D+S FF-D m-ds New!夢物語
内緒話
すっかり辺りは静かになり、寒くも暑くもない。気持ちの良い夜だった。つい先ほどまで頬張っていた丸焼きの肉の味を思い出しながら宿へ向かう。その道すがら愛用の竪琴を軽くつまびき、適当に節をつけながら歩く。程よく酒も入り、儲けも出た。マリアは頗るご機嫌である。隣を歩く旅の相棒の様子を伺うと、彼もまた良い顔をしていた。
マリアの相棒はあまり饒舌な男ではないが、余計なことを言わないところをマリアは気に入っている。そして、彼は顔が良い。たとえ愛想がなくとも、彼がそこにいるだけで心なしか女性客が増えたのも良い。
後少しで今夜泊まる宿に着く、というところでその男は突然立ち止まった。
「おい、相棒」
「なーに?エスティニアン」
背の高いエスティニアンを見上げるように振り返ると、彼はいつにもなく神妙な顔つきでこちらをじっと見ている。
「どうしたの。そんな顔して。あ、まさかまたお腹壊した?」
夕食に食べた丸焼きは美味しかったが、何の肉かは追求しない方が良さそうな肉だった。安くて美味いのは良いが、時として知らぬ方が幸せであることもある。店からの差し入れであったが、料理の詳しい説明を聞くような店でもない。
「そうじゃない。だいたい、お前が食って平気なら俺も問題ない」
自分の方が丈夫だと言い張るこの男は、呆れ切った顔で腕を組んだ。とはいえ、マリアがこの男の窮地を救ったのはつい先日の事である。
「よく言うわよ」
エスティニアンは野宿も野営も平気でこなすが、誰にだって間違いは起こる。食べた野草が野菜とよく似た毒草であったために、強烈な腹痛がエスティニアンを襲った。苦しむエスティニアンの側を偶然通りがかったマリアが、彼に薬を分け与えて助けてやった縁で、それ以降二人はしばらく行動を共にしている。
「マリア、俺はお前が欲しい」
2人の頭上をさーっと星が流れて行った。星は願い事などする暇も無いほど早く消えて行った筈なのに、マリアにはそれすらゆっくりに感じるほどだった。何を言われたのかを理解するために、投げかけられた言葉を幾度も反芻する。マリアのふわふわのしっぽが、彼女の首とともに緩やかに傾げられた。
「…は?」
そして出た返事はこの一文字である。マリアは何を血迷ったか、と言いたげな表情でエスティニアンを見つめ返した。
「は、とは何だ。は、とは」
不服そうなエスティニアンはつかつかとマリアに歩み寄る。彼のやや先を歩いていたマリアに追いつくと、エスティニアンはマリアを頭上からじいと覗き込んだ。
「突然何の話? 危険なダンジョンに行きたいのなら腕利きの冒険者でも雇いなさいよ」
マリアは旅はすれども、危険は避けたいタイプの旅人である。あくまで詩人として見識を広げたいだけで、自身を冒険者だとは思っていない。酒場を見つけては歌を唄い路銀と宿を得て、また次の土地へ向かう。その中で得た何かを音楽にして新たな人々へ届ける、というのを続けているだけである。
エスティニアンは何を気に入ったのかマリアを相棒と呼ぶようになった。しかし、魔物と出会しても戦うのはエスティニアン一人である。間違っても共闘するような仲ではない。そうして彼は稼いでいるのだが、そもそもマリア一人なら凶暴な魔物が出るような危険な道は選ばなかった。故に能力が欲しいと言うのなら他を当たるべきである、ということだ。
「だから、それも違う。そんな所へお前なんかを連れて行ったら、一瞬で全滅するだろうよ」
一応、マリアとて弓の心得はある。一介の詩人として一式揃えてはいるが、その腕前は大したことはない。自分でもよく分かっているが、他人にハッキリ言われるとどうにも腹が立つ。マリアの頭の上部に付いた耳が、ムッと立ち上がった。
「もう、何なのよ。喧嘩したいなら酒場にでも戻って──」
この町でのマリアの興業は済んだ。どうでも良いとは言わないが、たとえエスティニアンが騒いでもマリアには大した問題にならない。腕っぷしの強い彼がそうそう負けることもないだろう。暴れたいなら他所で好きにしろと言いかけたのだが、それはエスティニアンに阻まれた。
エスティニアンはマリアを見下ろす格好のまま、彼女の腰を抱いた。もう一方の手はマリアの顎を持ち上げ、自分の方へ向かせて素早く口付ける。
「抱かせろ、と言っている。面倒な女だ、全く」
