途切れた。この隙にふうと息を付く。座っているだけなのに疲れるものだな、とひとりごちた。
 ざっと会場を見渡すと、当然ながら見知った顔で溢れている。そんな中ら一際目を引く女性がいた。そう、あの祭りの夜の女性だった。あの日とと同じ、ブロンドの髪を結い上げて、赤いドレスを着ている。

 俺は弾かれたように玉座から立ち上がった。人の波をかき分けて、ブロンドの彼女を目指して歩き始めた。そしてようやくたどり着き、迷わず声をかけた。


「こんばんは。また会ったね、お嬢さん」


 後ろを向いていた彼女は、くるりと振り返る。俺の姿を確認すると、うつむいてしまった。

「ここにいるということは、君も城の関係者だったのだね?私としたことが、君を知らなかったとは迂闊だったな……おや?」


 ふと、彼女の手に目をやれば、左手が包帯でぐるぐる巻きになっている。どこかで見たような気がするが……。


「君……その手はどうしたのかな?」

「先ほど、火傷をしました……へ、陛下もご存じかと……」


 わたしは目眩を起こしそうだった。つい先ごろ、火傷をして包帯で手当をした人物。つまりあのブロンドのレディは、レオポルドだったのだから。


 続く

20170119



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