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渡り鳥の願い



 しばらく留守にすると聞いていたから、てっきりこの街にはまだいないと思っていた。けれど今わたしの目の前にいるこの後ろ姿は、間違いなく今はいないはずの人である。

「あれ?エレンヴィルじゃない。どうしたの?出発延期したんだっけ?」

 長い耳をひょこっとさせて、エレンヴィルはわたしを振り返った。窓から降り注ぐ日差しで、彼の黒い髪が柔らかに煌めく。
 
「ああ、ここにいたのか」

 エレンヴィルはいつもの重そうなリュックサックを下ろした。それを足元に置いて、わたしの座る向かいの席に陣取った。
 
「思っていたよりも早く帰る事になったんだ。向こう・・・で依頼を受けて、こっちに蜻蛉返りして来た」

 本当はついでに里帰りも兼ねる予定だったが、それも後回しにして戻って来たという。と言いながら、既に請け負っていた動物も現地で見つけて連れ帰り、既に納品も済ませて来たというのだからちゃっかりしている。大学に来ればどこかにわたしがいるだろうと、その足でここまでやって来たと言った。

「じゃあ、しばらくはこっちにいるの?」

 がぶり、とサンドウィッチを頬張った。知らず知らずのうちに期待が膨らんでゆく。
 もしいてくれるのなら、また一緒にハンティングにでも行きたい。エレンヴィルは依頼された動物の確保に、わたしはその護衛と論文のネタ探しと探求──それも生き字引きであるエレンヴィルによる解説付きである──という利害の一致で、よく一緒に出かけている。
 しかし、エレンヴィルの次の言葉で、わたしの期待はあえなく萎んでいった。

「いや、またすぐに戻る。英雄殿を迎えに来たんだ」

 なんでも、かの大陸では王位継承者を決める儀式があるらしい。それに参加するトライヨラの王女様が、我らが英雄殿に協力を要請するとか何とか。その王女様のたっての願いで、彼女を連れてエオルゼアに戻って来たと言うから驚いた。

「エレンヴィルって、王女様と知り合いだったの?初めて聞いたよね」
「親同士の付き合いに巻き込まれているだけだ」

 エレンヴィルはとても面倒臭そうにそう言い捨てるが、それは結構特別だと思う。本人曰く「昔から知っているだけ」だそうだが、世間ではそれを幼馴染と呼んで差し支えない。
 エレンヴィルから、彼がトラルの出だとは以前から聞いていた。大陸の事もエレンヴィルが時折り語ってくれる以上の事は知らないが、今回の蜻蛉返りはなんだか思っていたよりも事は大きいらしい。

「そっか。それなら、今度こそ長くなるよね」
「そうだな」

 かぶり、とまたサンドウィッチを齧った。もしもわたしがミコッテだったなら、耳も尻尾もしゅんと垂れていた。生憎エレンヴィルの様な長い耳も持ち合わせておらず、垂らせられそうなのは眉くらいだが、自分でも意外なほど気落ちしている事に気が付いた。
 とはいえ、がっかりしていても仕方がない。わたしはわたしで早く論文をまとめてしまわないといけないのだから。

「マリア」

 エレンヴィルに呼ばれて彼の方を向くと、金色の瞳がわたしをじっと捉えていた。

「なあに?」

 見つめられるだけで、エレンヴィルは何も言わない。いつもはっきりとした物言いをする彼には珍しい事だった。しばらく黙った後、決心をつけたように、エレンヴィルは口を開く。

「マリアも来てくれないか。一緒に」
「…へ?トラルに?」

 うん、と頷いたエレンヴィルは、わたしの返事を待っている。まさかそんな事を言われるとは思っても見なかった。けれど、決して悪くない。むしろ喜んでいる自分がいる。

「1人で行って、後悔した。やっぱりあんたも誘えば良かった」

 エレンヴィルはそう言いながら、ずいと身体を前に乗り出した。

「向こうにもここには居ない色んな動物がいるから、あんたにも悪い話じゃないと思う。それに──」

 金色の瞳が一瞬だけ伏せられた。けれど、視線はすぐに戻ってくる。

「何も護衛が欲しいわけじゃないんだ。むしろ勝手はよく分かってる。おたくにとって、俺はただの狩りの仲間かもしれないが、俺にはそれだけじゃあない」

 ごくり、とまだ口に入っていたサンドウィッチを飲み込んだ。エレンヴィルの瞳は、まだわたしを捉えて離さない。

「今寂しそうにしてたのは、気のせいじゃないだろう」

 違うのか?と聞くエレンヴィルは、ちょっと悲しそうだった。

「ううん、合ってる。寂しいと思ってたんだよ」

 なかなか気付かなかったけど、とは言わないでおいた。エレンヴィルの黒い耳がまたひょこ、と動く。

「俺はマリアに、俺の故郷を知って欲しい。俺の事も、もっと」

 この男は、こんなにも熱い男だっただろうか。いつもは冷たさすら感じる事があるのに、瞳から強い熱意を感じる。要求がはっきりしているのはいつも通りだけれど、彼の視線や瞳の力強さに、もっと熱い何かが宿っていた。
 この時点で、わたしの返事はもう決まっていた。この申し出が嬉しいと思ったし、長年組んできたエレンヴィルと一緒なのだ。何の憂もない。むしろきっと楽しく、実りの多い旅になるだろう。

「わたし、行きたい」

 わたしがそう言うと、エレンヴィルは嬉しそうにはにかんだ。どこかほっとしたように息をつく。しかし、わたしの次の質問により、エレンヴィルはいつものやれやれモードに戻ってしまった。

「ところで、向こうではエレネッシパって呼んだ方が良い?」
「いや、やめてくれ。他の奴に教える事でもないし」

 エレンヴィルはすごく嫌そうな顔をする。「このままエレンヴィルで通すつもりだから」と謎の気迫で念押しされると、わたしは素直にうんと頷く事しかできなかった。
 他にも、タコスが美味しいとか、変わったサボテンダーがいるとか、列車が走っているとか、聞いているだけでも心が踊る。本業はもちろん、他にも見所は沢山ありそうだ。

 この気持ちはまだ分からない。名前もない。彼の熱意を全て受け止められるかも分からないが、それを嫌だとも思っていない事は確かだった。きっと、まだ分からないだけなのだろう。だって、こんなにもワクワクしているのだから。

「良かった」

 そう言って、エレンヴィルは立ち上がった。そしてそのままわたしのすぐ脇に立つと、彼は片手をテーブルについて身を屈める。

「俺はあんたの事が好きだ。それも考えといて」

 エレンヴィルはわたしの耳元でそう囁くと、すっと離れた。満足そうな顔をしてリュックサックを背負い直し、なんて事もないような風である。
 一方わたしは、手にしていたサンドウィッチを取り落とした。皿の上に着地したサンドウィッチは無事だが、はっきり言葉にされるともう昼食どころではない。それなのに、言った本人は涼しい顔でもう立ち去ろうとしている。

「物資の準備はやっておくから心配はいらない。詳細は後でまた話す」

 また連絡すると言って、エレンヴィルは来た道をゆく。その後ろ姿を、わたしは黙って見送るしかできなかった。
 全ての答えは、きっとすぐそこにある。


2024/11/26
マガモ君、いいよねえ。種族の都合ですんごい若く見えるだけかと思ったら、ほんまに若かったらしい。順当に行けば、いずれは仲間たち皆んなを見送る事になるのかと思うともう切ない。



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