14 抱きしめろ。
ツォンはジェネシスによる神羅ビル襲撃後、ひたすら事務処理に追われていた。その緊急事態に駆り出されていたが、本当ならこの日は内勤のはずだった。ろくに仕事ができないまま戦っていたおかげで、その日の残り時間を全て費す羽目になってしまった。
さらに、ツォンはどうにも気が立って仕方がない。戦闘をした日──特に人間を相手にした日は特に──は大抵こうだ。コピーといえど、人間の
形をした元人間達相手に散々遣り合った。「命を奪う」という行為は、ツォン本人が思うよりもずっと彼の精神を傷付けている。
ツォンはとにかく神経が昂って仕方がない。こんな日は、後ぐされの無い春を
鬻ぐプロの女と一晩過ごすのが常であった。
タークスのオフィスは地下にあり、自然光が入らない。そのせいか時間の経過が分かりにくく、気付いたら夕方5時の定時などとっくに過ぎている事もよくある。
全ての仕事を片付けたツォンは、ふと腕時計を見た。アナログ時計の針は夜10時20分を指している。その瞬間に腹がぐうと音を立て、ツォンは夕食どころか昼食も食べそびれていた事にようやく気が付いた。
祝日も定時もタークスにはあって無いようなものではあるのだが、かといって人間の生活を捨てているわけではない。時間を認識した途端、空腹感に加えて疲労感もどっと押し寄せた。
「カフェテリアは……流石に閉まったな」
それならば長居は無用とツォンは立ち上がった。
とはいえ、このまま帰るのも億劫だ。ビルのエントランスから出ると、そこはミッドガル屈指の歓楽街を擁する八番街だ。その辺りで飲んで、さっさと今夜の相手を探そうとツォンは決めた。さらに、近くのホテルに泊まれば翌日の出社も近くて済む。
脱いでデスクの椅子にかけていたジャケットを羽織り、ツォンは調査課のオフィスを後にした。
ツォンはその時目に付いた飲み屋に入った。安価なのに旨い酒と肴が楽しめる。こじんまりした店だが、気の良さそうなオヤジが切盛りしているようでツォンはすぐに気に入った。
ツォンは店に入ってすぐのカウンター席に向かう。すると、よく見知った背中が見えた。彼女は薄いグレーのスーツに金髪を揺らして、頗る機嫌が良さそうだ。
「イヴ? 」
「ツォン! 」
ツォンが声をかけると、イヴは椅子ごとくるりと振り返る。声の主がツォンだと分かると、イヴは意外な表情をしつつも喜んだ。
イヴはツォンのために自分がそれまで座っていた椅子を譲り、自分は一つ隣の席に移った。
タークスのスーツは地味な割にこういう場所ではよく目立つ。ツォンは上着を脱いで椅子の低い背もたれにかけると、イヴに勧められるまま座った。
「お疲れさん。ツォンもここの店知ってたんやな! ここええやんなー。たまに来るねん」
イヴはそう言うと、たこ焼きを一つ頬張った。ツォンにも勧めると、傍らに置いていたジョッキを煽る。
ツォンは勧められたたこ焼きを頬張ると、メニューを広げた。
「いや、俺は初めて来た。……なかなか美味いな」
ツォンはもぐもぐと口を動かしながらそう言うと、注文を取りに来たオヤジにビールとツマミをいくつか注文した。
すぐに新しいジョッキが運ばれてくると、ツォンとイヴは乾杯する。イヴの飲みっぷりは、そのふんわりした見た目とは裏腹に相当な男前だった。
「もうクタクタやて……ジェネシスめ、ほんま何考えとんねんなアイツ……」
イヴの目がだんだん据わってくると、恨み言が混じり始める。イヴもこの日は昼食を摂り損ねていて、空腹も疲れもピークを過ぎた状態でここに来ていた。
イヴは酔が回るのが普段より早いのを自覚していたが、既に飲んでしまったものは仕方がない。
「無傷で無事やってんなあ。さっすがツォーン」
イヴはツォンの肩を軽く叩くと、満足そうに笑った。ツォンが特に怪我なく普段通りでここにいる事が、とにかく嬉しくて仕方がない。ああ、酔っているなと、イヴはふわふわした頭で考える。
「はは、伊達に修羅場は潜ってないさ」
ツォンも笑って枝豆を口に入れて咀嚼する。枝豆をイヴの口にも放り込むと、自分はまたビールを飲んだ。
「ほんま、無事で何より」
枝豆を飲み下してイヴはほっと息をつく。
「イヴもな」
