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陸 観念します

 ツォンは笑っているが、彼の傷は大きく深い。それに表面が繋がっただけだ。ツォンの額には血と混じった汗が滲んでいる。
 わたしはふと「好きになったか」に対する問いに否定しなかった事に気付いた。すると急に気恥ずかしくなって、ツォンからタオルを取り戻す。そして誤魔化すように無理やり会話をつなげた。

「それにしても、怖いな。襲撃やなんて」

 おちおち外にも出られへん。とうそぶけば、ツォンは髪を梳く手を止めた。

「それならもう心配ない。犯人は神羅に引き渡してある」

 さらに、先日のLoveless観劇すら調査の一貫だったと言う。通りで出会ったジェネシスも陽動要員だったそうだ。

「知らんかった……」
「そりゃそうさ。トップシークレットだったんだ」

 ツォンはサラリと言ってのけるが、わたしは今さら冷や汗をかいていた。せっかく取り返したタオルを取り落としそうだ。

「何で言うてくれへんかったん」
「言えばルイは緊張するだろう」

 もし怖気づくようでは計画が台無しになるからな、とツォンは続けた。彼なりの配慮だったようだ。
 何でも、ツォン一人で行動するよりも、素人の女連れの方が却って怪しまれないような場所もあると言う。宿や食事などだと、特にカップルの方が容易になるという。
 タークスとは、かくも恐ろしい組織である。新撰組とか、忍者とか、そういう物をわたしは思わず連想した。

 今にもツォンの赤い汗が滴り落ちそうだ。滴る前に、わたしは彼の額の血と汗を拭った。額にべっとり付いた血で、タオルが真っ赤に染まってゆく。
 ツォンの額は綺麗になったが、おでこのほくろまでなくなっていた。

「……へ? 」
「どうした? 」

 慌ててツォンのほくろのあった場所を見てみる、そこは少し赤くなっていた。けれど、特に傷はない。ほっとしたと同時にわたしは混乱し始めた。
 ほくろが取れたのに傷にならない。むしろ、ほくろなんか取れるものだろうか? と。
 自分の額を見つめて動かないわたしを、ツォンは怪訝な顔で見ている。

「ルイ? 」
「ツォン、ごめんな。ほくろ、取ってしもたみたい」
「……ほくろ? 」

 ツォンは虚をつかれたような顔をした。その後、だんだん可笑しそうに表情を崩し、最終的には大笑いに変わった。

「ククク……ははは」
「えっ? ちょっと? 痛ないん? 」
「はっはっは……お前、まさか酔ってないだろうな」

 ツォンはひとしきりゲラゲラ笑うと、食器棚の引き出しの一つを開けて何かを持ってきた。透明のシートに、小さな黒い物が行儀よく沢山並んでいる。

「つけボクロ……? 」
「いや、これはビンドゥという」

 あれか。インド人の眉間に付いている赤いのとか黒いの。既婚かどうかで色が変わるというアレだ。この頃はラインストーンの付いた華やかな物まであるそうだが、ツォンだから黒でいい。むしろ黒がいい。

「どれ、お前もつけてみるか」

 本来は女性の装飾品だそうだ、と言ってツォンはビンドゥを一つ取り、わたしの額に貼り付けた。
 ポカンとするわたしを見て、ツォンはまた可笑しそうに笑った。

 二人してツォンの血みどろの衣服を片付け、床を掃除していたらもう朝になっていた。
 ツォンはシャワーを浴びて、ようやくひと息ついた。コーヒーを飲むツォンの額には、既に新しいビンドゥが付いている。

「ありがとう、ルイ。助かった」
「ううん」

 ツォンは飲み終えたコーヒーカップを流しへ運ぶ。そのまま洗って髪を括ると、ジャケットを羽織った。

「え、まさか出勤するん? 」
「ああ、まだやり残した事があるからな」

 さも当然だと言わんばかりだ。つい数時間前まで呻いていたのに。

「なんぼ若かっても、ちゃんと休まんと身体壊すで」

「そうだな。だが、今は無理だ。お前にまで協力させたんだ。無駄にはできない」

 神羅って、少なくともタークスとやらは絶対ブラックだ。引き止めても無駄だと悟ったわたしは、黙ってツォンを送り出した。
 ツォンはともかく、わたしの体力は月並みだ。あまり寝ていない上に、この朝方の騒動ですっかり疲れてしまった。朝食もそこそこに、ベッドに寝転ぶなりぐっすり眠った。

 その日、ツォンは珍しく夕方に帰ってきた。こんなに早かったのは、わたしがここに来た日以来だ。

「おかえり。早かったなあ」
「ルイ、これを」

 ツォンはわたしの手を取ると、何かをわたしに握らせた。

「ネックレス……あ、これ」
「そうだ。癒やしのマテリアだ」

 短い金色の細いチェーンの真ん中に、小さな鳥かごを卵型にしたような物ががついている。その中に黄緑色の小さな石が入っていた。
 ツォンはネックレスをわたしの手のひらから摘み上げると、ネックレスの留具を開いてわたしの首に掛けた。

