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柒 お休みでしたか

 柔らかな朝の光で目が覚めた。初めてここにいる事に気が付いてから、もう何度目覚めたか分からない。夢でも見ているのかと思っていたけれど、もはやどちらが夢なのか分からなくなってきた。
 着替えてリビングに行ったら、ソファの上でツォンが寝ていた。彼の長い手足は、もちろんソファに収まりきらない。なのに、ソファの出っ張りやくぼみを上手く使って器用に寝ている。
 思い返せば、ツォンが寝ている所を見るのはこれが初めてだ。そもそも、いつも早起きのツォンがまだ寝ている事が珍しい。ふだんならわたしよりも先に起きているはずだし、わたしも彼の気配で目が覚めるのだ。
 時計を見ると、ツォンのいつもの出勤時間はとっくに過ぎている。さすがに心配になってきた。ブラック企業と思われる職場なのに、遅刻なんてしたらどうなるんだろう。

「ツォン、ツォン。時間ええのん? 」

 ツォンの肩を揺らしながら声を掛ける。するとツォンの腕がにゅっと伸びて来て、あっという間にソファに引きずり込まれた。

「え、起きてたん? 」
「いや、寝ていた」

 ツォンはわたしを抱き枕のようにぎゅっと抱きしめて、また寝ようとする。

「起きんでええのん? いつもやったらもう家出てる時間やで」

 抱きしめるツォンの手を振り払おうと必死になるが、びくともしない。でもわたしはお腹が空いた。朝ごはんが食べたい。それに喉が乾いた。
 ジタバタしていたら、ようやくツォンが目を開けた。気怠そうな半目なのに、却って色っぽい。

「休暇だ。一週間ある」
「そうやったん。長くてええなあ」

 ツォンは、わたしを抱えたまま寝返りを打った。狭いソファの上なのに、なんとも器用な事だ。

「半年ぶりの休みだぞ。むしろ少ない方さ」
「……やっぱブラックやな」

 思わずそう呟いたら、ツォンが不思議そうな顔をしている。何でもないと言って、わたしは起き上がった。ツォンの片膝を立てた足元にちょこんと座り直す。
 そういえば、確かにツォンは毎日出勤していた。わたしが知る限りずっとだ。いつ休むのかと思っていたら、半年も連勤していたらしい。ツォンはバケモノか何かだろうか。
 ツォンは自分の片腕を枕のように頭の下に置いた。眠る事は止めたようで、顔つきはようやくいつも通りになった。

「せっかくの休みだ。どこかへ行くか? 」
「うーん。そうやなあ……」

 どこか、と言われても、わたしが知る場所はまだ少ない。八番街、スーパー、あとは最近フレンドリーなスーパーの店員さんから聞いたリゾート地と温泉地くらいのものだ。

「ミディール? やった? 温泉あるとこ。それか、何やったっけ、コスタナントカ。最近スーパーで聞いてん」

 けれど、八番街はともかく、旅行なんて休暇が始まってから計画して間に合うものだろうか。

「ああ、コスタ・デル・ソルだな……リゾートか、良いな」

 ツォンも起き上がった。シーツがはだけて裸の胸と腹が現れる。相変わらず彫刻のような筋肉が美しい。腹部に付いた傷も少しずつ治ってきている。けれど痕はしっかり残りそうで、何だかもったいない。

「でも、今日はええわ」
「では、明日から出かけようか」

 ツォンは携帯電話を取り出して、ホテルの予約を始めた。難なく取れたらしく、いきなり旅行が決まった。

「うん。ところでツォン、疲れてへんの? 大丈夫? 」
「疲れてはいるさ」

 そりゃそうだろう。半年も朝から晩まで働き詰めで実戦までこなしているらしいのだから。そのわりに本人はケロッとしているが、疲れていないわけがない。
 ツォンはソファを降りて台所へ移動した。2つのグラスに水を注ぎ、それを持ってまた戻って来る。サイドテーブルにグラスを置くと、ツォンはまたソファに腰掛けた。彼は端の方に座っていたわたしの腰を抱き、自分の方へ引き寄せる。

「じゃあ、今日は一日ルイに労ってもらおうか」

 ツォンはわたしの耳元で囁いた。そのついでに耳たぶをぺろりと舐めたツォンは、気怠そうな時とは比べ物にならないくらい、ものすごく色っぽい顔付きになっていた。
 ツォンはわたしの首すじに唇を押し当て続け、わたしが何か言うのを待っている。
 嫌な予感がする。わたしは食事の用意をしに来たはずなのに、むしろ食事が遠のいた気がした。

「い、労るて、何するん」
「そんなの決まってるだろ」

 次の瞬間にはお姫様抱っこをされていた。そのまま寝室へと運ばれる。

「あ、ちょっと、せめてその水飲みたかった」

 少々暴れた所でもちろんびくともしなかった。かといって途中で落とされても困るけれど。

「悪いが、もう待たない」

 ツォンは、わたしがツォンを好きになるまで手を出さない、とは言っていた。けれど、なってしまったら待ったなしらしい。



 わたしはぼうっと天井を眺めていた。ツォンがブランチを用意してくれると言うので、横になったまま待っている。だんだんいい匂いが漂い始めると、ようやく空腹だった事を思い出した。
 それなりの経験はしてきたし、初めてでもない。なのに、こんなにも身体が怠く動けなくなるのは初めてだった。
 服を着るのも億劫だと思っていたら、ツォンが出来たてのフレンチトーストとサラダを運んできた。
 ベッドの空いたところに食事の入ったトレーを置くと、ツォンはニヤリと笑った。

「何だ、そんなによかったか? 」

 そう言って、一口大に切り分けられたフレンチトーストの刺さったフォークを差し出した。口に入れるとふわりとした食感と、ほんのりした甘さが舌の上を転がってゆく。

「あ、美味しい」

 それは良かった、とツォンは自分の口にも放り込んだ。

 ツォンの「1日労う」は、言葉通り1日続いた。やっぱりこの男はバケモノだ。体力オバケだ。

 すっかり疲れてしまって、気がついたら夜だった。さすがにツォンもよく寝ている。いつも気を張ったような表情でいる事が多い彼だが、今は何とも幸せそうな顔していた。


2020/05/12
生々しくってすみません。
最近他の連載もこんな内容ばっかりで自分がびっくり。
たまたま流れでこうなるのがたまたま続いただけで普段は微糖どころかほぼ無糖なのに。
いや、これも甘くはないか。
お粗末様です。

2020/05/13


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