D+S FF-D m-ds New!夢物語


世界の片隅で



 ──カラン、コロン──

 その町に唯一のパブに鐘の音が響く。入り口のドアに取り付けられたチャイムが来客を伝えた。


「いらっしゃいませ。」


 チャイムと共に見せに入ってきた男に、わたしは声をかけた。
 男は店内が一瞬で華やぐような、独自の雰囲気をまとっている。彼は、わたしを見つけると表情を一層明るくする。


「やあ、レディ。今日も美しいね。」


 少し前から来るようになったのだが、会うと毎回のように口説いてくる。彼にとってナンパは、もはや挨拶代わりのようだ。


「ふふふ。お上手ですこと。」


 こちらもこういう商売だ。いつも極あっさりと受け流す。


「俺は本当の事しか言わないぜ。」


 言いながら、男はいつも同じカウンターへ向かい、1番端の席に座った。いつの間にか、彼の指定席になっていた。


「あら、嬉しいですわ。ご注文は?」

「いつものを。」

「お待ちくださいな。」


 わたしはカウンターに入り、「いつもの」を用意する。それは以前、男が細かくオーダーしたカクテルだった。

 白ワインをベースに、ジン、ライチのリキュール、グレープフルーツを絞る。彼はここに来ると、これを必ず注文するのだ

 わたしは何年もこの店に勤めているが、こんなカクテルは初めてだった。少なくとも、この街ではこんな飲み方はしない。ずいぶん変わった人だな、と思ったものだ。
 そして、男はその酒を飲みながらわたしをとことん口説く。これがいつものルーティーンである。
 話題は天気だとか季節だとか、当たり障りのないものだ。だが、会話することが楽しく、どこか洒落ている。
 いくら口説かれても応じることはないが、決して悪い気はしないし、むしろ心地よさすら感じる。ほどほどに聞き流しながら相づちを打つと、彼も満足そうにしていた。
 口説いても口説いても、彼の口説き文句は尽きることがないらしい。

 なんでも、男は最近この町に現れるようになった盗賊の頭らしい。他の客から教わった。
 ここは港町で、大勢の人々が行き交う。盗賊も、ここでは決して珍しくはない。
 ただ、彼は盗賊の身なりをしていても、態度や身のこなしに気品が見え隠れしている。どんなに目を凝らして見ても、賤しい身分の者のようには見えなかった。
 かといって、貴族が戯れで楽しんでいる風にも見えない。盗賊が妙なほど板に付いている部分もあり、どう捉えるべきかはずっと答えが出ていない。

 いつしか男は、ほぼ毎日この店に通うようになっていた。そして、わたしも彼が来るのを楽しみにするようになっていた。



「お待たせしました。」

「ああ。ありがとう。」


 男はグラスを差し出したわたしに微笑み、パチンとウインクした。ふと、マスターと目が合う。『気を付けろ』と、くちびるを動かすマスターに小さく微笑んで返事する。
 本当なら、盗賊などとは関わらないに越したことはない。なのに、すっかり気に入られてしまったので、マスターも気を揉んでいる。
 とはいえ、男も大事なお客のひとりだ。盗賊だからといって、ないがしろにはできない。一杯一杯に込める心は同じだ。あるいは、この男に関しては、もしかしたらもっと多かったかもしれないが。

 今日は何と話しかけて来るだろう。ワクワクする心を隠して、わたしはカウンターに戻った。くすんだ銀色の髪を横目に、グラスを磨き始める。すると、彼は今夜も饒舌に話し始めた。


 しばらく会話をした後、男は長い脚を組み直した。そして軽く頬杖をつきながら、じっとわたしを見てこう言った。


「ところで、レディ。俺はそろそろ君の名前を知りたいんだがな。」

「わたし、ですか。」


 男ははわたしの目をまっすぐに見つめた。
 視線は柔らかいのに、逸らすことは許されない。そんな強い意志を感じた。
 今まで個人的な話はしたことはなかった。お互い名前も知らない。いつもお客とはそんなものだ。
 なのに、いつになく強く、優しげな視線に思わず見入ってしまう。盗賊にもこんな人がいるんだ、などとぼんやり考えた。


