D+S FF-D m-ds New!夢物語


今日も世界のどこかで 2



 すっかり夜も更けた。街を歩く人の数は減ったものの、途切れることはない。

 街の中でも一際明るい商店街は、まだまだこれからといった風だ。出てくる人もいれば、これから買い物するであろう人が意気揚々と入ってゆく。その中から連れ立って出て来たエレゼン族の二人組は、路地に向かって歩いていた。

「ありがとう、マリア。お陰ですれ違いざまに妙な視線を受けなくなったよ」

 アイメリクは弓術士然とした格好で、嬉しそうに笑った。彼の大きな蒼いイヤリングはそのままだが、外見は大きく変わった。アイメリクの姿勢の良さと武人たる雰囲気がより引き立っている。これなら神勇隊士に紛れても目立たないかもしれないくらいだ。如何に文化が違っても、軍人らしさはあまり変わらないらしいとアイメリクは感じている。

「どういたしまして。今は上品な吟遊詩人みたいね」

 決して普通の吟遊詩人が下品な訳ではない。この街で歩くには、この方が王子様よりも格段に馴染んでいる。

 その昔、ハープを奏でる吟遊詩人の王子様がいたそうだが、森ではなく砂漠の国だったな、とアイメリクは幼少期に読んだ物語を思い浮かべた。

「すっかり世話になってしまったな」

 アイメリクは先程まで来ていた服を見下ろした。今それらは綺麗に畳まれて、店で貰った袋の中に収まっている。

「いいよ。困っていたんでしょう?」

 マリアは満足そうに笑った。

 アイメリクの服装の組み合わせは、ほぼマリアの提案である。様式の違いに困惑していたアイメリクは大変ありがたがっているが、マリアにしてみればリアル・着せ替え人形のようなものであった。親切心からであるのはもちろんだが、マリアはしっかり楽しんでいる。

「じゃあ、わたし帰るね。アイメリクの宿はカーラインカフェの?」

 そう言って、マリアはアイメリクを見上げた。マリアの住まいは、商店街よりさらに奥にある。

「ああ、そうだ。けれど、帰るなら近くまで送ろう」

「ありがとう。でも反対方向だし、いいよ」

 マリアは遠慮するが、それではアイメリクの気が収まらない。騎士たる者、女性を夜に1人で放り出すなどできるものか、と言うわけである。

「方角も距離も問題ない。私の都合で夜中まで付き合わせたのだから、きちんと送らせてもらうよ」

「そう…?でも、送り狼はだめだよ」

「お、おく…」

 アイメリクは面食らった。騎士の中にも不埒な輩がいないわけではない。しかし自分はその分類ではない自負がある。騎士というものは尊敬の対象である筈だが、この国では大した信用にすらならないようだ。アイメリクは、硬い何かで頭を思い切りぶん殴られたような気分である。

「私は誇りあるイシュガルトの騎士だ。世話になった上に君の善意につけ込むような下劣な男ではない。そんな真似はしないと誓おう」

 アイメリクが大真面目にそういうと、マリアは目をパチクリさせた。ポカンとした表情で、アイメリクの言葉を反芻している。

「あ、ありがとう。アイメリクって、騎士だったんだね。確かに、王子様じゃない。騎士なんて、本当にいたんだ…」

 このマリアの純粋な驚きは演技ではない。マリアが何者かの差金である様な心配はないだろうとアイメリクは確信を得た。

 同時に、アイメリクの気分は半ばヤケクソでもあった。この地に騎士という職が無いのも、貴族文化が──彼は決してそれを好んでも肯定している訳でもないが──ないのも、そういった概念が存在しないのも仕方がない。しかし、そのせいでアイメリクはまるで御伽話の登場人物扱いのままである。むしろ、まるで脱却できる気がしない。こうなったら、いっそ本気で貴族然と振舞ってやろうか、と思っている。

