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今日も世界のどこかで 4《完結》
「ねえ、またグリダニアに来る?」
マリアは心配気に問うた。
「今回の貿易の話が纏まれば、半年か、或いは一年後くらいにはまた来られるかもしれない」
「そう。長いなあ」
マリアは残念そうにそう言うと、ため息をついた。
最後の晩餐を終えて、2人で歩いていた。マリアを送り届けるこの道も、今日で最後になる。
「せめてまとまった休暇が取れれば良いのだが…任務で来る方が早そうだ」
実際に、アイメリクは帰国後もこの任務の報告から始まり会議、それの為の根回し、遠征、などと既に溢れるほどの仕事が彼を待ち構えている。スケジュールは既に満杯で、休暇を取れるのがいつになるのか、そもそもきちんと取れるのか、本人にも皆目わからなかった。
とはいえ、イシュガルトが鎖国している以上、アイメリクが個人的に行ける範囲は限られている。イシュガルトの大門か、ぜいぜいクルザスまで出られれば良い所だ。そこで女と逢引きしている、それも異国の女となれば、瞬く間に悪意のある噂が広まるのは明白である。自らスキャンダルを提供するようなもので、マリアにもその火の粉がかかるに違いない。いくら休暇を取れたとしても、現実的な案ではなかった。
「手紙を書いても良いかな?人はともかく、手紙や荷物はクルザスの大門や検閲を通過できるはずだ」
「うん、ぜひ。無事に着いたら書いてね。気になるから」
「ああ、約束しよう」
アイメリクはそう言うと、懐から紙とペンを取り出した。さらさらと自分の住所を書きつける。その紙をマリアに手渡した。
「マリア。本当に、ありがとう」
「ううん、会えて良かったよ」
紙をマリアの手の中に置いたものの、アイメリクはその手をなかなか離せなかった。マリアの住まいまではまだ多少の距離はある。けれどここで離したら、マリアがそのままいなくなってしまうような気がする。手を繋いだまま、アイメリクはしばらくじっとしていた。
ふと、アイメリクはマリアの薄い紫色の瞳に自分の顔が映っているのに気がついた。その中の自分は、酷く思い詰めた顔をしている。
互いに触れている皮膚は熱を帯びていた。幸い、人気はない。
アイメリクは片膝をついた。繋いだ手はそのままに、マリアの手の甲にそっと口付ける。そして、その両手を自身の頬に柔らかく押し当てた。
マリアははっと息を呑んだ。やっぱり王子様の様だと思ったが、そういえば彼は騎士だったと思い直す。やることがいちいちキザだが、きっとイシュガルトの彼の社会では普通なのだろう。
「あ、あの…」
マリアはそれ以上言えなかった。アイメリクの眼差しが、マリアの視線を捉えて離さなかったからだ。
「本当なら、すぐにでも君に会いに来たい。できることなら君を連れ帰って皇都を案内したい。しかし、あいにく国は鎖国しているし、それは私の力ではどうにもならない」
厳密には、マリアが皇都にに入る方法はある。イシュガルトの人間と結婚して、マリアもイシュガルト籍になれば良いのだ。しかし、アイメリクはそれを告げる事はしなかった。ほんの数日前に出会った男のために、人生を揺るがす様な決断をさせる様な事はしたくはない。そもそも簡単に選べるような事柄でもないはずだ。何より、彼の大それた目標の為に、マリアを守る事に徹することもできそうにない。
アイメリクはマリアの手のひらを自身の手のひらに重ねて、さらにそれで自分の頬を包んだ。離れなければならないのは初めから分かっていたのに、こんなにも離れ難いとは。こうするまで彼も気が付かなかった。
しばらく互いの体温を感じた後、アイメリクはまた立ち上がった。手を繋いだまま、残りの道のりを歩き始める。始まる前に終わる別れの道は、どんどん残り少なくなってゆく。
2人の間に言葉は無くなっていた。今はただ、素直な気持ちに従っている。中途半端な愛の言葉を囁くのは野暮だし、何より不誠実だ。少なくともアイメリクはそう考えている。
「ここで、待ってて」
遂にマリアの家の前に着いてしまった。マリアはそっと離れると、自宅の扉の中へ入っていった。何分もしないうちに戻って来ると、マリアの手には紙切れが1枚握られている。
「これ、うちの住所。待ってるからね」
