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今日も世界のどこかで 3



   マリアはボロボロと涙を溢していた。泣いて泣いて、また泣いて。紅茶を啜って、一息ついて、また思い出して泣いている。

「ドラクゥが…ひっく、うう…」

「ああ、マリアはきっと幸せだ。ドラクゥも戻ったし、心配ない」

「うん。本当、良かった」

 マリアはもう一度紅茶を口に含んだ。ミューヌの淹れる紅茶は今日も絶品である。特に、観てきたばかりの芝居の余韻に浸りながら飲むのは最高だ。

 マリアは、マリアと同じ名前の主人公にすっかり感情移入していた。アイメリクが貸したハンカチは既にびしょびしょに濡れている。

「それにしても決闘だなんて。ロマンチックだったけど、怖いな」

「そうか?勝てれば一度で全てに片が付くじゃないか」

 アイメリクはさも当然かのようにさらりと言った。しかし、マリアはまだ納得できない。物語にはすっかり感動し切って大満足だったが、それとこれは別である。

「もしドラクゥが負けてたら、マリアの人生だって勝手に決められてたんだよ。わたしは嫌だなあ」

「決闘とはそういうものさ」

「戦えなかったら、死ぬか支配されるかしかないじゃない」

 マリアはそう言うと不満そうに唇をへの字に曲げた。マリアとて弓の心得はあるが、決闘で勝ち残れるかというと否である。それに、女性であるというだけで既に大きなハンデだ。

「いいや。戦えなければ、代理を立てることもできる」

「え?そうなの?誰が他人のために戦ってくれるの?」

 マリアは驚いて、素っ頓狂な声をあげた。命が掛かっているのに、安請け合いなどできやしない。疑問が浮かぶと、いつの間にか涙はすっかり引っ込んでいた。

「戦う術を持たない者の大半は女性や子供だ。だから、大抵その夫や父親が代理で闘うことになるはずだ」

 迷いなく言い切るアイメリクに、マリアはまた驚いた。

「随分詳しいね、アイメリク。もしかして、歴史に詳しかったりする?」

 マリアの好奇心がむくむくと湧いてくる。決闘はしたくないが、知らない世界を覗くのはいつだって楽しい。

「歴史もなにも、イシュガルトでは頻繁に行われているよ」

 そう言って、アイメリクは涼しい顔をして紅茶を口に含んだ。

「…え?」

 対してマリアは含んだ紅茶を吹き出しそうになっていた。

「頻繁にって、まさか決闘を?」

 マリアが驚いてそう聞くと、アイメリクはさも当然かの様に爽やかに頷いた。

「ああ、私も幾度か戦った事がある」

 マリアはゴホゴホと咽せ始めた。吹き出しはしなかったものの、紅茶は見事に気管に入ってしまった。

「マリア?大丈夫か?」

 アイメリクは慌ててマリアの背を摩った。マリアは激しく咳き込んでいる。

 やがて息を整えたマリアはぜいぜいしながら、改めて何度も驚いた。決闘なんて、物語だけの出来事だと思っていたからだ。

「本当に?イシュガルトでは普通だって言った?」

 ひたすら驚いているマリアに、アイメリクも困惑し始めた。

「ああ、グリダニアでは…しない、のだろうな」

「グリダニアどころか、ほかの国でも聞いた事ないよ」

 次はアイメリクが衝撃を受ける番だった。彼はどこの国にも当然あるものだと思っていた。むしろそれを武器にして来たくらいである。アイメリクは後に前代未聞の大出世を果たす事になるが、その足掛かりの幾つかは──彼は怠慢や不正を正しただけであったが──決闘裁判だった。

「そうか。我々だけ、か」

「リムサの海賊なら、もしかしてやってるかも」

 アイメリクは「本当に?」という言葉を飲み込んだ。マリアの正直な反応が事実だと物語っている。あとは推して知るべし、であった。

 イシュガルトの民、特に貴族達は決闘裁判と聞くと、それだけで高揚するきらいがある。中には決闘の見物を楽しみにしている者もいる。それはアイメリクも例外ではなく、「そういうもの」であった。

