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今日も世界のどこかで



がやがやと賑やかな店内の人混みを縫うように、アイメリクは歩いていた。重い鎧からようやく開放され、柔らかなシャツ一枚で出かけられる身軽さが心地よい。彼のふんだんにあしらわれたフリル付きのシャツが珍しいのか、人目を感じずにはいられない。すれ違ったミコッテ族の男の目線も、一瞬だけ襟元のフリルに止まった。そしてアイメリクも、その男の尻尾がふわりと揺れるのをなんとなく目で追っている。

 アイメリクと同じエレゼン族の多い土地ではあるが、水も空気も土の色も、住む人の種族さえも違った。任務とはいえ、初めて訪れたこの国をアイメリクは存外楽しんでいる。

 尻尾に気を取られていると、アイメリクは背中に何かが当たった事に気がついた。感触からして、誰かにぶつかったに違いない。彼は慌てて振り返る、やはりアイメリクの真後ろにエレゼン族の女性がいた。柔らかそうな栗色の髪から困惑の表情が覗く。彼女は背中に担がれた弓を気にしながら、アイメリクの方へ顔を向けた。

「これは失礼を、お嬢さん。お怪我がないといいのですが」

 アイメリクは咄嗟に片手を胸にやり、頭を下げた。故意ではないとはいえ、自分の余所見でぶつかったのだから。彼は自分ではごく普通に、礼を尽くしたつもりであった。

「いいえ、大丈夫よ。気にしないで」

 女性はそう言ってにっこり笑った。そして次の瞬間にはやはりフリルに視線が向き、袖に行き、膝まであるブーツに行き、その後もう一度アイメリクの顔に戻って来る。その頃には、彼女の表情は何か不思議そうな、驚いたようなものに変わっていた。

「アイメリクさん?」

「これは…マリア殿」

 互いに顔を見合わせると、アイメリクの脳裏に昼間のマリアとのやり取りが鮮明に蘇る。

 滑らかな革の手触りを確かめながら、アイメリクは思わずため息をついた。自国の製品も決して悪いわけでは無い。しかし、この光沢のある柔らかな革は羽のように軽く、見るからに上等な品である。下級貴族と言って差し支えない身分で、こんなに上等な物などそうそうお目に掛かれるものではない。神殿騎士団から支給される防具はもちろんどれも一級品だが、それとは一線を画している。

「これは素晴らしい。裏地もとても暖かで柔らかいし、さぞ使い心地が良いのでしょうね。イシュガルトでは見ないデザインだが、それもとても面白い」

 革の手袋をしげしげと眺めるアイメリクに、マリアはにっこりと微笑んだ。彼女はアイメリクと似た横に長い耳に栗色の髪をかけると、今度はつばの広い帽子を手に取った。

「ええ、丈夫だと好評を頂いています。こちらの帽子は別の素材を使っていて、手触りがより滑らかですよ」

 そう言ってマリアが差し出した帽子を手に取ると、アイメリクはまた感嘆する。

「ああ、どれも本当に見事だ。どちらも頂こう。フェン・イルの名ははイシュガルトでも知られているのだが、これほどまでとは」

「お眼鏡に適って嬉しいですわ」

「これは良い報告ができそうです」

 アイメリクは外国任務で祖国イシュガルトからグリダニアまでやって来た。鎖国しているとはいえ、物流まで止めているわけでは無い。この国の要人に会う傍らで、彼はグリダニアの各ギルドを視察して回っていたのだった。

 ふと、マリアの視線を受けてアイメリクは我に返った。服装が悪目立ちしている自覚は、最早誤魔化せない。

「ああ、やはり…変に目立っているのだろうな、とは思っていた」

 アイメリクは困った顔をして、首をすくめた。ここへ来たのはあくまでも任務であり、観光ではない。だから少々の不便は構うまいと思っていたものの、あまりにも目立つなら考え直すべきだろうか。

「ごめんなさい。昼間とは服装が違って、一瞬どなたかわかりませんでした。仕草も洋服も、何だかどこかの王子様みたいですし」

「…なんだって?」

 今度はアイメリクが驚いた。国では貴族ではあっても、決して良い身分ではない。実は"王子様"なのではないかと散々噂されて来た身の上ではあるが、現実の生活は王族とはかけ離れている。

「さっき、咄嗟に頭を下げて下さったでしょう?その仕草なんか、特に」

 素敵だったけど、とマリアは続けるが、アイメリクの内心では苦い気持ちが込み上げる。

「王子様、ではないな」

 アイメリクがしたことは、貴族としての当然の振る舞いであった。それがここでは王族かのように見えるらしい。それとも、実は彼女がスパイで、出世街道をひた走る彼と敵対する何者かの思惑でここにいるとするならば、或いは──と考えたものの、彼女の純粋な驚きが演技ならば、最早アイメリクに勝ち目など無いように思える。

 グリダニアで生まれ育ち、そこで職人として暮らすマリアである。彼女がアイメリクの込み入った事情を知るわけがない。そう考えるのが妥当であろうと結論付けたものの、彼は少なからずどきりとしていた。

 マリアはあくまでもフリルシャツの事を話しているのだと、アイメリクは自分に言い聞かせる。襟元や袖口のたっぷりあしらわれたフリルは、少なくとも彼の国の貴族が着る服としては極普通であった。無論、身分が上がればもっと豪奢になってゆくのは言うまでもない。