この男は態度が大きければ口も悪い。粗暴の塊のような人間だが、マリアに触れる手付きだけは優しかった。しかし、マリアは気に入らない。
「嫌よ」
頬の模様が伸びるのではないかというほど頬を膨らませ、マリアはエスティニアンを睨み付けた。
「いきなりなんなの?あなた、わたしをそんな目で見ていたの?」
マリアはそっと自分を囲う腕から抜け出ると、エスティニアンを見上げた。
「失礼にも程があるわ。それなら娼舘にでも行きなさい」
そっぽを向いて。マリアはまた歩きだした。つい先ほどまで、とてもご機嫌だったのが嘘のようだ。
マリアは何だかんだと言っても、エスティニアンの事を信頼していた。エスティニアンと出会ってからというもの、マリアの興業に変な客が寄り付かなくなったからだ。エスティニアンが睨みを利かせているおかげである。大抵の小者は彼のひと睨みで逃げてゆく。
マリアにとって、エスティニアンは相棒というより用心棒のようだったのだが、結局彼もその変な客達と変わらなかったのかと悲しくなってしまった。
「マリア、俺は──」
「あなた、好きな人とした事あるの?」
歩きながらマリアがもう一度振り向くと、エスティニアンも彼女の後を追って歩いている。物言いたげな、不満気な表情は普段よりも凄みが利いていた。
「無いな」
「でしょうね。わたしを都合よく扱わないで」
マリアはそれだけ聞ければ十分だった。後ろでエスティニアンはまだ何か言っているが、何一つ言葉として入って来ない。
とにかく宿へ入ろう。別の部屋にしておいて良かったと思っていると、エスティニアンは後ろからマリアの手を掴んだ。
「聞いているのか」
「聞かないわよ、放して」
腕を振り払おうとしても、エスティニアンはびくともしなかった。掴まれた腕は痛くないのに、マリアの力ではどうにもならない。
「おい。勝手な解釈をするな」
「何が違うのよ」
マリアが元々の吊り目をより吊り上げると、エスティニアンはバツが悪そうに顔を背けた。彼はよそ見したまま咳払いをすると、意を決したようにマリアに向き直った。
「俺は今、初めて好きな女を誘ったんだ」
マリアのしっぽがひょこりと跳ねた。そして、じわりと頬が熱くなるのを感じる。マリアはエスティニアンの視線から逃れるように、掴まれたままの腕を見た。急に恥ずかしくなってきたが、言いたい事はまだ足りていない。マリアは自分を凝視しているであろうエスティニアンを見上げた。
「誘うにしたって、もっと言い方があるでしょう。抱かせろとか、面倒だとか、酷いわよ」
マリアが怒ってそう言うと、エスティニアンは口を噤んでしまった。いくら何でも口が悪すぎると言われれば、彼は返す言葉もない。口が悪いのは自覚していても、これ以上何と言えば良いのかわからなかった。これまで適当な相手を見つけるならこの調子で不都合などなかったし、むしろ女の方から寄って来ることすらあったくらいだ。
「…悪かった」
エスティニアンはしゅんとしていた。言葉を探しながら、どうマリアに話したら良いかと懸命に考えている。そんな様子が意外で、マリアは思わず頬が緩んだ。いつもむすっとした男が、こんなにも狼狽えているのが可愛く思えた。それに、こんなふうに怒った女はきっと彼の過去にはいなかったのだろうとも思った。
それに、よく考えればエスティニアンはマリアを手籠にしようと思えばできるのだ。けれど、もちろん彼はそんな事はしなかった。
「エスティニアンは黙っててもモテそうだもんね」
「うるさいぞ」
「何よ、あんたのせいでしょ」
マリアがそう言うと、エスティニアンはクソっと呟いた。いかにも忌々しそうに言うので、マリアはますます可笑しくなってきた。これならいつも通りの彼である。
「ねえ、もう一度ちゃんと言ってよ」
マリアがそれなら考えてあげると言えば、エスティニアンの仏頂面に磨きがかかった。しかし、それでもまだ手は掴んだまま、むしろ彼は手を繋ぎ直した。
「何度も言わないからよく聞いておけよ」
そう言うと、エスティニアンは長い耳まで真っ赤に染めて、マリアの耳元に顔を寄せた。
2023/12/30
この人絶対不器用だと思う。竜の事意外あんまり気にしてなかったみたいだしな、と。
とはいえ、エスティニアンはうっかり毒草なんか食べないと思うけどそういう事にしちゃった。ごめんねニャン氏
D+S FF-D m-ds New!夢物語
- 27 -
prev * next
modoru
しおりを挟む
↓選択できます↓