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幸か、不幸か 《前編》



 マリアはこの数十分間で幾度目かの溜息をついた。
 我が母ながら、なんと忌々しい。いっそそう言ってしまえれば楽だが、そんな事をすれば無事に明日を迎えられるかどうかわからない。

 気分を変えようと書庫までやって来たのに、気に入りの本を手にして、お気に入りの窓際の席を陣取っているのに、心はまるで落ち着かない。つい先ほどのやり取りが頭から離れないせいで集中できず、文字が本からこぼれ落ちるようだ。
 この国の殿下によれば、なんでも"壁耳見あり障子に目あり"という諺が遠く離れた大陸にあるという。やはり滅多な事は言えない。故によけいに悶々とするしかないのである。

 数年前、フェニックスゲートでの事件の後、わたしは母と共に異国へ "保護" された。目が覚めた時は、ザンブレクへ行く馬車の中だった。
 道中、父や兄弟の死を知らされて、わたしは半狂乱で大暴れしたそうだ。あまりの衝撃だったのだろう。わたしにその頃の記憶はあまり無い。
 また、隣の部屋で寝ていたはずのジルの姿もなかった。聞けば行方不明だという。しばらくザンブレクであてがわれた部屋に閉じ籠ったのは言うまでも無い。
 父の遺体はすぐに見つかった。なのに、兄弟達のは見つからない。それなのに、母は幾日もしないうちに捜索を打ち切った。国が滅亡した今、必要ないと言って。
 母は弟の死をとても嘆いた。けれど、それも母が再婚して神皇后になるまでのことだ。いまではすっかりなりをひそめている。そして、兄の事は初めから居なかったのような振る舞いだ。
 わたしは何度も何度も、母に問い続けている。兄弟の死も、わたしだけがここにいる事も、どうしても納得できない。しかし未だまともな回答は得られない。
 ザンブレクでのわたしへの扱いは決して悪くない。それは母のおかげだろう。そこは感謝しているけれど、それだけでは済まされないこともあるのだ。
 あれから早数年。傷だけが抉れてゆく。

 イライラしたまま開いた本を握りしめていると、ふと周りの空気が一変した。この国の皇子にして英雄のあの方が現れたのだ。
 急いで栞を挟み、席を立った。できる限り優雅にお辞儀する。

「マリア、ご機嫌はいかがかな」
「はい、ディオンさま。おかげさまで、つつがなく」

 顔を上げると、柔和な笑みを湛えた殿下がわたしの手を取った。それは流れるような仕草で、わたしの甲に唇を寄せる。

──あのような子は、いっそ初めからベアラーならば良かったのだわ──

 殿下の美しい所作に見とれていたのに、ふと先ほどの母の暴言が過った。
 母はベアラーを毛嫌いしている。もはや迫害レベルだが、兄を──母にとって長子なのに──同列で疎んでいた。弟の事はこれ見よがしに溺愛していたのに。ちなみにわたしはその中間だ。中間子らしく、疎まれはしないものの溺愛されているわけでもない。
 その時、わたしは一つの可能性に気づいてしまった。思わずハッと目を見開いた。そして、それを殿下にしっかり見られていた。

「どうした?顔色が優れないようだが」
「い、いえ、大丈夫ですわ。その…今日は、すこしばかり寝不足なのです」
 
 思わず言い訳をしたが、聡い殿下には隠し事などできない。歴戦の聖竜騎士を欺くなんて、身の程知らずもよいところだ。けれど、それを殿下に言うべき事かどうかはまだ考えあぐねている。

「そうは見えぬ。悩みがあるなら何なりと申せ。余にできる事なら、喜んで力になろう」

 そうは言っても、こんな事をこの方に話して良いものだろうか。家庭どころか、滅亡したとはいえ国家の事情とも絡みそうだ。
 二の句を継げずにいると、殿下はわたしの手を握ったまま、さらに片膝をついた。

「遠慮はいらぬ、マリア。そなたは今や余の許嫁。何なりと聞こう」

 じっと目を見つめられると、言えない事が申し訳なくなってくる。しかし、本当に良いのだろうか。

「そんな、滅相もありませんわ、ディオン様。本当に、大丈夫なのです。ご心配をいただいてありがとう存じます」

 そう言うと、殿下は何かを察してくれたようだ。なら良いが、と殿下はすっと引いた。別れ際にまたお辞儀して、その場は解散である。
 部屋の奥へと進む殿下の後にお付きの方がつづく。その従者と黙礼し、彼が殿下について行くのを見届ける、そこまですると、どっと疲れたような気がした。

