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振る舞い酒



「さあ飲め!まだまだあるぞ!」

 騎兵や傭兵、冒険者達の飲みっぷりも食べっぷりも相当なものだ。開戦前夜の熱気も特殊な力強さがあるが、今夜はそれとはまた違っていた。
 1人の騎兵があちこちで祝われては、その都度グラスに次々に酒を注がれて飲んでいた。本人も他の者も十分に出来上がって、とにかく上機嫌だ。彼は既に何人もの祝杯を受けていたが、ようやく現れた司令官を見つけると真っ直ぐにそこへ向かった。
 久方ぶりの宴会だった事も手伝って、大変な盛り上がりである。数人で肩を組んで歌い出す者まで出始めた。酔っ払い達をかきわけて、その騎兵はようやく司令官の元へと辿り着く。

「なんとめでたい事だろう。良かったな」
「ありがとうございます!オルシュファン様!」

 どんなに酔っていても、その騎兵はオルシュファンの言葉にキリッとした敬礼で返した。そこはさすがに最前線の砦である。

「名前は決まったのか?」
「はい。曾祖父の名を頂く予定です」

 彼の曾祖父はかつてドラゴン族を討った事があるという。その名にあやかるのだと彼は嬉しそうに笑った。

「そうか。それならきっと、ご子息もイイ騎士に育つであろうな!」

 騎兵はすぐに他の騎兵に引っ張られ、飲めや歌えやの大騒ぎに戻って行った。外がようやく暗くなったような時刻だが、会は既に宴もたけなわといった風だ。オルシュファンはそれを満足そうに眺めている。

「すごい盛り上がりだわね」

 先の騎兵と入れ替わるように、1人の冒険者がオルシュファンの隣に立った。艶やかな黒い髪が目に映ると、オルシュファンはますますイイ気分になってゆく。

「おお、マリア。待っていたぞ!」
「ちょっと遅くなっちゃった。あ、納期には間に合ってるから大丈夫よ」
「お前の作る革製品はどれも評判がイイのだ。きっと、お前の作業する姿もとてもイイのだろうな!ぜひ一度見てみたいものだ。その指先から作られる──」

 さらに嬉しそうな顔して褒めちぎり続けるオルシュファンに、マリアはにっこり笑って相槌を打った。
 あまりの勢いと際どい褒め方に押されがちだが、このオルシュファンという人は誰でも褒めちぎる訳ではない。それに気がついてから、マリアはオルシュファンの褒め言葉を素直に受け止めることにしている。
 オルシュファンは屈強で逞しいイイ筋肉と、強い精神力、そして誠実な仕事ぶりが大好きだ。マリアは一応冒険者の端くれだが、職人でもある。彼がマリアを褒めているのはイイ筋肉というよりも、後者の方だと自認している。
 オルシュファンの荒い鼻息が収まった頃、マリアは改めていつもより賑やかな司令室を眺めた。

「どうしたの?こんなどんちゃん騒ぎなんて珍しいじゃない」
「何、昨日あの騎兵に赤子が生まれたそうなのでな」

 オルシュファンは父親になったという先ほどの騎兵を手で示し、嬉しそうに言った。持っていたグラスを傾けて美味そうに飲み込むと、すぐそばにあったテーブルに置いた。代わりに新しいグラスを手に取ると、そのテーブルに置いてあったボトルからワインを注ぐ。それをお前も飲めとマリアに手渡した。

 その日の昼頃に皇都から使者がやって来た。子供が無事に生まれた知らせと共に酒や食べ物も一緒に運ばれて来て、その時からキャンプはお祭りムードであった。そこへさらに備蓄からも酒を出すと、すっかり大宴会になったと言うわけである。みんなが出来上がったころに、マリアが月極の納品にやって来た、というところだ。

「あら、それはおめでたいわね」
「彼は単身で来ていてな。明日からしばらく皇都に残した細君と赤子に会いに行けと、休暇の許可を出したところだ」

 なるほどとこの賑やかさにマリアは納得した。
 オルシュファンは日頃、このキャンプの住民や騎兵らを自らの家族だと表現する。その"家族”みんながそれぞれ祝福し、和やかである。それはマリアは本当の家族や親戚よりも暖かいのでは無いかと思うほどだった。

 マリアは鱗のある手を頬にやると、ふうとため息をついた。家族も、普通の人の営みも、自身の手元から溢れて落ちて久しい。生きるためにとりあえず冒険者として仕事を探し、手に職とささやかな武力を手に入れ、今日まで何とか食い繋いで来た。生きるのだけで手一杯で、とても人生設計どころではなかった。
 マリアはグラスの酒を一口飲み、口の中で転がした。騒ぐ騎兵達をぼんやりと眺めながら、ゆっくりと飲み込む。
 ふと気がつくと、オルシュファンが心配そうにマリアの顔を覗き込んでいる。マリアはハッとして考え込む事をやめた。

