3 落ち着かない
そびえ立つビルを滑るように、長いエレベーターが上下する。オリビアを乗せたガラスの箱は音もなくスルスルと登ってゆく。少しずつ遠くなるミッドガルの町並みは、静かに降る雨に濡れていた。
チン、とベルが鳴った。途中のフロアで扉が開くと、乗って来たのはセフィロスだった。
セフィロスは、さすがにもういつかのように放心してはいない。彼はいつものように憮然とした表情だが、目の下にうっすら隈ができていた。
「あら、英雄さん」
「……お前か」
セフィロスはオリビアを一瞥すると、大きなガラス窓の向こうへ視線を向ける。
オリビアはムッとした表情で一歩前へ出た。狭いエレベーター内では小柄なオリビアでも、セフィロスの目の前へ移動するのには一歩で十分だった。
「オリビア」
「は? 」
セフィロスは狐につままれたような変な顔をして、オリビアを見下ろした。オリビアの不機嫌そうなエメラルド色の瞳が自分を見上げている事に気が付くが、不機嫌の理由が分からない。
「わたしの名前、お前じゃないわ。オリビア」
セフィロスは呆気に取られたような顔をすると、フンと小さく笑った。
「それならば、俺も英雄という名ではない」
あ、とオリビアが漏らすと、セフィロスは何事も無かったかのようにまた窓を眺めた。いつの間にか雨は止んでいる。けれどぶ厚い黒い雲が空を埋め尽くしていて、当分晴れ間は拝めそうにそうにない。
「ねえ、セフィロス」
「なんだ」
セフィロスは窓を見つめたまま、面倒くさそうに答えた。オリビアも同じように窓の外を眺めながら、淡々と話す。
「戦争、終わったね」
「ああ」
どうでもいい、とでも言いたげな様子で答えるセフィロスだが、オリビアもさして気にしない。
「アンジールも、いなくなったんだってね」
「……そうだな」
もう黙らせたい。そう思ったセフィロスはオリビアを再度見下ろす。だが、オリビアもセフィロスを見ていた。
「セフィロス。もしかして、眠れてないの? 」
「……なぜわかった」
セフィロスは狼狽えた。表情が乏しいとはよく言われているし、その自覚もあった。また、彼は感情を表に出す事は滅多にない。そして体調不良を見抜かれた事も、少なくとも成人して以降これまで一度も無かった。それなのに、この小娘には寝不足を見破られてしまった。ついでに、オリビアにはジェネシスがいなくなった時の放心状態も見られている。セフィロスは心の中で頭を抱えた。
セフィロスが返答に迷っているうちに、オリビアは続きを話し始めた。
「だって」
オリビアは自分の目の下を指差した。セフィロスは思わずそれを注視する。
「真っ黒だもの。ここ」
そう言われたセフィロスは、思わず自らの両手の指先で目の下を触った。触っても色も隈も見えないのだが、彼は神妙な顔でそこを押さえている。
エレベーターがまたチンと鳴った。ソルジャーフロアだ。セフィロスは顔から手を離し、エレベーターを降りてゆく。
降りるセフィロスの背中に、オリビアは声をかけた。
「わたしね、バノーラ村に行くの。今から」
セフィロスははっとした顔をして振り返る。オリビアと目が合ったが、それとほぼ同時にエレベーターの扉も閉まった。
セフィロスはエレベーターが通り過ぎた後も、しばらくエレベーターホールで立ち尽くしていた。オリビアのエメラルド色の瞳が、閉じたエレベーターの扉に映っているかのように鮮明に蘇る。
「セフィロス、落ち込んでるな……」
オリビアの調査では、ジェネシスとアンジールはセフィロスにとって友と呼べるただ二人だけの人間だった。なのに、その友人が二人とも、自分には何も知らせずに突然姿を消した。セフィロスが落ち込むのも無理はない。
セフィロスはこれからオリビアが向かうバノーラ行きの任務を拒否している。バノーラは、ジェネシスとアンジールの故郷であったからだ。
三人組という物は、仲良く見えても大抵二人と一人に別れるのが世の常だ。少なくとも、オリビアはそう考えている。
「それにしても」
オリビアはセフィロスの目を押さえる仕草を思い出した。
「セフィロス、可愛かった。意外」
いつもキリリとした表情を貼り付けてぶっきらぼうに話す男が、まさかあんな反応をするなんて、と一人で微笑んだ。
エレベーターはビルの屋上に到着した。雨はまだしとしとと降っている。濡れた空気がひんやりするが、その方が却って気が引き締まった。
オリビアがエレベーターを降りると、そこはもうヘリポートだ。ヘリは既に準備されている。そのヘリ側には、タークスの黒い制服をだらしなく着崩した男が立っていた。
本来、タークスの制服は黒子のような衣装のはずである。だが、彼の赤毛とその派手な出で立ちはどう見ても却って目立っている。
赤毛の男はオリビアを見つけると、さっと片手を上げた。
「レノ? 今日のパートナーはヘックじゃなかった? 」
レノはオリビアのためにヘリの扉を開けてやりながら、特徴的な口癖で答えた。
「いいや。俺は運転手だぞ、と」
レノにも他の任務があるのだが、行き先がバノーラと同じ方面なのでついでに送るのだと言った。
オリビアがヘリに乗り込むと、既にヘックが座っていた。彼もタークスの一人だ。オリビアやレノとは同僚で、オリビアの今回のパートナーである。
「ありがとう、レノ。よろしく、ヘック」
オリビアがシートに座ると、ヘリはすぐに離陸した。
「それじゃ、ひとっ飛びするぞ、と」
レノが操縦するヘリコプターはあっという間に上空へ舞い上がった。
灰色の雲の間を、黒いヘリが浮かび上がる。今にもまた降り出しそうな暗い空に飲まれるようにヘリはビルから遠ざかって行った。
2020/05/18
勝手に一人捏造してしまったぞ、と。
FF-D D+S New!夢物語
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