 とはいえ、本当に公正を期すならば、証拠や証言者による事実の確認とそれを元にした第三者の判断が不可欠であろうというのもアイメリクは分かっている。ただ、イシュガルトでは高官や有識者を含めて、大多数はそうではない。

 アイメリクは内心で大きなため息をついた。やはり、彼の国は変わらなければならない、と。彼は改めて決意を新たにする。無茶な出世を目論むのも、全ては自国の改革のためである。

 もしもアイメリクが名家と呼ばれるような家の血縁ならば、もっと楽に改革へ辿り着けるだろう。しかし、残念ながら彼はそうではない。

 特権階級にはいるものの、身分は高くない。だからこそ腐り切った貴族政治に疑問を持てたのだが、力がなければ改革どころか自身が潰されてしまう。権力を得るには特定の職に就く事が必要だが、本来なら高貴身分の人間にしかその機会は得られない。故にアイメリクはとにかく力を得ようと躍起になっているのだ。

「海賊と同じかも知れぬ、か。これは傑作だ」

 自信を高貴な身の上だと思っている貴族達は、海賊や空賊などというのは下賤だの野蛮だのとバカにしがちだ。そもそも、貴族でない者を人間として見ていないことすらある。しかしここへ来て、海賊も彼らと同じ様に決闘してるかもしれないという共通点が見つかってしまった。もしそうなら、野蛮なのは果たしてどちらだろうか。

 とはいえ、壁に耳がついているとの東方の諺がある。顔中に?を浮かべているマリアには悪いが、アイメリクは詳しい説明はしないことにした。

 そうこうする間に食事が運ばれてくる。湯気の立つシチューが目の前に置かれると、その匂いが既に美味である。もともと腹を空かせてはいたが、アイメリクは更なる空腹を覚えた。

「わたしたち、結局毎日一緒に夕食を食べてるね」

 マリアはそう言いながらシチューを掬った。それを口に運び、ゆっくりと流し入れる。噛む前からほろほろと崩れる肉の柔らかさを堪能してから、ゆっくりと飲み込んだ。

「君のお陰で楽しいよ」

 アイメリクも同じようにシチューを飲んで、次は添え物のパンに手を伸ばす。

「だが、実は明日で最後なのだ。明後日の朝には発つ予定でね」

 アイメリクはきぢったパンにバターをぬり、それを口へ入れた。彼は予め決まっていた予定を語っただけのはずだったが、ひどく無情に感じている。

「ええ?」

 マリアは見るからにがっかりしていた。スプーンを取り落とさなかっただけマシなくらいで、動かす手が完全に止まっている。

「もう帰るの?寂しいな」

 今にも泣き出しそうな顔をして、マリアはゆるゆるとスープを混ぜ始めた。

「よく考えたら知り合ったばかりなのに、ずっと前から知ってたような気がする」

 そう言ってからマリアはようやくスープを口に含んだが、何を食べているかわからないくらい味がしなかった。

「ありがとう、アイメリク。わたしも楽しかったよ」

「礼を言うのは私の方だ。この服だって本当に助かっているし、君のおかげでこの土地の事も少し知れた」

「どういたしまして」

 マリアははにかむが、滲み出る寂しさは隠せない。寂しいのは、アイメリクも同じだ。

「だから、明日も一緒に食事しないか」

「する!」

 マリアは即答した。アイメリクもまんざらでもない。しかし、明日が今生の別れになるかもしれないと考えただけで、心に穴が開きそうだった。

 アイメリクもこれまでの人生でいくらでも出会いも別れも経験している。職業柄、これまで多くの同僚を見送って来た。それでもここまで感傷的になったのはそう何度もない。

 旅の高揚感のせいなのか、本当にマリアに心惹かれているのか。アイメリクにはまだわからない。何れにしても、それも明日で終わってしまう。

 マリアに会えなくなるのはアイメリクも悲しい。だが、仮にマリアを連れて帰国したとしても、今のイシュガルトにはマリアはきっと適応しない。それに皇都にいれば、必然的に戦争や貴族間の小競り合いにも巻き込まれる。そらならいっそ、そんな心配をしなくて良いだけ幾らかマシかもしれないと、アイメリクは無理矢理に結論付けることにした。

2025/07/07pixivにて掲載
2026/3/20


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