そう言って、マリアはその紙をアイメリクに手渡した。アイメリクは中身を確認すると、大事そうに懐に仕舞う。
「マリア」
アイメリクが名前を呼んだと同時に、どちらからともなく抱き合った。
気持ちに名前は無い。付けたところで終わりは見えていたし、それを実感するには日が浅すぎた。互いに言葉にはしなかったが、それぞれが今の自分の生活を続ける事を選んでいる。けれど、だからと言ってその感情が変わるわけでも、歯止めがかかるわけでもない。もう旅の高揚感でも、ひとときの気のせいでも、なんでも良かった。
アイメリクはマリアの顎に指をかけて上を向かせると、噛み付くように口づける。何度も何度も、気が済むまで貪った。王子様どころか野獣だが、もう夜も遅くて人目は無い。仮に誰かがいたところで、見せつけてやればいいとすら思った。
人目も憚らず、ひたすら唇を重ねた。やがて感情の波が落ちついた頃、互いにそっと離れた。
いよいよ別れの時だ。まるでそこに線を引いたように、アイメリクは潔く文字通り身を引いた。マリアもまた、追い縋るような事はしなかった。
「ではマリア。いつか、また」
アイメリクはマリアとしっかり目をあわせた。マリアの姿を、しっかりと記憶に刻み込もうとしている。
「気を付けて帰ってね、アイメリク」
野獣から騎士に戻ったアイメリクだが、狼にはならなかった。このひと時を思い出に、彼は翌朝に国へ帰る。マリアもこのグリダニアで、このまま革細工を続ける。
アイメリクは踵を返した。後ろ髪引かれる思いで何度か振り返ると、マリアはアイメリクをずっと見送っている。それでも、歩かねばならない。通りを進み角を曲がって、いよいよ見えなくなるまで、アイメリクは何度も振り返った。いつかこの距離がまた埋まる事を願いながら。
そうして2人の道は、また離れた。
「──と、いうことがあってね。もう五年になる。お陰でこの通り、今も独り身だ」
アイメリクはそう言うとため息をついた。息は白い蒸気となって、ふわりと消えてゆく。
クルザスは今日も寒い。辺りには雪がちらつき、じっとしていると芯から身体が冷える。クルザスは霊災以降、春も夏もまだ来ていない。
アイメリクの側に控えるルキアは、はっとしてアイメリクを見た。
「五年前というと、霊災があった頃では?」
「ああ、そうだ。そのせいだろうか、彼女からの手紙は未だに一度も来た事がない。こちらから何度か送ったが、宛先不明で戻ってくる始末だ」
「なんと…」
ルキアは瞳を伏せて、胸を手で押さえた。敬愛して止まない君主はどこまでも気丈だが、その姿はあまりにも痛々しい。ルキア自分まで心が軋むような思いだった。
アイメリクは帰国後すぐ、約束通りマリア宛に手紙を書いた。配達士モーグリに預ければ、早ければ数日以内に届く。しかし、霊災が起こったのも丁度その頃であった。
アイメリクは心配のあまり配達士モーグリの元へ通い詰めた。自分宛の手紙が来ていないか、自分が出した手紙は届いているのか、と。モーグリはアイメリクの1通目の手紙はきちんと届けたと言い、その手紙だけは返って来ていない。
「わたしは彼女を探しに行くことすらできなかった。こんな薄情者には、もはや想う資格すらないのかもしれないな」
帰国後のアイメリクのこの5年は、決して穏やかではなかった。
霊災でグリダニア行きは中止となり、まとまりかけていた貿易の話も露と消えた。変わらず戦争は続きら社会は霊災も手伝って、不安定さを増した。
アイメリクは紆余曲折を経てようやく神殿騎士団総長にまで上り詰めたが、それも最近の事である。もともと山積みだった仕事は肩書きが増す度に増え、責任も重くなる。また、前例のない大出世を果たしたがために、彼の失脚を狙う者も未だ多い。
最近では、時折起こる異端者の犯罪も捨て置くことはできず、国の動きも怪しい。当然、改革どころではなかった。
歩くたびに雪が踏みしめられて、ぎゅっと音を立てる。音もなく降り積もる雪はだんだん強くなって来た。温暖なグリダニアでは、こんなにもたくさんの雪を見る事はきっとないのだろう。アイメリクは薄暗い空を見上げた。
届かない手紙は、一体どこへ出せば良いのだろう。あの時、何を選べば正解だったのだろうか。正解はわからない。ただ、全てをかなぐり捨ててでもマリアを探しに行けたのかと問われれば、否であった。
