16 望んだ道を
イヴは携帯電話を握りしめながらため息をついた。新しいメールも電話もない事が、イヴをますます憂鬱にさせる。
こんなにも日に何度もメールや着信をチェックするなど、イヴにはかつてなかった事だ。なのに、仕事中だというのに意識の半分は携帯に集中している。仮に今、神羅ビルに何者かに攻め入られたら、ソルジャーへの指揮統計は大幅に乱れる事だろう。とにかく、イヴは全く仕事に身が入らなかった。
「はあ……」
イヴはもう何度目かも分からないほどのため息をついた。
ツォンとの夜の後から、既に数日経っている。イヴは行為に及んだ事への理由を聞きたいと思っているのだが、未だツォンとは会えていない。
イヴが何日もツォンと合わない時は、大抵ツォンは長期任務を赴いている時だ。今回もきっとそうだろうと踏んで、イヴは思い切ってツォンへメールを出した。だが丸二日経っても、未だ音沙汰がない。
ツォンが本当に任務中なら迷惑だろうかと、出すか出すまいか幾度も悩みながらようやくメールを送った。食事にでも誘って、ちゃんと話をしたいと思っての事だった。それだけに返事が無いと、とにかく不安でたまらない。
それに、仮にツォンが何かの任務中だとすると、全く連絡が取れないとなると別の心配も出てくる。遣り手のツォンがまさかとは思う。だが、もし怪我でもしていたらなどと考えると、結局イヴは落ち着けないのだ。
「イヴ」
「は、はい! 」
ラザードに呼ばれて、イヴ思わず上ずった声が出た。物思いに耽っていたために、呼ばれた事にも、変な声が出た事にも驚く。
イヴは大げさな程の動きで、隣の席でパソコンのキーを叩くラザードを振り返った。
「具合が悪いなら無理しないように。この頃大変だったからね」
ラザードは微笑みながらそう言った。けれど、イヴは慌てて首を横に振る。ツォンの返事が気になるだけで、悪いところは全くない。むしろこれ以上サボるわけにはいかない。
「すみません、統括。大丈夫です」
人から心配されるほど身が入らないのでは、そのうち職場を追い出されそうだ。イヴは申し訳なさと情けなさでいっぱいになる。
「そうかい? でも……そうだな、休憩して来たらどうだろう。この時間ならリフレッシュルームも空いているはずだ」
ラザードは人の良い笑みを浮かべながら、イヴをソルジャー司令室から連れ出した。エレベーターホールまでイヴを引っ張るとボタンを押し、来たエレベーターにイヴを押し込んでしまった。
イヴはあっという間の出来事に唖然としていた。いつも物腰の柔らかいラザードが、こんなにも強引に何かを勧めて来るとは思いもしなかった。窓越しに小さくなってゆく街を眺めながら、イヴはラザードとのやり取りを反芻する。
「あれ、やっぱり手遅れ? クビ……はさすがに無いやろけど、左遷される? いや、半日ぼーっとしてたくらいで流石にそれはないやろ……」
はあ、とイヴはまた盛大にため息をついた。
◇
イヴがラザードよってエレベーターに引っ張られている頃、セフィロスとオリビアはリフレッシュルームに居た。
セフィロスは今日も寝食を忘れるほど資料を片っ端から読み漁るのに忙しかった。しかし遅れて合流したオリビアに、昨晩からまともに食事も休憩もしていないことをあっさり見破られた。
何か腹に収めた方が良いとオリビアは考えた。だが昼には早すぎて、カフェテリアはまだ準備中だ。仕方がないので、とりあえずリフレッシュルームにセフィロスを連れて来たのだった。
「見つかった? セフィロスの知りたい事」
「いや、そこだけ切り取られたかのように見つからない」
「そう……」
セフィロスは缶コーヒーのプルタブを持ち上げた。プシュ、といい音がすると共に、香ばしい香りが漂い始める。
何かを食べ物をとは思ったものの、セフィロスは結局コーヒーを選んだ。余計に胃に負担が掛かりそうだとオリビアは苦い顔をするが、セフィロスは意にも介さない。
「何を調べてるの? 」