「新しく生まれた物がいくつか余っていてな。お前も一つ持っていろ」
「ありがとう。でも、生まれるってどういうこと? 」

 わたしが何か質問しても、ツォンはもう悲しそうにしなくなった。本人曰く、慣れたらしい。

「マテリアは育てる事ができる。限界まで育つと、新しいマテリアが生まれる。その生まれたマテリアを育てるとまた生まれる。俺の様に常に戦い続けていると、そのうち余ってくるんだ」

 やっぱりマテリアとは不思議なものだ。魔法が使えるだけでも仰天したが、新しい物を生み出すことが出来るとは。

「きれいなやな、これ。大事にするわ」

 ツォンは常に忙しい。それなのに、わざわざ用意してくれた。その気持ちが嬉しい。
 わたしはそっとネックレスのトップに触れた。

 そろそろ1番星でも見えそうな頃、わたしはツォンとスーパーまで歩いていた。
 ツォンはいつもの真っ黒のスーツから、水色のアロハシャツに着替えていた。それに合わせて、ビーチサンダルとベージュの細身ハーフパンツというカジュアルな格好をしている。
 ツォンの普段の黒ずくめを思うとギャップがすごい。髪はいつもの引っ詰めだが、まるで別人だ。それなのに、玄人・・っぽさが却って際立っているのは、服の下に拳銃を仕込んでいるからだろうか。

「スーパー近くてええな」
「惣菜も冷凍食品もうまいぞ。お前の冷蔵庫の中身はほぼここからだ」

 フライパンで炒めるだけで食べられる便利な冷凍食品を思い浮かべて、わたしは思わずニンマリした。手軽な上に美味しいなんて最高だ。

「この間のラビオリも? 」
「もちろん」

 話しながら歩くと五分なんてあっという間だ。店に着くと、カートを押して店に入った。

 店の中はパンコーナーから始まって、野菜、果物、精肉、卵、牛乳、冷凍食品から石鹸まで、生活用品なら割と何でもある。小さい店ながら、こだわりの商品が置かれている。

 試食コーナーでは店員さんがぶどうを勧めてくれて、食べた後わたしはそれを迷わずカートに入れた。
 ツォンには「お前に物を買わせるのは簡単そうだ」と笑われた。美味しかったのだからそれで良い。
 さらに、コーヒーの試飲コーナーもある。紙コップでコーヒーを飲みながら買い物ができる。素晴らしい。

「なにこれ楽しすぎるやろ…スーパーやのに…あ! ラビオリ」

 冷凍コーナーで目当てのラビオリを見つけた。他にも、ツォンと二人で必要な食材をカートに入れてゆく。
 レジに並んでいると、ツォンは思い出したようにわたしに問うた。

「ところで、通貨は覚えてるか? ルイ」

 たぶん、どう転んでも円とかドルではないのだろう。

「知らない」
「そうか。ギル、だ」

 ギル。そういえば値札に書いてあった。1ギル1円と考えれば、この店で見たものは円と同じくらいの価値だと思う。
 ツォンは財布からカードを一枚出した。店員はそれを受け取ると、カードを機械に通している。

「カードで払えるんやな」
「そこは覚えていたか」

 ツォンカードを受け取りながら言った。

 ツォンはよく、「覚えているか」と聞く。でも、わたしにしたら「知っている」かどうかであって、「覚えている」かどうかではない。ツォンとは少し認識が違う。

 店を出て家路につく頃には、月がぽっかり浮かんでいた。

「ツォン、一個持つで」
「いや、これくらいなんでもない。気にするな」

 そう言って、計四つの紙袋をツォンが全部提げている。3リットル入りの牛乳が入っているから、絶対に重いはずなのに。忙しいツォンは、一回の買い物で数週間分は買いだめするのだ。
 
 家に着くと、二人で手分けして紙袋の中身を全部冷蔵庫に仕舞う。こうしていると、この都会のスナイパーも一気に所帯染みる。
 気づいたら二人ともしゃがんでいた。ツォンは牛乳をドアポケットに、わたしはヨーグルトを冷蔵庫の上段に入れようとしている。
 ツォンのほんの僅かに伸びた髭が視界にに入った。すると、ツォンのもう片方の手が伸びて来て、わたしの後頭部を捕まえた。目が合っ瞬間、ツォンの唇がわたしのそれに重なった。
 ロマンチックさの欠片もない。でも、それが何となくツォンらしい気がする。
 わたしは目を閉じて、大人しく彼の愛を受け取った。



2020/05/09



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