 アイメリクは片手を胸にやり、マリアを真っ直ぐに見つめた。

「マリア嬢、君の明日の予定をお聞きしても?お礼に食事でもご馳走したいと思ったのだが、今日はもう遅い。明日の仕事が終わってから、私に時間を頂けないだろうか」

 招待状もドレスコードもないが、これは正式な誘いである。しかし、そこまで一気にしゃべるとアイメリクは視線を落とした。

「もちろん、私との食事が礼にならないなら、他の事を考えるつもりではあるが」

 よく考えたら、アイメリクとマリアは今日初めて会ったばかりである。今更ではあるが、食事に誘うことがそもそも不躾なような気がした。返事を待つ間、アイメリクは緊張を覚える。

「明日は」

 マリアは自身の頭の中の予定表を覗くように、目線を宙に漂わせた。それをアイメリクは無意識に追っている。

「明日の夕方も、狩に行くつもりなの。その後なら」

「もちろんだ!」

 交渉成立。受け入れられた事でアイメリクの緊張は解け、嬉しそうに笑った。

 翌る日の夕方、アイメリクは約束のカフェでマリアを待っていた。名物の紅茶を啜りながら、本国への報告書を書いている。

 昨晩購入した "軍部にいそうな上品な吟遊詩人" の装いは、アイメリクをこの場により自然に馴染ませていた。彼があからさまな好奇の目線に晒される事はもうない。

 注文した紅茶は、風味もシロップの味もアイメリクが普段親しんでいる物とは違う。しかしそれにも負けず劣らず風味豊かなハーブティーは、彼を唸らせた。鼻腔を掠める香を堪能し、爽やかな味が口いっぱいに広がる。最後に腹に収まる暖かさまで大満足である。

 食事を求める客で店がやや混み始めた頃、マリアが現れた。アイメリクの積み上がった書類の束に影が掛かる。

「こんばんは、アイメリク」

 書き物をしていた手を止めて、アイメリクは声のする方を見上げた。そこには昨日と同じように、弓を背負ったマリアが立っていた。

「ああ、来てくれたか。さあ、どうか掛けてくれ」

 書類の束を引っ込めると、アイメリクはいそいそとマリアに着席を促した。

「待たせちゃった?」

 マリアは席に着くと、申し訳なさそうにそう聞いた。被っていた帽子を傍に置いて、アイメリクの様子を窺う。

「いいや、ここで仕事をしていたんだ。ここの紅茶が絶品だと聞いたものだから、ぜひ飲んでみたくてね」

「ああ、ミューヌさんの」

 それは間違い無いわ、とマリアは微笑んだ。

「全く、これは毎日通ってしまいそうだ。イシュガルトにも紅茶はあるが、それとはまた違った味わいだった。水の質による違いもあるかもしれないな」

「イシュガルトティーね、どんな味だろう」

 アイメリクはまだ、故郷の味が恋しくなるほどここに滞在しているわけではない。だが、彼には紅茶への並々ならぬこだわりがある。好みの銘柄のバーチシロップと共にイシュガルトティーも持ち込んだものの、むしろこちらの茶葉も買って帰ろうかとさえ考えていた。

「良かったら後で差し上げよう。実は、手持ちがあるんだ」

「ほんと?」

 マリアは思わず手を叩いて喜んだ。グリダニアではなかなか手に入るものではない。聞いたことはあっても、実際に飲んだことはもちろんなかった。

「お安いご用だ。水の味が違う故、風味も多少変わるようだが、味と香りは保証する」

「そっか、水が違うのね。グリダニア風味のイシュガルトティーが飲めるのはここだけ!だね」

 そこから2人は熱い紅茶談義を交わした。冒険者ギルドからミューヌ女史が参加したそうにそわそわしていたが、本人達は終ぞ気が付かなかった。

 2人が食事を終えた頃、すっかり夜も更けていた。例によってアイメリクはマリアを彼女の家の近くまで送り届けようと、2人並んで歩いているところである。

 森の中のこの街は、街灯が灯ると一層幻想的で美しい。イシュガルトの荘厳な美しさとは種類の違う魅力である。アイメリクは思わずため息をついた。

「見事なものだ。我らの皇都も美しいが、このような景色は初めて見た」

 妖精でも飛んでいるのではないか、と思うような柔らかな照明だ。それがマリアの頬を照らすのを、アイメリクはぼうっと見ていた。

「綺麗でしょう」

 照明が柔らかな分、暗いところも残っている。それがより明るい場所を引き立てていた。

「ここでいいよ。毎日ありがとう」

 橋を渡った所で、マリアは足を止めてアイメリクを見上げた。ここまでくれば、マリアの家は目と鼻の先である。小川の静かな流れに虫の音が重なっているだけで、辺りはとても静かだ。

