参 魔法ですよ
昼食は冷蔵庫の中にあった物で適当に済ませた。夕食は何か作ろうと思い立ち、台所に立つ。台所の小窓から差し込む西日がちょっと眩しい。
材料はそれなりに揃っていた。わたしがよく知る食べ物は少ないけれど、マッシュルームとかニンジンとか、ベビーリーフくらいなら知っている。
それに、冷凍庫には既に味付けされたラビオリやパスタの袋もあった。フライパンで焼くだけで食べられると書いてある。他にも変わった形のかぼちゃらしき物があるけど、よくわからないから後でツォンに聞こう。
「あれ? どうするんやろ」
コンロを使いたいのに、火の付け方がわからない。五徳はあるのだが、スイッチと思しきものが見当たらない。
ガラストップで掃除はしやすそうだ。けれど、五徳以外の場所もつるんとし過ぎている。むしろ何にもない。どうなっている。
それから、この台所には炊飯器がない。もちろん米もない。
コンロの前で困っていると、玄関でドアの開く音がした。程なくしてツォンが入って来た。
「おかえり」
「ただいま。どうした? ルイ」
「これ、コンロやんな? どうやって火つけたらええのん? 」
ツォンはわたしが指差した先を見て、切れ長の目を丸くして驚いた。まるで、そんな事くらい世界の常識だろうとでも言いたげだが、わたしだって知らないものは知らない。
「それも忘れてしまったのか……」
ツォンはまた悲しそうな顔をした。
「それと、炊飯器ないん? 」
ツォンは「はて」という顔をした。数秒考えた後に、ツォンの顔はみるみるうちに怪訝な表情に変わってゆく。
「それは確か、米を炊く道具だったか」
「うん。そんなに珍しい? 」
「ウータイのものだったはずだが」
ツォンはほんの一瞬だけ、難しい顔をした。
「ウータイいうのんは、炊飯器メーカー? あ、それか地名?」
ツォンは答える代わりに、わたしの目をじっと見る。
「どうしたん? 」
「いや……」
ツォンは目をつぶり、息を吐いた。彼は彼自身を落ち着かせるような素振りをしていように見えるのだが、わたしにはそれがどうしてだかわからない。
「いいか、ルイ」
呼ばれてツォンを見上げると、彼は真剣な表情で言った。
「神羅は今、ウータイと戦争状態にある」
わたしは息を飲んだ。冗談にしてはきつい。だが、ツォンの真っ直ぐな瞳からは悪ふざけは感じられない。背筋に薄ら寒さが走った。
「君の話し方はウータイ訛とは全く違うし、そもそもウータイもわからないようだから俺は疑っていないが」
ツォンはますます怖い顔になった。
「もしも君にウータイの関係者である疑いがあるようなら、俺は君を捕らえなければならなくなる」
その時はタークスに捕縛命令が下るはずだと、ツォンは言う。
「ツォンが、わたしを? 」
「そうだ。神羅カンパニーはそういう会社だ。タークスも命令が出れば従う。もし捕まったら、生きているうちには出られないだろう」
わたしはゴクリと唾を飲み込んだ。
「だから今後、ここで俺以外の人間に米の話はするな」
「わ、わかった」
しんと静まり返った部屋に、時計の針の動く音だけが響いている。規則的な音が、却って緊張感を煽っているかのようだ。
さすがにショックが大きかった。これまであまり考えた事がなかったが、平和で平穏な生活は当たり前ではない。それを不意打ちのように突きつけられて、思わずブルリと震えた。
わたしが青ざめているうちに、ツォンはいつの間にか台所の隅にいた。彼はそこにある黄色い鳥を形どった小物入れから何かを取り出そうとしている。
「さて、コンロだが」
ツォンはコンロの方へ戻ってくると、身体をコンロへ向けた。顔つきは能面のままだが、雰囲気は和らいで既に通常運転である。
「見ていろよ、ルイ」
ツォンが片手をコンロにかざすと、五徳の下で火を吹いた。
「えっ? 何? 今の何? 手品? 」
いちいち手品をしないとつけられないコンロって何なんだ。結局使えないではないか。
「違う。魔法だ」
何を言ってるんだと思っていたら、ツォンはこれだと言って淡い黄緑色の小さな石を差し出した。石の中ではモヤモヤしたものがゆっくり動いていて、とてもきれいだ。
「何これ」
「マテリアだ」
マテリアだと言われても、全くピンと来ない。そんなわたしに、「これも覚えていないか」とツォンは頭を抱えた。
ふと、今朝の光景を思い出した。ツォンの拳銃に、何かきれいな物が付いてはいなかったか。
「あ!これ、ツォンの銃に付いてたやつと一緒ちゃう? 」
「正解」
普通は武器に仕込んで使うのだとツォンは言った。それが家電にも応用されるようになり、最新の機種だともっと簡単に使えるようになっているという。
「これを握って、精神をコンロに集中してみろ」
コンロに火を付けるイメージが大事だ、とはツォンの論。わたしも試してみる事にする。
ちなみに、先程ツォンが点けた火はわたしが騒いでいる間に消えた。なんでも五徳にセンサーが付いていて、鍋やフライパンを置いていないと勝手に消えるようになっているということだった。
ツォンがしたように、わたしも手のひらをコンロにかざした。
「んんんん」
「そんなに力まなくていいぞ」
ポン、と音を立ててコンロに火がついた。思っていたよりも強火だったが、やはり力み過ぎたか。それを見たツォンは、上出来だと満足度そうだ。
それにしてもなんなんだ。これは。
マテリアなんて聞いた事もない。そもそも魔法なんて物が使える事がおかしい。すると、ここはアメリカでも東南アジアでもない事になる。
「なあなあ」
わたしはツォンを呼んだ。彼は台所の小物入れに、炎のマテリアを仕舞っている所だった。
ツォンは振り向いて返事をすると、また戻ってくる。
「なんだ? ルイ」
「ここ、どこらへん? 」
「ミッドガルだが」
ああ、やっぱり聞かなければ良かった。
ツォンによるとミッドガルとは地名で、この辺り一帯をそう呼ぶらしい。けれど、わたしはそんなの聞いたこともない。聞いても無駄だった。本当に、わたしは何故ここにいるんだろう。
ツォンが冷凍庫からラビオリの袋を取り出した。フライパンで炒めるだけで食べられると、昼間に確認した物だ。
「あ、それ。わたしも美味しそうやなと思っててん」
「なかなかうまいぞ。ルイはいつもストックしているな」
ツォンはコンロにフライパンを置いて火にかけた。
2020/05/01
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