「疲れているのか? 今日はもう休むか」
「ううん、大丈夫。昔の事とか、家族の事とか考えてた」
「ああ…既に亡くなられていたのだったな」

 うんと頷いて、マリアはワインをもう一口飲んだ。もし今も故郷にいれば、そろそろ自分も親になったりしていたのだろうか。今は遠い草原にマリアは想いを馳せる。

「オルシュファンは? そう言えば、聞いた事がなかったよね」

 オルシュファンはいつもマリアの話を聞きたがった。大した大冒険はしていないのだが、オルシュファンはマリアの経験や体験を事を聞いてはいつも大喜びするのである。それに対して、オルシュファンはあまり自分の話をしなかった。話題に上ってもいつの間にか話が変わってしまうので、マリアは自分が話した程、オルシュファンの事は知らない事が多い。

「皇都の出身だって言ってたよね。ご家族もそこにいらっしゃるの?」

 オルシュファンは少し考えるそぶりをしてから、マリアと目を合わせた。

「一応、本家がそうだ」
「…本家?ええと、物資がたまに届くっていう…?」

 マリアは時折、オルシュファンから本家という言葉は聞いていた。その家名をフォルタンというのも知っている。だが、オルシュファンの口ぶりから「あくまでもオルシュファンが仕えている家」なのだと思っていた。
 「本家」が家族だという事なら、オルシュファンはフォルタン家の家臣ではないということになる。しかし、オルシュファンの苗字は「本家」のものとは違う。どういう事だと、マリアは首を傾げた。

 俄かに混乱し始めたマリアを見て、オルシュファンは困ったように笑った。

「皇都では、わざわざ教えずとも周知の事実なのだが…そうか、そういえばそうだな」
「何が?」

 オルシュファンは1人で納得してしてしまったが、マリアはついて来られない。

「私のグレイストーンという姓は知っているな? 実は、これは庶子用の姓なのだ」

 突然何の話なのだと、マリアはさらに困惑した。何気なく聞いた事が、オルシュファンの心に突然土足で踏み込む事になってしまったようで居心地が悪い。

「皇都では、特に貴族の間では、この事を知らぬ者を探す方が難しいくらいでな。故にお前にも既に知られていたような気でいたが、そういえばまだ話していなかったな」

 と、オルシュファンはここまでをあっけらかんとした様子で言った。

「随分残酷ね。庶子用の苗字なんて」
「貴族なんぞ、そんなものだ」

 つまり、オルシュファンは家族といっても、その中には組み込まれてこなかったということになる。恐らく、誕生をこんなにも祝われる事もなかったのだろうと思うとマリアはどんな顔をしてよいのかがわからなくなった。手元のワインを覗き込むと、泣きそうな顔をした自分が映っている。
 オルシュファンは腹違いの兄弟がいる事、本家のフォルタンの屋敷で彼らと一緒に育てられたが、継母には疎まれていた事、そして兄弟間の関係も決して良くはない事を淡々と語った。
 ふとマリアを見下ろすと、オルシュファンははっと息を飲んだ。マリアがぼろぼろと涙をこぼしている。

「マリア? どうした。何故お前が泣くのだ」
「だって、悲しいから」

 マリアは毎年の誕生日はいつも楽しみだった。だがオルシュファンはどうだろう。継母がいい顔をしなかったのなら、むしろ最も辛い日になっていても不思議ではない。
 自分だけ苗字が違うというだけでも、不信感を得るには十分だ。聡いオルシュファンはきっと、周りの人間からの扱いや噂話で、聞かなくとも事実などすぐに分かってしまっただろう。

「あれ? でも、お母さんの苗字にはならなかったんだね」
「これでもフォルタンの筋だからな。それについて、母はどうする事もできなかったろう」

 オルシュファンは苦い顔をしてグラスに残ったワインを飲み干した。

「それに、母は私が幼い頃に失踪し、今も生死すら分からぬ。仮に母の姓を名乗っていても、余計に惨めだったやもしれんな」

 オルシュファンはマリアの頬を濡らす涙を指で拭った。その手つきがひどく優しいので、マリアは却って悲しくなるような気がした。
 その時、騒いでいた騎兵がさらに大盛り上がりした。突然陽気な笑い声が響くとら2人とも注意がそちらへ奪われる。突然現実に引き戻されたが、マリアはとてもそんな心情ではない。マリアはオルシュファンと2人、そこから隔離されているような感覚を覚えた。