「君に何かあっては申し訳が立たない」

 マリアの瞳に柔らかな光が映っている。アイメリクはまるで吸い込まれるように、マリアを見つめた。実際に何が変わった訳でもない。けれど、それまでとは同じ景色では無くなった気がした。

 互いに見つめ合っていた事にはっと気がつくと、何となく気恥ずかしくなってしまった。それを誤魔化すように、アイメリクは手に下げていた袋をマリアに手渡した。中にはアイメリクが持参したイシュガルトティーがぎっしりと詰まっている。

「え?こんなに貰っていいの?大事なお茶なんでしょう?」

 マリアが驚いてそう言うと、アイメリクはゆるゆると首を横に振る。

「いや、いいんだ。今はグリダニアの紅茶を楽しむことにしたんだ。私は君にこそぜひ、飲んでもらいたい」

 マリアは茶葉とアイメリクを見比べた。片手で抱えられるほどの袋にぎっしり詰まった茶葉から、うっとりするほど良い香が漂ってくる。

「ありがとう。すごくいい匂い」

「どういたしまして。袋の底にバーチシロップも入っているから、飲む時に混ぜると良い」

 再度ありがとう、言って、マリアは満面の笑みを返した。

「明日の夜、音楽堂でお芝居があるの。一緒に行かない?」

 アイメリクは心が浮き立つのを自覚した。行かないという選択肢は、初めからない。

「それは面白そうだ。ぜひ頼む」

 返事を聞いて、マリアは嬉しそうに微笑む。アイメリクもますます幸福感でいっぱいになってゆく。

「あ、チケットは任せてね。お茶のお礼だから」

 アイメリクが何か言う前に、マリアはさっさと歩き始めた。そして、アイメリクが歩き始める前に、マリアは家に到着した。

「おやすみ!」と言いながら、マリアは玄関の扉を開けた。それがきちんと閉まるのを見届けると、アイメリクも宿へ戻ろうと踵を返す。

 蛍が1匹ふわりと飛んでいる。そこへもう1匹加わって、どちらもすぐにどこかへ行ってしまった。

 アイメリクは自問を始めた。先ほどのあれは何だ。マリアと別れた後も余韻に浸り続け、またそれを望み、明日の予定に心躍らせるこの気持ちはなんだ、と。

 アイメリクには秘めた野望がある。それも壮大で豪胆な野望で、近しい友にすら明かしていない。それほど大それていて、むしろ無謀な賭けに近かった。

 アイメリクの目的は、名だたる名家の縁者でなければ就く事がないような役職を得る事だ。自分よりも上位の貴族達をを押し除けてでも、大胆にのし上がろうとしている。

 本来の身分では到底できないはずの出世を狙うが故に、既に幾人もの怨みを買っている。下剋上を地で行くのだから当然敵は多いし、それなりに危ない橋も渡っている。よって、アイメリクには色恋にかまけている余裕も時間もない。それなのに。

 アイメリクに特定の相手はいない。否、作らないようにしている。ある程度出世し始めてからは時折縁談が舞い込むようになったが、アイメリクは全て断っていた。弱みとしてつけ込まれたり、相手が狙われたり、万が一足元を掬われた時に、弱点を増やさないようにするためである。

 守るものは最低限に抑えておきたい。そのくらい身分制度は厳しく、それに完全に左右される人事は複雑で残酷だった。

 それとも、特定の相手が異国の地にいたならば害は及ばないのだろうか。自分に関わったばかりに、マリアに災難が降りかかるなどアイメリクは考えたくもなかった。だからこそアイメリクは独り身を通してきたというのに、彼の心はマリアに強く揺さぶられていた。

2025/07/06pixivにて掲載
2026/3/18


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