「さあ、行こうか。英雄殿が来てくれたそうじゃないか」
アイメリクはいつのまにか立ち止まっていた事に気が付いた。ルキアに声をかけると、止まっていた歩をまた進める。
道々にいるフォルタン家の騎士たちは、アイメリクの姿を見るや次々と敬礼している。その一つ一つに礼を返す背中を追って、ルキアも再度歩き始めた。
ルキアはふと思い出した。件の英雄の名も、確かマリアではなかったか、と。しかし、マリアと言う名は世の中にありふれている。それに、英雄たる彼女は名前以外の一切の記憶を無くしているという。キャリッジの中で気がついて、そのキャリッジが到着したウルダハで、勧められるままに冒険者家業を始めたのだという話はイシュガルトでも伝え聞くところであった。
たとえ英雄がマリア本人であったとしても、彼女がアイメリクを覚えているとは限らない。下手に期待を持たせるのは却って残酷だ。ルキアは何も言えなかった。ルキアとて、アイメリクの罪悪感を抉る様な事をしたい訳ではない。
やがて目的の建物の前へ着いた。門兵が敬礼し、アイメリクらもそれに応える。
「アイメリク様、オルシュファン卿はここで暁の者と共にあなた様をお待ちです。ご準備はよろしいですか?」
ルキアの問いに、アイメリクは短く頷いた。
「ああ。問題ない」
門兵は扉に手をかけた。扉は重そうな音を立てて、ゆっくりと開く。アイメリクを先頭に、2人はゆったりと部屋に入って行った。
部屋の中にはオルシュファン卿の他に、エレゼン族の少年と女性が1人ずつ待っていた。この女性こそ、巷で英雄と名高いその人である。とはいえ、英雄と謳われながら陰謀に巻き込まれ、今はこのクルザスの要塞ドラゴンヘッドの司令官・オルシュファンに匿われていた。
少年はすぐに立ち上がり、アイメリクの方へ体を向けた。挨拶の為に礼をする無駄のない所作が大層上品だ。イシュガルトとは違うものの、高い教養と育ちの良さを感じさせる。
一方で女性は、ゆっくりとアイメリクの方へ顔を向けた。柔らかそうな栗色の髪から、薄い紫色の瞳が覗いている。立ち上がり、その髪を片手で耳にかけると、すぐにアイメリクと目が合った。
アイメリクに衝撃が走った。想いを重ねたものの成就とはならなかった人が、ひたすら手紙を待ち続けて心配し続けたその人が、ここにいる。夢か現か、それとも幻か。アイメリクは信じられない思いと再開の歓喜が渦巻いて、自分が何の為にここへ来たのか一瞬忘れてしまったほどである。英雄に会いたいと言ったのは自分だが、単なる興味に過ぎなかったはずなのに。
「マリア」
アイメリクは思わずその名を呟いた。独り言のように口から溢れた言葉は、それにより静まり返った部屋に浸透してゆく。周りの者が「何事だ」と言わんばかりの表情で、アイメリクと英雄を見比べている。それがより一層現実であるとアイメリクに訴えていた。一方、彼女の表情は混乱でいっぱいである。いつかのように顔に?をたくさん浮かべながら、ぽろりと大粒の涙がこぼした。そして、その事にも困惑する。冒険者になる以前のマリアを知る者に、彼女は未だ出会った事がなかった。
マリアは懐から紙きれを取り出した。擦り切れてボロボロだが、まぎれもなくかつてアイメリクが送った手紙である。アイメリクはたまらず駆け寄った。マリアに背負われた弓や衣装は、どれもアイメリクの知らない物だ。髪も以前より少し長い。しかし、彼女は見紛う事なく、アイメリクの知るマリアであった。会っていたのはほんの数日だったのに、マリアと過ごした情景が次々に鮮明に浮かぶ。
アイメリクは震える手でマリアの手を取った。それが拒絶されないと分かると、彼は腕の中にマリアを収めた。
完
2025/07/08
最後までお読みくださりありがとうございました。
記憶はないけどキャリッジにいた時、持ってた手紙に気が付いて、でもなんとなく捨てたくなくて、それを後生大事に今も懐に入れている。という裏設定は活かせなかった。
相変わらず妄想捏造のみ。一つの可能性としてある、かもしれない。
2026/03/23 編集
pixivにも掲載してるのをちょっとだけ変えてここにも掲載。裏設定を表に出したかった。
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