「ありがとう、マリア」

 オルシュファンは笑っているが、マリアは申し訳なさでいっぱいである。知らなかったとはいえ、祝いの席で話す事でもなかったのではないかと思った。

「嫌な気持ちにさせなかった?」

 マリアが心配そうにオルシュファンを見上げると、彼はゆっくりと顔を横に振る。

「いいや。むしろ、静かな司令室で話す方が難しいぞ」

 と、オルシュファンは笑って答えた。

「マリアだから話したのだ」

 泣かせるつもりはなかったのだがと付け加えると、オルシュファンは空になった二つのグラスに、再びワインを注いだ。

「私を思って涙してくれる友がいる。これを幸福と呼ばずしてなんと言うか」

 オルシュファンはそう言うと、テーブルからナプキンを取った。それを鼻をずるずるさせたマリアに手渡して、もう一度宴会場となっている司令室を見渡す。

「とはいえ、これまで色んな事を諦めざるを得ず、またそうする事にも慣れてしまったのも事実だ。しかし、そんな私にも諦めたくない事が幾つかできた」

 オルシュファンは続ける。

「一つはこのキャンプだ。誰も死なせたくない故、稽古は厳しいぞ」

 何もイイ筋肉のためだけではないと、オルシュファンはまた笑った。

「もう一つは、お前だ」

 オルシュファンはマリアを見つめた。それまでの微笑みは消えて、幾分真剣な眼差しである。

「これまで家族を持つのが嫌でな。実は、縁談も幾つか断ってきた。騎士爵を拝領してから、たまにあるのだ」

 やはり腐ってもフォルタンとでも言えよう。またオルシュファンにとっても、たとえ大貴族でなくとも良家への婿入りをすれば出世の道は開かれる。その家も四大名家と親戚になるチャンスとあれば黙ってはいない。
 だが、オルシュファンは生涯独身でいようと考えていた。家族を持つことも、ましてや子供をもうけることも恐ろしかった。愛のない結婚をして、その後別の誰かに恋でもしてしまったら、自分のような存在を自ら生んでしまったら、そう考えるだけでもぞっとした。それに何より、フォルタン家の騎士であり続けたかったし、それがオルシュファンの誇りであった。
 決して幸せな子供時代では無かったが、夢を掴めるだけの努力と、それを援助してくれた父や友への感謝を一瞬足りとも忘れた事はない。

「だが、最近は考えが変わってきた。断り続けた甲斐もあるというものだ」

 マリアの涙はいつのまにか引っ込んで、ポカンとしていた。オルシュファンの話が、だんだん身の上話ではなくなって来ているのは気のせいではない。
 宴の方もお開きとなりつつある。酒も食事も用意された分はすっかり無くなって、いつのまにか片付けが始まっていた。
 誰もが機嫌良く幸せを分かち合い、意気揚々と部屋を後にする。運悪く夜番に当たっている者以外は、このまま飲み直すなり語り合うなりするのだろう。だんだんと人が減り、方々へ立ち去ってゆく。

「さて、我々も飲み直さないか。特にお前は来たばかりで、ろくに飲んでいないだろう?」
「うん。まだ食べてもない」

 マリアがそう答えれば、オルシュファンは満足そうに頷いた。もっと飲みたいのも、語り足りなのも、むしろオルシュファンの方である。

「よし、それならとっておきを出そう」

 とっておきと聞いて、マリアの黒い尾が跳ねた。酒好きのオルシュファンの事だ。きっと美味しい酒が出てくるに違いない。
 マリアは自分の荷物の中にナッツが入っていた事を思い出していた。どんな酒かはわからないが、それをツマミとして提供しようと思い始めている。

「私の私室に招待しよう。ここに来るまで仕事をしていた故、まだそれほど冷えてはいないはずだ」

 オルシュファンはさらに熱の籠る眼差しでマリアを見下ろす。マリアの意識がナッツからオルシュファンに引き戻された。
 マリアの頬が、オルシュファンの視線が熱いのは何のせいか。少なくとも、2人ともまだ酔うほど飲んでいない。

「私はこれでも、口説いているつもりだぞ」

 オルシュファンの熱い眼差しを一身に受けて、マリアは既に溶けそうになっていた。

2024/01/20
オルシュファンは大勢で飲み食いするのが好きってどこかに出てなかったっけ。飲み会も好きそうだな。そしてきっとザル。
ワインとかウイスキーとか、強そうなのも平気でいけそう。かなりいけるクチなのでは。甘い酒はあんまり好きではなさそう。たこわさとか軟骨とか居酒屋メニューが意外と似合う気がする。
お酒で失敗はしなさそう。というか、個人的には「酒で失敗する=それが本性」だと思っているので、この人がその類の失敗をするとは思えない。なんなら間違いは起きないし、起きたらそれはもう本気なんだろう。



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