D+S FF-D m-ds New!夢物語
せめて今日くらいは
今夜は一段と冷えると、かじかむ指をマリアは自らの手で包んだ。夜勤には慣れた物だが、できればもう少し早く暖まれば良いのにと冷えた手に息を吹きかける。そのまま擦り合わせてもちっとも温まらない。パチパチと暖炉の火が爆ぜる音を聞きながら、マリアは恐らくこの皇都で最も忙しくしているであろう人を思い浮かべる。
できる事なら今すぐにでも会いたいが、自分も仕事中である。毎日のように夜中まで激務に勤しむその人は、きっと今も神殿騎士団本部の執務室に缶詰であろう。日毎に肩書きと責任がどんどん増えてゆく人だ。次は果たしていつ会えるのだろうかとマリアは思わずため息をついた。
何れにせよ、今日は互いに仕事をしているのだ。せめてこのまま静かにこの夜を終えられれば、と思った時だった。辺りが俄かに騒がしくなり、次の瞬間には急患だと一人のエレゼン男性が運ばれて来た。担架ごと床の上に降ろされると、一瞬で人だかりができる。
数秒前の静寂が嘘のようだ。刺されたというその男性は腹から血を流し、青い顔をしてぐったりとしている。それはよりにもよってつい先ほどまで思い浮かべていた人物だと分かると、マリアは思わず息を呑んだ。たまらず側へ駆け寄ってゆく。
「アイメリク。嘘でしょう…」
いよいよ本人だと確認してしまうと、マリアは途端に周りの喧騒など聞こえなくなってしまった。あれほど寒かったのが、今は信じられないほどに暑い。なのに、身体の表面はすっと血の気が引いてゆくので、自分でも立っていられたのが不思議なくらいである。
アイメリクとは幼い頃から互いによく知っていた。マリアがグリダニアへ幻術の修行に出る折には、アイメリクは寂しそうにしながらも門出を祝ってくれたものだった。
また、マリアが修行を終えて再びイシュガルドに戻って来た時にはアイメリクは既に家督を継いでいたし、神殿騎士としても出世してた。マリアとは別世界にいるようにすら思ったほどだっだが、それでもまるで昔のままのように迎えられてマリアは嬉しく、そしてほっとしたのだった。
そんなアイメリクが、今は目の前で呻いている。止まらない出血に自分も倒れそうだが、自分がしっかりしなければ彼をみすみす死なせてしまう。それだけは勘弁だと自らを奮い立たせ、マリアは大きく息を吸い込んだ。
確かにアイメリクに会いたいと願った。だが、だからといってこんな形で会うことは望んでいない。なんということだとマリアは悲運を嘆いた。
マリアは、そのわなわなと震える手でアイメリクの首筋の脈に触れた。きちんと拍動しているが、このままでは危ない。横たわるアイメリクと同じくらい青い顔をして、マリアは倒れそうになりながらも杖を手に取った。
よく見れば、この総長殿を囲む面々も錚々たる顔ぶれである。搬送して来たのは騎士団員だが、付き添っているのはこのイシュガルドの4大名家として名を馳せるフォルタン伯爵とその長男アルトアレール氏、そしてアイメリクの忠実なる副官ルキアと続く。大物が揃って雪崩れ込んできたのだから、それだけでも既に大事である。彼らは揃って固い表情をして、治療師達が働くのをじっと見守っていた。
アイメリクの衣服は他の治療師によって既にはだけられている。担架に乗せられたまま傷口を洗浄され、未だ動揺するマリアの治療を待っている。今は周りの者の方がよほど冷静であった。
聞けばアイメリクは短刀ですれ違いざまに刺されたという。事件発生時に共にいたというフォルタン伯爵によって凶器となった短刀は既に押収され、犯人も捕まっている。
伯爵は手持ちの手拭いでアイメリクの傷を押さえながら、はやり共にいた彼の長男と共にアイメリクをこの病院まで運んで来たということだった。
マリアが見た所、アイメリクの傷はそれほど深くはない。少なくとも提出された件の短刀の刃渡りよりも、やや浅いように見えた。鋭利な刃物だとはいえ、刺すにもそれなりの腕力と精神力が要る。犯人は素人だという話だし、その辺りはアイメリクの不断の努力が彼を救った所もあるのだろう。
