肆 存じません
色とりどりのネオンサインに彩られた大通りは、夜も更けたというのに人でごったがえしていた。道から溢れそうな程の人混みを、わたしはツォンと一緒に歩いている。
ミッドガルは八番街、通称Loveless通り。ここは神羅ビルのお膝元、ミッドガル屈指の繁華街だとツォンは言った。
一昨日、ツォンがLovelessという題の芝居ののチケットを持って帰ってきた。何でも、彼を懇意にしている神羅の副社長さんから譲り受けたという。上演の日に副社長さんは用事ができて、観に行けなくなったらしい。棚からぼた餅である。
Lovelessの原作は古くから伝わる叙情詩で、ミッドガルでは超有名な不滅の人気作だそうだ。あまりの人気ぶりに、Lovelessを上演する劇場の面した通りにまでLovelessの名前が付くらいなのだからよっぽどである。
ミッドガルの人たちとは感性が違うのか、わたしは他のお客とは、笑うポイントや泣くポイントが違った。でも、演目そのものはなかなか良くて、まだ余韻に浸っている。気分がどことなくフワフワしているのは、良作の証拠だ。
食事でもして帰ろうかとのツォンの提案に乗り、わたしは彼と並んで通りの出口に向かっていた。すると、背の高い青年がこちらに向かって歩いて来る。
青年は他の人よりも頭一つ分は背が高い。目深に被ったニットキャップから、赤毛がチラチラ覗いている。ツォンも背の高い方だけど、この男もなかなかのものだ。ついでに、細身ながらガタイもいい。そして、なぜだか彼はとにかく人目を引く。とても目立っているし、それを喜んでいる風でもあった。
ある程度近づいた所で、赤毛はこちらに声をかけてきた。
「ツォンか。珍しいな」
赤毛は黒いTシャツと黒っぽいジーパン姿のツォンを、さも珍しそうに眺めている。いつものスーツとはイメージが違うが、色合いはほぼいつも通りだ。カジュアルな服装のせいか、ツォンの堅気でなさそうな雰囲気は多少和らいでいる。
「ジェネシスこそ、今日は非番か」
まあな、とジェネシスと呼ばれた赤毛は、彼の白いカーディガンのポケットに片手を突っ込んだ。よく見たら、ジェネシスはもう片方の手に本を抱えている。その表紙にはLovelessと書かれていた。
Lovelessには信者やオタクが多いとツォンから聞いた。そうか、お前もか。などと思いながら本を持つ手を眺める。ジェネシスの本はところどころ擦り切れて、かなり読み込まれているのがよく分かった。
ジェネシスがツォンの知り合いならば、自分も彼に挨拶した方がいいだろうか。わたしはツォンを見上げた。
「知り合い? 」
「ああ、神羅のソルジャーだ」
こっそりツォンに聞いたつもりだったが、ジェネシスには丸聞こえだったらしい。間髪入れずに返事が来た。
「君、俺のことを知らないのか」
ええ、知りませんとも。ジェネシスは有名人なのかと、またツォンに聞いた。
「ああ、ファンクラブがあるな」
ツォンはさも当然であるかのようにサラリと答えた。
なんなの、ソルジャーって。直訳したら兵士なのに、ファンクラブが出来るほどの有名人なのか。確かに顔は整っているけれど。
不可解だと思っていたら、ジェネシスは面白そうに笑った。
「ならば、君はセフィロスを知っているか? 」
「悪いけど、知らんわ。その人もソルジャーなん? 」
そう答えると、ジェネシスは少し驚きながらも、満足そうに笑った。
どうやら、この人達のことは誰でも知っている事が前提らしい。そう考えていたら、わたし達の周りを歩く人達が騒ぎ始めた。
「あ! ジェネシス様じゃない? ほら、あそこ──」
何やらこそこそと話しをしながらジェネシスを指差したり、チラチラ見ている人が増えてきた。若い女の子たちの中には、既に黄色い声を上げている子もいる。
ジェネシスはすこし俯き加減に顔を傾けると、うんざりした顔でため息をつく。ものすごく、心底嫌で嫌でたまらなさそうなすごい顔だ。だが彼は、それを集まりつつある野次馬達にはその表情を見られない位置を、しっかり計算している。
回りの人たちは有名人が直ぐそこにいる歓喜と興味に満ちていて、皆一様に表情は明るい。まさかジェネシス本人が、般若が心底面倒くさがっているような顔をしているとは露ほどにも思ってはいないだろう。
ジェネシスはぱっと顔を上げた。その時は既にものすごく爽やかで、且ついかにも好青年といった顔つきに変わっていた。さらに雰囲気までもが華やいで見えるのだから大した役者っぷりである。
とにかく、ジェネシスは出歩くにも不自由するほどの相当な有名人である事をわたしは理解した。
「俺を知らない人間に会ったのは久しぶりだった。悪くないな」
「またな」と言って、ジェネシスは足早に去っていった。それを追うように、周りの人混みの一部も移動していく。彼らを見送ると、わたしはまたツォンに質問した。
「ねえ、セフィロスって誰? 」
「神羅の広告塔だ」
「ふーん」
ツォン曰く、セフィロスにもファンクラブがあるらしい。ツォンには無いのかと聞いたら「必要ない。むしろ邪魔だ」と一蹴された。
神羅の人材は素晴らしく豊富らしい。むしろ相当アクの強いのが多そうだ、というのが素直な感想だ。
最近気付いた事だが、ツォンは時々胃薬を飲んでいる。さぞ苦労してるに違いない。
2020/05/06
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