オリビアは時々資料室に付き合ってはいたものの、まだ目的を聞いていない。オリビアの問いは最もだが、セフィロスはすぐには答えられなかった。言葉を探しながら、じっと缶の中身を眺めている。そして、そんなセフィロスを、オリビアは気長に待つことにした。
セフィロスはしたくない事はあっさりにはねつける。時間はかかっているが、セフィロスには答える気はあるという事だ。もしそうでなければ、今頃とっくに拒否されている。
「俺は、神羅に育てられた」
セフィロスは飲み口の奥で揺れるコーヒーを見つめながら淡々と話始めた。疲労の色は日に日に濃くなるが、心は穏やかなようで声色も落ち着いている。
「だが、幼少期の記憶があまりない。出身も、親の顔も、ファミリーネームすら分からない」
「何も記録ないの? 」
「だから探している」
オリビアは一人の同僚を思い浮かべた。彼女はウータイの孤児院から神羅に引き取られて、最年少でタークスになったという。彼女も両親の顔を知らないようだが、それでも自らの出自はきちんと把握している。
「家族はいるのか? オリビア」
セフィロスは隣に座るオリビアに目を合わせた。オリビアの緑色の瞳が、一瞬だけ揺れた。
「うん。でも、もういないの」
「そうか……悪かった」
セフィロスはオリビアを気遣うように、すっと視線をコーヒーに戻した。
セフィロスは、自らが経験できなかった家族にまつわる暖かいエピソードの一つも聞けるのではと勝手に期待していた。辛い思いを蒸し返すのは本意ではない。
「いいの。もう何年も前の事だから」
戸惑うセフィロスに、オリビアはニッコリ笑って見せた。セフィロスもそれに応えるように、目の表情が明るくなる。
セフィロスとオリビアがなんとなく微笑み合った瞬間に、リフレッシュルームの扉が開いた。すぐにイヴが入って来る。セフィロスはそれを気配で察しながら、缶コーヒーを一口含んで飲み込んだ。
オリビアもセフィロスにつられて、買ったばかりのミックスジュースを飲もうとした。しかしまだ開けていない。それを思い出して内心がっかりしながら、ストローを容器からはがして穴に入れ、後は飲むだけの所までセットする。
イヴは二人に近づくと嬉しそうに声をかけた。
「あら、セフィロス。あなたはオリビア、だったわよね」
「ええ。お疲れ様」
セフィロスはイヴと目を合わせると、また意識をコーヒーに戻した。彼が無口なのはイヴもよく知っているので、ちゃんと認識されている事が分かればそれで十分だった。
オリビアは今度こそジュースを一口飲んだ。甘いバナナとみかんの香りがミルクに溶け込んで、何とも幸せな美味しさだ。味を堪能するあまり、思わず表情が綻ぶ。
「あ、これわたしも好き。さすが神羅食品よね。わたしもこれにしよ」
イヴは小銭を取り出すと自動販売機に入れた。オリビアと同じジュースを選び、落ちてきたパックを取り出す。
イヴはオリビアの隣に座った。
「二人とも休憩? 変な時間だから、誰かに会えるなんて思ってなかったわ」
「まあな」
セフィロスは残りのコーヒーを飲み干した。座ったままゴミ箱に空き缶を投げ入れると、缶は吸い込まれるように収まる。ヒュー! と口笛を鳴らしたものの、イヴはまた大きなため息をついた。
「どうした。珍しい」
「うん、ちょっとね。唯一無二の同期と連絡先が取れなくて、ちょっと心配になってきたところ」
「同期だと? お前の同期ならかなり古株だな」
セフィロスは天井を見つめながらイヴの同期を予測し始めた。
「セフィロスだって歳の割に長いのは同じでしょ」
セフィロスは予測するのに忙しく、イヴの言い分は聞こえていない。どこの大きな子供だと、オリビアは可笑しくなってこっそり吹き出した。
「あとは……ツォンくらいのものか。あいつも長くなってきたな」
ツォン。その名前を聞くや否や、イヴはまたため息をついた。黙って聞いていたオリビアはじっとイヴを見つめる。
ツォンは憧れの大先輩だ。ツォンの事なら、オリビアはよく把握していた。
「ツォンさんなら、任務でしばらく帰らないわ。無事みたいだから安心して」