「そう、君だ。教えてくれよ。」

「……マリア、です。」



 普段なら、お客に個人情報を教えるようなことはまずない。はずだった。


「そうか、マリアか。良い名だ。」


 男は満足そうに、残りのカクテルをぐいと飲み干した。

 その日、男はわたしに名前を聞いたきり、黙ってしまった。
 わたしも彼の名前を聞こうと思ったけれど、彼は何故だか聞かれたくないというような素振りを見せる。無理に聞き出すことは憚られ、結局そのまま聞きそびれてしまった。

 帰り際、男は急にわたしの手を握った。わたしは直ぐに、手の中に何かがあることに気が付く。会計は済んでいたし、これはコインの形でもない。


「マリア。君との出会いの記念だ。受け取ってくれ。」

 
 わたしの手には、指輪を握らされていた。澄んだ空のような青い大きな石がキラリと光り、金色の指輪を飾っている。


「い、いけませんわ。こんな高価なもの……きゃっ。」


 わたしは直ぐにそれを返そうとした。持って帰って欲しいと言いたかった。だが、わたしはそれ以上喋らせてもらえなかった。彼に唇を、奪われていたから。
 触れるだけなのに、脳天まで痺れている。まさに有無を言わさず、といった具合だった。動くことも忘れて、呆気にとられている。そんなわたしに指輪を再度握らせて、彼はさっさと店を出てしまった。

 いまだに、心臓の激しい動きが収まらない。突然のキスも、指輪も、どう処理すべきかわからない。
 まさか指輪が盗品だったらどうしよう──そう思いながら、マスターに報告する。近いうちにまた来てくれるだろうからと、とりあえず持っておくことにした。
 

 翌日、昼間に町を歩いていたら遠目に男を見つけた。金髪の女性に何やら大声で話しかけられていたようだが、ここからでは会話の内容はわからない。知り合いのようにも見えるが、彼は全く取り合わない。
 男は女性を一瞥すると、足早に去って行った。直後にとても体格の良い男性も現れて、銀髪の女性と2人で揺れる銀髪を必死に追いかけている。
 そうこうするうちに、3人ともあっという間に人混みに紛れてしまった。
 以来、男は店に現れなくなった。彼の率いる盗賊は時折目にすることがあっても、彼だけはいなかった。


 二年が経った。
 あれから世界は大きく動いた。ケフカが14人の英雄達によって倒されたのだ。もう裁きの光に怯えて暮らすことはない。一時は世界中が歓喜に溢れた。

 しかし、平穏はまだ遠い。帝国によって国家元首が相次いで殺されていた。今や国家としてまともに機能しているのはフィガロ王国のみである。フィガロ王は若いながらかなりの名君だとの噂は聞くが、かといって世界の情勢がよくなるわけでは無い。世の中は相変わらず不安定だ。

 この街はもともとどの国にも属していない。今も昔も自警の街だ。だからここはあまり変わらない。だが、流れてくる情報や行き交う人や物を観察していると、今までに増して治安は悪くなっている。

 もうずっと、彼を見ていない。元気でいるだろうか。怪我や病気などしてはいないだろうか。いつしか指輪を眺めながら彼を思い出すのが日課になっていた。いつかまた会えるだろうか、と小さくため息をつく。
 わたしは世界中の色を失った。また彼に会いたいと思った。

 けれど、現実に打ちのめされることになる。「彼は死んだ」と、噂で聞いたのだ。わたしは信じなかった。どうしても、信じたくなかった。
 



──カラン、コロン──

 パブの扉が開く。


「やあレディ。相変わらず美しいね。」


 ひとりの男が、チャイムの音と共に颯爽と店に入ってきた。いつかのような、店内が一気に華やぐ雰囲気に思わず振り向く。
 男を見るなり、わたしは動揺した。現れた男と“ 彼” は、あまりに似すぎていた。顔も、声も、ナンパな悪癖までもそっくりだった。話し方は少し違うけれど、今の方がしっくりくる。
 立ち尽くすわたしをよそに、男は迷わずカウンター席の端に座る。かつての“ 彼” の指定席に。
 そして──


