7 敗者か、或いは
オリビアは銃を構えた。的に狙いを定めると、ぐっと引き金を引く。轟音と共に的の中心よりもやや左にずれた場所に新しい穴が開くと、強ばっていた全身の力がふっと抜けた。
「いいぞ。その調子だ。だが、まだ力みすぎている。なるべく無駄な力は使うな」
「はい、ツォンさん」
ツォンはオリビアの肩に手を添えて、もっと力を抜けと微笑んだ。さらにツォンは腕の位置を修正し、オリビアは教えられた通りに構え直す。
オリビアは不意にバノーラで怪我をした後、ツォンに背負われた事を思い出した。温かで、見た目よりもずっと広くて逞しい背中だった。オリビアはうっとりしそうになるが、せっかく忙しいツォンが時間を見つけて付き合ってくれているのだ。オリビアは無理やり集中力を高めた。
オリビアがもう一度、鉛玉を打ち込む。今度は的の真ん中を貫通した。その出来栄えに満面の笑みでツォンを見上げると、ツォンも満足度そうに笑っていた。
オリビアはバノーラから帰還した後、一週間の療養を言い渡されていた。
出社できるようになる頃には怪我も直り、足を引き摺らなくても歩けるようになった。だが、ジェネシスに首を締められた時の痣がまだ治りきらずに残っている。首の付け根から顎の手前まで皮膚が変色して、事情を知らない者が見たらぎょっとするような色をしていた。
さらに、1日銃を握らないだけでも感覚が鈍るのに、一週間も離れていのだからひどいものだった。見兼ねたツォンが時間を見つけてはこうして手ほどきしてくれるのに甘えて、オリビアは練習に勤しんでいた。
ちなみに、ツォンの方でも自分と同じ武器を扱うオリビアを何かと目を掛けて可愛がっている。
「会心の出来だな。今のを覚えておけ」
「はい! ツォンさん、ありがとうございました」
ツォンは次の任務のためにトレーニングルームを後にする。彼を見送ると、オリビアは再度的を狙い続けた。
何度も何度も、時間が許す限り幾度も撃った。今のオリビアには、怪我が治ったばかりで大した仕事は回って来ない。今のうちに鈍くなった勘を取り戻さなければと必死だ。
無心で撃つうちに、いつしか的は真ん中だけに大穴が開き、もはや的の体を成さなくなってきた。そろそろ止めようかと後ろを振り返ると、壁を背にもたれてオリビアを眺めているセフィロスと目が合った。
「セフィロス? いつからそこにいたの? 」
「さあ、的の真ん中が無くなったあたりだったか」
セフィロスは壁から背を離して、真っ直ぐ立った。いつものように仏頂面だが、隈は薄く目立たなくなっている。
「熱心だな。ずっと気が付かないとは思っていなかった」
「集中してたのよ」
オリビアは銃を腰のホルダーに仕舞うと、手に付けていた革のグローブも外す。それを畳んでポケットに入れると、後片付けを始めた。
セフィロスはテキパキと新しい的に取り替えるオリビアを眺めながら「そうか」と言うと、それきり黙ってしまった。
「どうしたの? 何か、用事? 」
片付けを終えたオリビアがセフィロスを見上げると、セフィロスは言葉を選ぶように口籠る。しばらく言い淀んだ後、ようやく口を開いた。
「……悪かった」
「へ? 何が? 」
セフィロスはバツの悪い顔をして、じっとオリビアを見ている。だが当のオリビアはキョトンとして首を傾げた。
「バノーラの任務だ。本当は、俺が行くはずだった」
「ああ、あれね。拒否してたんでしょ? 謝ることないのに」
オリビアはそう言って、困った顔をする。
「謝るなら、ザックスでしょ。代わりに来てた」
「……そうか。わかった」
セフィロスはそう言うと、ため息をついた。その姿は、荒野で雪に埋まった廃屋のようにひどく孤独だった。
オリビアはこの事件を調べれば調べるほど、このしょぼくれた英雄に同情的な気持ちになってしまっている。
「友達なんでしょ? そりゃ行きたくないわね。戦いたくないもの。違う? 」
「いや……違わない」
オリビアはニッコリ笑った。セフィロスは意外そうな顔をして、オリビアを見つめる。
「人間だもの、そうなるわよ。むしろ迷わず戦える方が不思議」
セフィロスは穏やかな表情に変わった。翡翠色の瞳が柔らかに笑う。
「ザックス、あの二人を引き留めるのに必死だった。ダメだったけど」
「そうか……」
セフィロスは目を閉じて、寂しげにふうと息をついた。
けれど、再び瞳を開いたセフィロスは柔らかな表情をしていた。
「ありがとう」
「いいえ」
オリビアはきゅっと口角を上げて笑うと、セフィロスを見上げた。
その時、セフィロスはオリビアの首に大きな痣がある事に気が付いた。それを指差すと、また仏頂面に戻ってしまった。
「おい、それはどうしたんだ。首でも括ったか」
セフィロスは少し屈んで、オリビアの首筋を眺めた。赤黒く、斑に黄色や青い部分のある痣が首のほぼ全面を被っている。
「手で首を締められたの。それで、そのままポイッと……それを片手でやるんだよ。わたしも小柄だけど、1stってやっぱりすごいね。死ぬかと思った」
オリビアが首を手で押さえながらそう言うと、セフィロスは苦虫を噛み潰すような顔をした。
「それは、ジェネシスか」
「うん、そう」
「あいつめ……」
セフィロスは低い声で唸るようにそう言うと、傷ついたような顔をしてまた黙ってしまった。怒っている風だが、何か考えているようでもある。相変わらずブスっとしたような顔つきだが、仏頂面なりに僅かな表情の違いがあるのをオリビアは発見した。
「わたし、もう大丈夫だよ……? 」
「これは、本人に謝らせてやらねばならんな」
セフィロスは不敵に笑った。オリビアには彼の意図が分からない。だが、首を横に振る。
「これは完全に、わたしの力が及ばなかった結果だから……」
「タークスが1stに勝ててたまるか」
「そりゃそうだけど」
セフィロスは果し状でも突き付けそうなほどのやる気に漲っていた。生き返ったように気力が蘇ったのが目に見えてわかる。
「まだ発表されていない事だが、恐らく今日付けでジェネシスとその一味、そしてアンジールの抹殺命令が出る。タークスならもう知っているだろう、オリビア」
オリビアは目を見張った。
確かにオリビアは、通達については今朝タークス本部で主任のウェルドの口から聞いていた。だが、友人達の失踪にあんなに落ち込んでいたセフィロスが、友人の抹殺命令でやる気や気力が戻るとはとても考えられない。
「その作戦には俺も出る。そして、あいつにお前の首を絞めたことを謝らせる」
ジェネシスの鼻っ柱をへし折ってやるのだと、セフィロスは朗らかに笑いながらトレーニングルームを出て行った。
2020/05/24
FF-D D+S New!夢物語
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