また、異物や毒の混入も無さそうだと確認すると、マリアは魔力を練り上げ始める。これ以上出血させないために、まずは傷を塞ごうというわけである。
やがて癒しの魔法が完成し、柔らかな光がアイメリクを包み込む。彼の苦悶の表情も次第に和らいでいった。
「ありがとう、マリア。助かったよ」
アイメリクは玉の汗を浮かべながら微笑んだ。傷は粗方塞がったが、すぐに治るわけでも、痛みが全く無くなるわけでもない。完治にはまだ時間がかかる。
治療師の一人が手早くアイメリクの腹に包帯を巻いてゆく。せっかく塞いだ傷が開かないように、とにかく安静が必要だ。
「改革とは、かくも難しいものだな」
異例の大出世を遂げた男は、味方も多いが敵も多い。彼とかの英雄がこの閉鎖的な国にもたらした変革は、無謀な戦争に長く身を投じて来たイシュガルドの民にとって新たな希望である。しかし、その一方で変化について来れない者、そして変化を望まない者もいる。改革を急ぎ、その先頭に立つアイメリクは更なる敵を生み、それがこの暗殺未遂に至った。
人は変化を恐れる生き物だ。急激に変わってゆく社会に不安や不審を抱いても、決して不思議ではない。それほどこの国は大きく動き始めていた。
「こんな所で、あなたを死なせられないわよ」
そう言いながら、マリアはへなへなとその場にへたり込んだ。
魔法はよく効いている。流れ続けていた血は止まり、傷も大まかには塞がった。もう大丈夫だと思うと、マリアはどっと押し寄せる疲れに流されてしまった。
アイメリクの蒼い瞳が、崩れ落ちるマリアの動きを心配そうに追う。そのままマリアはアイメリクの胸に縋り付いた。
マリアの背を、彼女の手の二倍はあるであろう大きな手が包み込む。平時なら額に唇でも寄せて来そうなものだが、代わりにうめき声が発せられた。
「ちょっと、今は腹筋使ったらだめよ。傷が開くから」
「しまった。そうだったな」
マリアが慌てて起き上がると、アイメリクは力無く笑った。血の気は薄いが、表情は運ばれて来た時よりも随分穏やかだ。しかしその様子が痛々しく、マリアは込み上げるものを抑えるのに必死だった。
そうするうちに治療師の一人がアイメリクの病室が用意できたと、彼を呼びにやって来た。アイメリクは再び乗って来た担架であっという間に運ばれて行った。
マリアがゆっくりと立ち上がると、フォルタン伯爵がそこにいた。てっきりアイメリクに付き添って行ったものだと思っていたマリアは少し驚いたものの、ゆったりと礼をする。伯爵も会釈を返すと、にこやかに話かけて来た。
「あなたがマリア殿ですな。アイメリク卿から、お話はよく伺っていますよ」
マリアはぱちくりと目を瞬かせた。そんなところで話題になっていたとは知りもしなかったからだ。
「まあ、そうなのですか」
「ええ、腕の良い幻術士となって戻って来てくれたと喜んでおいでですよ。あなたの話になるといつも幸せそうで、きっと良い仲なのだろうと勝手に思っておりました」
途端に気恥ずかしくなって、マリアは思わず目を伏せた。伯爵はニコニコとしていて敵意は感じられないが、思わず身構えてしまうのは身分の低い者の悲しい性である。
出自がその後の人生のほぼ全てを左右するイシュガルドにおいて、マリアは決して良い身分ではない。マリアの父は騎士爵を拝領し、貴族と同じように育ちはしたものの、一代限りの爵位である。マリアがこの国では珍しく貴重である幻術士を志したのも、己の身を立てるためだった。
マリアはグリダニアできちんと修行したことで前線には出されず、それなりの地位にはつけた。とはいえ、貴族出身でない彼女には支配層に食い込むことなど夢物語に等しい。
「患者が、それも重症者が近しい者である程、本来の力を発揮するのは難しくなるもの。今宵はどうかよく休まれますよう」
そう言うと、フォルタン伯爵は湯気の立ち上るカップをマリアに手渡した。彼はそのままアイメリクが運ばれて行った方へ歩いてゆく。その表情は、どことなく寂しそうな、悲しそうな顔をしていた。