「イシュガルトに王族はいないし、今日の仕事は終わった。もちろん今はお客でもない、ただのアイメリクさ」

 だから畏まらないでそう呼んで欲しいとアイメリクが伝えると、マリアも頷いた。少々軽いような気も、また強引なような気もするが、アイメリクは王子様から早く逃れたかった。

「君も夕食を?」

「ええ、もう食べ終わったから、そろそろ出ようと思っていたところよ」

 店の中は相変わらず混雑していた。主に冒険者が集まる店だが店主の淹れる紅茶が市政の人々にも大変な人気で、この街では知らぬ人は居ないほどである。回転は早く、毎日大勢の人が出入りしていた。

「大変申し訳ないのだが、私に服を見繕ってもらえないだろうか。これではあまりにも、場違いなようだから」

 アイメリクは困り切った子犬のような顔をして、居心地が悪そうにしてそう言った。昼間の勇ましい帷子の兵装はヒラヒラしたシャツに変わり、如何にも有能な外交官ぶりを発揮していた時のアイメリクとは大変なギャップである。

 マリアは少し考える素振りをしてから、うんと頷いた。

「ええ、構わないわ。それなら商店街へ行きましょうか。まだ閉店には間に合うはずだから」

「そうか!それは助かる。ありがとう」

 アイメリクはそれは嬉しそうに、そしてホッとしたように満面の笑みを浮かべた。マリアもつられてにっこり笑うと、揃ってカフェを後にする。

「それにしても、君も弓を?」

 アイメリクは隣を歩くマリアが背負っている弓を眺めた。やはりイシュガルトで一般的に使われる木材とは違うようだと1人感心する。

「ええ。夕方、素材を集めてたの」

 革細工をするには革が要る。革を手に入れるには動物を狩らなければならない。革を購入する職人もいれば、マリアのように獲物を仕留める所から自分でする者もいる。

「因果な商売よね」

 食べられる部位は他所へ卸すとしても、革細工は命を頂いて初めて成立するのだとマリアは説明する。

「我々よりは建設的だ」

 アイメリクはそう言うと、自重気味に笑った。

 アイメリクが生まれる何代も前からずっと、イシュガルトはドラゴン族と戦い続けている。そこからは互いへの更なる憎しみくらいしか生まれない。マリアの商売も命を手に掛けるのは同じだが、革製品と前向きな取引が生み出されるのだから違うものだ。むしろ幾らも良いとアイメリクは思った。

「ごめん。戦争していたんだったわね」

 マリアが心配気にアイメリクを見上げる。イシュガルトが長年に渡りドラゴン族を相手に戦争を続けている事は、広く一般的に知られている事だった。

「いいや、謝る事はないさ。事実、殺し合っているだけだ」

 一向に終わりが見えない戦いに、人はとっくに疲弊している。しかし、恨み辛みとは大変な原動力になるものだ。彼の国の人々を戦いに突き動かしているのは、主にそういった負の感情であった。アイメリクはだんだん憂鬱な気分になってゆく。

「ドラゴンか…なめしたら良い装備が出来そう」

 一方、マリアはまだ見ぬ素材に思いを馳せていた。ドラゴンの皮を使えば、何やらとてつもなく丈夫で軽くて強靭な素材が実現できそうな気がする。

「アイメリクはドラゴンと戦った事、ある?」

 興味津々、といった風にマリアはアイメリクを見つめた。マリアの職人の血は既に大騒ぎしている。

「ああ、何度かね。初めて倒した時も、この弓を使っていたんだ」

「ほんと?」

 アイメリクが自ら背負っている弓を指すと、マリアはますます目を輝かせた。食い気味のマリアが微笑ましくて、アイメリクは思わず頬が緩んだ。彼女は今からでもドラゴン狩りに出かけそうな程、あれこれと考えを巡らせている。イシュガルトは常に苦しい境遇だが、そんな風に考えられたらどれだけ良かっただろうとアイメリクは考えた。

 とはいえ、実際にイシュガルトではドラゴンの革は強く忌み嫌われている。仮に加工などしようものなら、もれなく異端者扱いで迫害されるのがオチであった。

「そう、それは仕方ないね」

 ドラゴンに対抗するならすごく良さそうなのにと言い、マリアは分かりやすくがっかりしている。それがなんとも面白くて、アイメリクは遂に笑い始めた。頭がカチコチに凝り固まった上層部に見せてやりたい──白い顔を耳まで真っ赤にして怒り狂うに違いない──と思うと、余計に可笑しかった。

「わたし、そんなに変だった?」

 マリアが聞くと、アイメリクは首を横に振った。

「すまない。そうではないんだ」

 アイメリクは必死で笑いを納めると、弁明を始めた。マリアを馬鹿にしたいわけではないのだと。

「君は本当に熱心で感心するよ。それに、確かに我々こそドラゴンの革を再利用できればさぞ合理的だろうな」

 新しい知見と共に、アイメリクは故郷の友を思い浮かべた。アイメリクが初めてドラゴンと戦った時に、彼とは共闘を果たしている。そして彼は今日もドラゴンを相手に槍を振るっているに違いない。彼もまた、ドラゴン族への復讐心だけで生きている1人である。

 いつの間にか空は暗くなっていた。天気は良い。丸い月がぽっかり浮かび、明かりが灯された街は幻想的な雰囲気を醸し出す。森と生きる街の夜が更けていった。

続く

2025/07/03 pixivにて掲載
2026/3/17


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