 突然思い当たった事は、兄の事だ。
 母によると兄は死んだの一点張りだ。だが、父や弟程、死に至る細かい経緯を話してくれた事がない。そもそも遺体すら見つかっていないのは前述の通りだ。
 そこに先のベアラー発言だ。もしかして、まさか兄はベアラーにされてはいないだろうか、と。
 本来、兄はベアラーではない。だがナイトになる際に、フェニックスの祝福を受けている。それにより、彼はクリスタルを介さなくても火の魔法が使えるようになった。実質的にベアラーとさほど変わらない。
 また、兄は実力でナイトの地位を得た。剣の腕も確かだ。
 本当に突拍子もないことだが、もし本当に生きていたとしたら利用しない手はないのだろうか。母は大嫌いな兄を、大嫌いなベアラーとして生かしているかもしれない。腕は立つので、差し詰めベアラー兵といったところだろうか。皇室付きの暗殺部隊があるも聞く。
 母の事だ。残念ながらやりそうだ。そこまで考えると、何となく確証を得たような気になった。

 そうは言っても、こんな事を殿下に相談しても良いものだろうか。またため息がもれた。
 下手な事を言うと、時に命に関わる。王宮は魔窟だ。いつか父がそう言っていたのを思い出す。神皇后の連れ子であろうと、第一皇子の許嫁であろうと、義理の兄妹であろうと、いつ足元を掬われるか分かったものではない。
 とは言え、吟遊詩人に唄われる程の英雄は切れ者で人望も厚い。初めこそ警戒したものの、今では信じて良い人の一人にまでなっている。嫌な予感が当たっていても、外れていても、殿下ならどうにか事を収めてくれるだろうか。
 いずれにせよ、ベアラーは国の持ち物だ。仮にその中から兄を見つけても、わたしにはどうする事もできない。
 はやり、頼ってみようか。そう思ったら、すでに立ち上がっていた。読もうと努力していた本も放り出して、殿下が向かった方へ歩き始めた。
 幾つかの本棚を通り過ぎた時、ようやく殿下の白い外套の裾が見えた。振り向かれる前に、頭を下げてこちらを見てくれるのを待とうかと思った時、わたしは見てしまった。
 ほんの一瞬、それも一部のみ。全貌は見ていない。それでも殿下とその従者が、熱い口付けの真っ最中だったのがはっきりと分かってしまった。

 わたしは、見てはいけないものを見てしまったのだ。あれは間違いなく秘密の事だろう。
 世の中にはそういう方がいるのは知っていたし、それについて偏見や差別しようなどと思ったこともない。これまで縁がなかったとはいえ、驚くなと言われても無茶である。許嫁としてあてがわれた人が、よもやそうだったとは思いもしない。

 わたしは何も見なかった事にして、そそくさと逃げ出した。こっそり、なるべく音を立てずに。ドキドキと煩い心臓の音を聴かれないように。
 きっと、わたしはまた一人なのだ。ロザリアではとても幸せだったのに、どうしてこんな事になったのだろう。

 殿下は責任感のあるお方だから、その内にわたしはこのまま殿下と結婚するのだろう。お世継ぎを求められるのも分かっている。殿下は務めを果たそうとするはずだ。けれど、それでもきっと殿下の心はわたしの物にはならない。
 よくある話しだ。政略結婚なんぞ、得てしてそんな物だ。分かっていたつもりなのに、殿下がお優しいからすっかり忘れていた。

 わたしは大急ぎで書庫を出た。中ば自棄になっている。そのまま中庭を横切って、兵舎を目指す。その一部にベアラー兵を収容する建物があるはずだ。
 人の目も、ドレスの裾がはだけるのも気にせずにどんどん進む。侍女が数人、わたしの進行方向に気づいて追いかけて来た。

「お待ち下さい、マリア様。あなた様がお出でになるような場所ではございません。お待ちを」

 数人が似たような事を言いながらついてくるのを聞き流してひたすら進む。兵士の訓練場をも横切りあと少し、というところで、なんと殿下が追いかけて来た。
 やはり口付けを見てしまったのを悟られてしまっただろうか。どんな顔をして良いのかわからないまま、仕方がないので振り向いた。

「マリア、待て」
 
 お辞儀したまま、下を向いた顔を恐る恐る上げる。すると、思ったよりも、心配そうな殿下の顔がそこにあった。

「やはり、気になって追いかけて来た。しかし何故こんな所へ」
「どうしても、確かめたい事があるのです」

 わたしは意を決してそう言った。すると、殿下はわたしを連れて歩き始めた。そしてその後ろを、件の従者がついてくる。
 訓練中の兵達の視線を浴びながら、わたしたちはまっすぐにベアラー兵の施設へ向かう。
 殿下の従者が重い扉を開くと、わたしたちはその中へ入って行った。

2023/06/30


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