マリアはふと考える。伯爵は、この事件と最近亡くなった自身のご落胤の事を重ねたのだろうか、と。そうだとしたら、気の利いた言葉の一つもかけられなかった事をマリアは申し訳なく思った。
それにしても奇特な貴族もいたものだと、マリアは受け取ったカップを覗き込む。フォルタン家は他家に比べてリベラルだとは聞いていたが、こんなにも労われるとは思ってもみなかったのだ。
「アイメリクとフォルタン家のクーデターだったと言う人もいるくらいだものね」
と、誰にも聞かれないように呟いて自分を納得させる。これまで出会ってきた貴族たちと比べると、こうでも考えなければ腑に落ちなかった。
何となく自身の中で言い訳をしながら、伯爵手ずから淹れてくれたのであろう紅茶をマリアはありがたく啜った。
夜勤明けの朝。マリアはガバリと身を起こした。目の前で眠るアイメリクは穏やかな寝息を立てている。
怪我人のベッドに突っ伏して、座ったまま朝までぐっすり眠ってしまったことにマリアは驚いていた。患者さえいなければ仮眠を取る事を許されているとはいえ、勤務中に、それも病室で眠ってしまったのは初めてだった。
「おはよう」
いつのまにか目を覚ましたアイメリクはそう言ってマリアの頬に手を伸ばした。その手に自分の手を重ねて、マリアは目を閉じる。ようやく彼が生きている実感を得たような気がした。
「大丈夫?」
「おかげさまで」
アイメリクの長い指が、マリアの丸い耳を撫でる。エレゼンとの一番分かりやすい違いに、かつての幼い彼は興味深々であった。
「今日も明日も仕事はしないで。今ちゃんと治さないと、本当に死ぬわよ」
どこかギクリとしたような顔をして、アイメリクは困った顔をした。
「傷は浅くとも、出血が酷かったのだから」とマリアが付け加えると、彼は諦めたように小さく笑いながら息を吐く。
「今やっておきたい事は山ほどあるのだが、主治医殿に言われたのでは仕方あるまい」
「もう」
人のせいにするなとマリアが頬を膨らませると、アイメリクはマリアを自身の胸の上へ抱き寄せた。
「せっかくマリアが救ってくれた命だ。それに、これまで託された物も、積み重ねて来た事も、みすみす捨てる訳にはいかないさ」
「そうよ。勝手に死んだら、許さないからね」
「肝に銘じよう」
しばらくそのままじっとしていると、アイメリクはぽつりぽつりと話し始めた。
「刺された時、君の顔が見えたんだ。このまま会えなくなるのだろうかと思うと、怖かった」
アイメリクの心臓がトクトクと動いているのを聞きながら、マリアはじっとしている。生きた心地がしなかったのはマリアも同じである。彼の病衣をぎゅっと握りしめた。
「わたしが死ぬかと思った」
魔法を使えなくなるのではないかと思うほど動揺したのだと言うと、アイメリクは思わずマリアを抱く腕に力を込めた。
アイメリクは自分が騎士である以上、自身がいつ死んだとしてもおかしくないと考えている。民のためならば死をも厭わぬ覚悟はとっくに決めているし、イシュガルドに生まれた以上それが当然だと思っていた。実際にこれまで何度も死線は潜って来たはずなのに、とんでもない心境の変化である。
「アイメリク。そろそろ回診が来るよ」
マリアはそろりと腕から抜け出すと立ち上がり、赤い顔でそう言った。アイメリクは残念そうにマリアを見上げる。
「わたし、夜勤明けなの。そろそろ帰るね」
「ありがとう。君がいてくれて良かったよ」
そういいながら、アイメリクはマリアの手を掴む。まだ帰るなと目で訴える様はまるで幼子のようで、マリアは思わずふっと笑みをこぼした。
「しょうがないなあ」
マリアは再度ベッド脇に寄ると、顔をそっと近づけた。アイメリクがすかさず掴んだままの手を軽く引くと、マリアの唇はアイメリクの頬に着地した。後はアイメリクにされるがまま、唇を合わせる。誰にも邪魔されないのは、今のうちだ。
2023/12/25
ついに14にも手を出した!推しは書きたくなるよね、ということで。
D+S FF-D m-ds New!夢物語
- 26 -
prev * next
modoru
しおりを挟む
↓選択できます↓