「そっか……ありがとう」
イヴは自分でも驚くほど心の底からホッとしたのを自覚した。こんなにもヤキモキしていたのに、と我ながら呆れるほどだ。
一方オリビアは、心底ホッとするイヴに複雑な心境だった。機密に関わらない程度の事を教えたはずが、既に胸がザワザワしている。
憧れから始まった恋は、報われないまま終わるのかもしれない。頭に過ぎった悪い予感を振り払うように、オリビアはさっと立ち上がった。
「わたし、もう行くわ。任務があるの」
根詰めないようにとセフィロスに言い添えて、オリビアは飲みかけのジュースを手に、ストローを咥えて部屋を出て行った。
残されたセフィロスとイヴはオリビアがいたスペースをそのままに、彼女の小さな背中を見送る。
オリビアが部屋を出たのを確認すると、セフィロスは神妙な顔付きでイヴを振り返った。
「イヴ」
「なあに? 」
セフィロスは周囲の気配を探りながら、イヴにもっと近くに来いと手招きする。何事かとイヴが素直に応じると、セフィロスは声を落として話し始めた。
「ラザードをよく見張っておけ。動きが怪しい」
「どういう事? 」
イヴの顔に「?」がたくさん浮かんだ。
イヴにとって、ラザードは真面目で優しい上司でしかない。だがセフィロスの顔も至って真剣だ。それに、彼はこんな冗談を言うような性格でもない。
「何かあったの? 」
「最近、資料室に篭っていてな。そこで見てしまった」
いつになく神妙なセフィロスにイヴはたじろいた。イヴは何も悪さをしていないのだから堂々としていれば良い。なのに、なぜだか責められたような気になってしまった。セフィロスの眼力に、イヴはただ圧倒されている。
「な、な、何を……? 」
「ソルジャーの給与の基準について定められた書類だ」
イヴはまた「?」を浮かべた。
本来なら、ソルジャーに関する書類はほぼ全てソルジャー司令室の棚に収まっていたはずだ。特に給与など彼らの待遇などに関しては尚更で、必要ならいつでも質問を受付けている。
けれどセフィロス曰く、給与の書類は全く関係の無い、且つ今後陽の目を見る事も無いような物の下敷きされていて、まるで故意に隠されたように保管されていたという事だ。
「俺の給与明細と照らし合わせたが、どう計算しても少ない。ザックスのがその辺りに落ちていたから計算したが、はやり合わん」
「どういうこと? 」
「わからん。たが……出処は会社だが、計算はラザードがしているはずだ。横領の可能性がある」
イヴは呆然とするしかなかった。大きなショックを受けて、うっかりジュースを取り落としそうになるのをなんとか食い止める。
3秒ほどぼうっとして、イヴはハタと気が付いた。横領の疑いを聞いて、嫌な予感がムクムクと湧く。つい先程、ラザードが珍しいほどの強引さで休憩を勧めてきたのは何か関係ないだろうか、と。
「セフィロス。ちょっと一緒にソルジャー司令室来てくれへん?」
イヴは咄嗟に出た国訛も気にせずに、セフィロスと共にエレベーターホールを目指して駆けて行った。
2020/06/24
ザックスならうっかり落としてそうやなー、なんて。
かわいいよねえ、仔犬ちゃん。
CCやってた時は友達感覚やったのに、それよりも確実にオバハン目線になっている。
気分は親戚のおばちゃん。笑
2024/10/07
少なくともエバークライシスによると、セフィロスは15歳くらい?までは母親(ルクレイツァ)の写真の入ったペンダントを持っていたけど、ラディオルでの任務中にそれを失くしている。一旦見たかったけど怒ったグレンが地割れしたところにペンダントを蹴落としたわけです。なので、写真が他にあったかはともかく、親の顔を知らない訳ではなさそうですね。名前はジェノバだとずっと勘違いしたままだが、そう教えられれば仕方ないよね。ヴィンセント氏が真実を教えるでもないんだろうし。
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