「うふふー。おーきに。ありがとう」
イヴは大欠伸をした。夜も遅いし疲れてもいる。けれど、気分は高揚していた。
「早く普段通りに戻ったらええのにな」
「そうだな」
ツォンは唐揚げを頬張った。イヴもつられて食べると、じゅわりと溢れる肉汁に思わずニンマリする。
「おいしーなあ。今日もわたしら頑張った! なあ! 」
イヴはいい気分だった。決して酒に弱くはないはずだったが、流石に空きっ腹と疲労が堪えた。そのうちに他の客ともキャーキャー言いながら乾杯し始めると、さらにご機嫌だった。その姿をツォンは微笑ましい気持ちで眺めていたのだが、流石にそろそろ止めた方が良さそうだと思い始めた。
「おい、イヴ。今日はそのくらいにしておけ。酔ってるだろう」
「うん、とっくに酔うてるでーうふふー」
ツォンは笑うイヴの飲み物を水に変えた。だが、そのくらいで酔いが醒めれば苦労はない。
ツォンはもう少し早く止めるべきだったと後悔するほど、イヴは酔ってしまった。
二人して店を出ると、イヴがゴネ始めた。家に帰りたくないと繰り返している。けれどその割に楽しそうで、ツォンは淡々と受け答えしていた。
「つぉーんー。わたし帰りたないー」
「そうはいかんだろう」
「面倒くさいねんもん。どうせ九時間後には出社やねんでー。帰るんしんどいし、もうええわー」
イヴの足取りはしっかりしている一方で、言動は完全に酔っ払いだ。ツォンはまともに取り合っても仕方がないと、とにかく歩かせる事に専念している。だが、何を思ったのか、イヴは突然ツォンにガバリと抱きついた。
「おい、イヴ。しっかりしろ」
この程度で動揺するツォンではないが、格段に歩きにくくなった。最早夜の相手を探すどころではない。
「えー。ええやんか。ツォン、ええ匂いするわー」
イヴはすんすんと鼻をならして、ツォンの臭いを嗅ぎ始めた。このままでは歩けないが、無碍に引き剥がすのも気が引ける。それに昂ぶったままの神経をいい加減治めたい。ツォンは困り果ててしまった。
「イヴ」
気が立つ日、ツォンは女であれば相手など誰でも良かった。しかし、知り合いを、それも無二の同期を慰み物にしたいとはとても思わない。なのに、イヴはぎゅうとツォンを抱き締めている。傍から見れば、天下の往来でイチャつくバカカップルにしか見えないくらいに密着していた。
「あーほんま、ツォンええ匂い。知らんかったわあ」
イヴは鼻をツォンの首筋まで近づけて、まだ匂いを嗅いでいた。元よりギラギラしていたツォンは、もう考えるのを止めてしまいたかった。しかしイヴは彼の葛藤など露ほども知らない。
相手が嫌がらなければ良いのではないか? いいや、イヴには少なからず好意はあるのではないか? ああ、そうだ。確かにそうかもしれん。ならば大事にしたい。とはいえ、これは稀に見る好機じゃないか──ツォンの頭の中では、良い心と悪い心がせめぎ合っていた。だが、既にツォンも疲れきっている。自問するうちに、ぷつりとツォンの中で音がした。
ツォンは感情に任せて、自分の首筋についているイヴの鼻先に口付けた。次いで唇を塞ぐと、イヴは急に大人しくなった。ツォンを抱き締めていた腕が緩むと、今度はツォンが抱き締め返す。イヴはされるがまま、特に抵抗もせずにツォンの腕の中に収まった。
「つおんー。つおんー」
やがて二人はまた歩き出した。今度は手を繋いでいて、イヴはますますご機嫌だ。そして、1番最初に見つけたホテルに入る。
もうツォンに迷いは無かった。というよりも、ツォンら疲れも理性もギラギラもピークだった。
とはいえ、はっきり自覚しなかっただけで、元よりイヴへの好意はあったのだ。ツォンはこれがきっかけにイヴとの関係が少しでも深くなれば良いと思う事にした。
部屋に入るなり抱き合うと、もう後は本能に任せるだけだ。イヴはイヴで、酔っばらいながらに足取りと意思ははっきりしている。嫌がる素振りもない。
なけなしのツォンの理性は、ガラガラと音を立てて崩れていった。
2020/06/14
身体から始まるなんて、本サイトでは前代未聞です。
ふ、不良だ!笑
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