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2 まるで仔犬のように


 ブリーフィングルームの扉が開いた。アンジールと共に、彼よりももう少し若いソルジャーも一緒に入ってくる。デスクに腕を組んで座っていたラザードは、彼らが入室してくると立ち上がった。それにならい、隣の席に座るイヴも立ち上がる。

「ザックス、こうして話すのは初めてだったね。ソルジャー統括のラザードだ」

 ラザードはザックスに右手を差し出した。

「よろしく」

 ザックスもその手を取って、二人は硬い握手をする。

「統括補佐、イヴよ。よろしくね、ザックス」

 ザックスがイヴとも握手すると、ラザードは早速本題に入った。

「さて、ザックス。ソルジャー・クラス1st・ジェネシス。ひと月前、ウータイでの作戦行動中に行方不明となった。何か知っているかな? 」
「ぜんっぜん! 」

 ラザードの問いにザックスは間髪入れずに答える。自分の顔の前で大げさなほど手を振り、身振り手振りで全く知らないのだと言うことを全身で表現する。彼のこの仕草にイヴは思わず笑いそうになった。
 イヴは以前からアンジールから「ソルジャーの中に仔犬がいる」と聞かされていた。なるほどザックスの事かと妙に納得する。笑いを噛み殺しながらアンジールに目線を送ると、彼も「そうだろう? 」と言わんばかりの目付きで答えた。
 ラザードはそんな補佐官の様子には気付かずに、淡々と任務についてザックスに説明を続けている。

「我々の作戦は中断したままだ。君に行ってもらうことにする」
「って、ウータイ? 」

 ザックスが驚くと、ラザードはより真剣な顔付きで続ける。

「ああ。この長すぎた戦争を終わらせる」

 ザックスは、待ちに待った実戦が意外なほど大仕事である事に気付いた。唖然として息を呑むザックスの背を、アンジールがぽんと叩く。

「お前を1stに推薦しておいた」

 ザックスにニッと笑うアンジールに、ザックスは大騒ぎしながら勢い良く抱きついた。

「アーーーンジーーーール! 大好きだアンジール! 」

 3秒足りともじっとしていないザックスに、イヴは「面白い子が来たな」と喜んだ。この数週間、暗いニュースに落ち込んでいたのだが、ザックスがいると場の雰囲気が一気に明るくなる。それに、アンジールとはまるで兄弟のようで、見ているとそれだけで微笑ましかった。

「俺に恥をかかせるなよ」
「はっ! 」

 アンジールの言葉に、ザックスはガチャンと音がしそうなほど勢い良く敬礼した。

「私も現場に同行する。期待しているよ」
「はっ! 」

 ラザードがそう言うと、ザックスはますます張り切って敬礼する。まるでブリキの兵隊のようで、イヴはますます可笑しくなった。イヴは遂に、声を出して笑った。
 ザックスが何か言いたげな目でイヴを見たが、何か言う前に邪魔が入った。

「ところで、君の夢は『1stになる』かな? 」
「いや──」

 ふいにラザードが問にかけると、ザックスの表情は急に変わった。真剣な面差しで、ビシっと敬礼したまま答える。

「英雄になることです」

 ザックスがはっきり言い切ると、ラザードはニッコリ笑った。

「そうか。かないそうにない、いい夢だ」
「……もしもし? 」

 ラザードは決して馬鹿にしたわけではなかった。だが、あっさりいなされたように受け止めたザックスは拍子抜けしている。ラザードの返事にザックスは一人でずっこけて、それがまたイヴの更なる笑いを誘った。



 すっかり夜も更けた。下界に広がるネオンサインに目もくれず、イヴはひたすらぼんやりしていた。
 人気ひとけのないリフレッシュルームは貸し切り状態だ。イヴはスーツのシワもスカートも気にせず、大の字になって広いソファを独り占めしている。備え付けの自動販売機で買った缶コーヒーを一口飲むと、ホッと息をついた。
 昼間のブリーフィングルームでは笑いを堪えるのに忙しかった。だが、その後は仕事が忙しかった。結局定時には終わらず、気付いたら夜中になっていたのだ。

「あー疲れた。仔犬はおもろかったけど……はあ」

 ラザードはザックス達とのブリーフィングの後、彼らと共にウータイへ向かった。だが、まるでラザード不在のタイミングを見計らったかのように仕事が押し寄せて来たのだから堪らない。思わず独り言が国訛で出るほどクタクタだった。

「珍しいな。こんな時間に」

 リフレッシュルームの入り口が開いたと同時にかけられた声に、イヴは振り返った。イヴと同じように自動販売機でコーヒーを買った男は、缶を開けながらイヴの座るソファへ歩いて来る。
 イヴはだらしなく伸ばしていた手足を引っ込め、きちんと座り直した。

「ツォンやん。あんたこそおそうまで残っとってんな。お疲れさん」
「俺はいつも通りさ」

 ツォンは穏やかな表情で笑った。黒いひっつめ髪を揺らしてイヴの隣に座る。真っ黒いスーツに包まれた長い足を組むと、彼が如何に長身かが伺える。

「今日な、おもろいソルジャーがおってな」
「へえ」
「全然落ち着き無くてな、ほんま仔犬みたいやってん。しっぽとか生えてそうやねんけど、どっかに隠してへんやろか」

 可愛いわあ、とコロコロと笑うイヴは心底可笑しそうに笑っている。
 ツォンは彼が知り得る限りのソルジャーを思い出してみた。だが、そんなに賑やかな人物は思い当たらない。

「たぶん、俺の知らない奴だな」
「そっか、でもそのうち会うかもしれへんで。ソルジャー減ってしもたし」

 そう自分で言ったものの、イヴは悲しくなってしまった。大量脱走の件は、依然として謎に包まれている。

「ソルジャーは、タークスのスカウト・・・・で来た者も多い。経緯は分からんが、ジェネシスに先導されればどうだろうな……。気にするなとは言わんが、もうどうにもできない」

 気落ちしたイヴにそう言うと、ツォンはまたコーヒーを飲んだ。イヴもつられて一口含む。ゆっくり飲み込むと、イヴは話題を変えた。

「ラザード統括が夕方から現場へ行かはってんけどな、その後急ぎの仕事ばっかりめっちゃ来てん。根性で全部終わらしたったけど、ほんま疲れた」
「そりゃ災難だったな」

 ソファの背もたれにドンと仰向けに倒れて見せたイヴをツォンは笑った。けれど、イヴには笑い事ではない。既に終電を逃している。

「笑い事ちゃうで。もう電車あらへんし」
「送るぞ。俺も今から帰るところだ」

 ほんま? と、目を輝かかせるイヴに、ツォンはじゃらりとキーを見せてまた笑った。

「ああ、数少ない同期のよしみだ。遠慮するな。いや、遠慮なんてしないか、イヴは」
「いくら付き合いなごうても、そんなことせんて」

 イヴの否定を笑って受け流すと、ツォンは立ち上がった。飲み終えた缶をイヴの分も受け取るとゴミ箱に捨てて、出口へ身体を向ける。

「帰るか、イヴ」
「うん」

 二人は連立ってリフレッシュルームを後にした。

2020/05/17
ツォンさんはきっとマイカー通勤。


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