「お嬢さん。白ワイン、ジン、ライチのリキュールにグレープフルーツを絞ったカクテルを頂けるかな?」


 この珍しいカクテルを淀みなく注文し、ご丁寧にウインクまでつけてきた。


「は、はい。お待ちください。」


 わたしはすっかり混乱していた。他人のそら似、というものだろうか。夢でも見ているのだろうか。それとも、死んだと言われる彼が実は生きていたのか。記憶をなくしているかもしれない。でも、違う人にも見える。様々な憶測がぐるぐると頭を巡り、わたしを支配する。
 わたしは震える手でカクテルを作り、男に出した。彼は受け取ると一口含み、懐かしそうに眼を細めた。わたしがそれを確認し、仕事に戻ろうとすると、男に呼び止められた。


「時にレディ。つかぬことを伺うが……。」

「……なんでしょう。」

「これと同じような石の入った指輪をお持ちではないかな?」


 男は自身の指輪をわたしに見せる。その指輪には、以前彼から受け取った指輪と全く同じ物だった。金の指輪に、大きな青い石があしらわれている。石は男の瞳と同じ色に輝く。わたしは、ますます驚いた。


「持って、ます。」

「見せて。」

「お持ちしますから、少しお待ちください。」


 わたしは口をパクパクさせながら、慌てて裏の控え室へ向かった。カバンから指輪を取り出して、また店へと戻る。


「あの……どうして、これを?」


 内心びくびくしていた。彼を信じないわけではないけれど、盗賊からもらったものだ。盗品である可能性を、わたしは一番恐れていた。


「ああ、これはね。フィガロ王家の石で、一族の者は生まれたときに一つ持つことになっている。婚約の際には、その証として相手に揃いの物を贈る習慣があるのだがね。」


 彼は真っ直ぐにわたしの目を見た。いつか見た、あの強い優しげな眼差しで。


「2年前、ある盗賊がマリアというご婦人に恋をした。」


 わたしは思わず、目を見開いた。彼はわたしを真っ直ぐに見つめながら続ける。


「しかし、その盗賊は訳あって自分を偽っていた。そして、そのまま彼女に気持ちを伝えるわけにはいかなかった。とはいえ、そう簡単に諦められることでもかった。」


 彼はすうっと息を吸い、大きくゆっくりと吐き出した。


「そこで盗賊は決心した。自分の代わりになるものを彼女に渡そうと。そして、すべてが終わったら迎えに来よう、とね。」


 言いながら男は変装を始めた。みるみるうちに、懐かしい姿に変わってゆく。


「君とここで過ごした時間は、そう長いものではなかった。しかし、君の存在には随分助けられた。君のおかげで、どんな逆境に立たされても心を奮い立たせることができたんだ。」


 わたしは、彼から目が離せなくなっていた。ぽろり、と涙が一粒落ちていく。


「俺は以前、このあたりでは『荒くれ者のジェフ』と呼ばれていた。しかし、本当の名は違う。エドガー・ロニ=フィガロ。これが俺の名だ。マリア。迎えに来るのが遅くなった。俺と共に、フィガロに来てくれないか。」


 
 こうしてわたしは、彼と再会することができた。わたしの世界に、人生に色が戻った瞬間だった。彼の名前も、それにまつわる秘密も聞いた。遂に、本当の彼を知ることができた。








「どうしてそんな大事なものを渡したの?もしも返って来なかったらどうするつもりだったの?」
 

 すう、と風が通り、マリアの頬を撫でていく。カラッと乾いた風が心地よい。窓からの景色は一面金色で、ずっと遠くで砂がさらさら舞っているのが見えた。


「君を信じていたからね、マリア。君になら預けられる、と。俺はそういう君を選んだつもりだよ。」


 彼はそう言いながら、わたしの腰を後ろから抱いた。わたしは彼を振り返り、見上げて悪戯っぽく笑う。


「場末の酒場の女よ?」

「そうかな?こんなものは形に過ぎない。肝心なのは、ここだよ。」


 彼はとん、とわたしの胸に指を置いた。わたしが彼を見上げると、優しい微笑みと逞しい腕で包み込まれた。

20140709


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