6. 最早これまで
兵舎は兵士たちで混み合っている。御前試合が行われていて、試合に勝った将兵と殿下の手合わせがあったからだ。
試合での得物は木製であるとはいえ、まともに受ければ怪我をする。殿下の勝利で終わったのだが、真剣での競り合いにも引けを取らない緊迫したいい試合だった。
しかし──
「恐ろしい程の強さだったな」
「これが戦場だったら…」
「それ、バハムート様のお通りだ」
背後からひそひそ声が聞こえる。思わず振り返りそうになるのを、殿下が止めた。
「良い。放っておけ」
殿下はご愛用の槍をわたしに預けると颯爽と歩き始めた。ぐっと歯を噛み締めて、わたしも前を向く。
殿下の歩く先々で兵士たちが次々に敬礼する様は、何度も見ても圧巻である。とはいえ、民衆にも、軍の中にも、殿下を化け物扱いする人間が一定数いる。コソコソ陰口を叩く者、分かりやすく怯える者など様々だ。
悪気があろうとなかろうと、言葉や視線は時に刃に変わる。そしてそういった人間ほど、バハムートがいれば皇国は安泰だと思っている。殿下が戦場に出れば、歓喜して当てにするのだ。
殿下が幾ら国や民に尽くそうとも、民を守りたい一心でご自身を捧げても、伝わらない人間がいる。初めての事では無い。けれど何度遭遇してもやりきれない思いでいっぱいになる。
殿下の背中を見つめながら、わたしは黙々と歩いた。
訓練場を後にし中庭に入った。花が咲き乱れ蝶が舞い、よく手入れされた木々が風に揺れる。心地よく清々しい風景が、ささくれた心を宥めてくれるようだ。
人気が無くなったと見るや、殿下がくるりとわたしを振り返った。ちょうど低木の陰に隠れる場所で、そっとわたしの手を撫でる。
「ディオン様、このようなころでは人目につきます」
「木が隠してくれよう」
とは言ったものの、優しく微笑まれては何も言えない。殿下はきっとそれを計算しているが、同時に殿下は自分が受け入れられるのを確認している。何かあった時、特に心が傷ついた時に、殿下によく見られる行動だった。
「ディオン様に、あんな事を言うなんて…」
「そなたがそう思ってくれていれば十分だ」
昔より頻度は減ったと殿下は言うが、その表情は暗い。殿下の心に、また隙間ができてしまった。
全てを受け止める覚悟はとっくにできている。けれど、わたしはまだ隠し事をしたままだ。やはりいつまでもテランスでないことを黙っている訳にはいかない。偽りで向き合って良いお人ではない。それに関係が深くなれば、いずれ分かってしまう事だ。
「テランス」
頭を悩ませていると殿下に呼ばれた。呼ばれたと思ったら、急にぐいと手を引かれる。勢いに負けて地面に手と膝ををつくと、目の前には植え込みが青々と茂っていた。
目を白黒させていると、同じように手を付いた殿下の片手が伸びてきた。大きな手をわたしの頬へ添えると、顔の向きを殿下の方へ修正する。
「余はここだぞ」
そう言って口付けると、殿下はいたずらっぽく笑った。
「殿下!ですから、こんなところで」
「こんなに生い茂っている。心配要らぬ」
確かにこの辺りは植え込みが多いし、近くに建物はない。こうして低い姿勢でいれば人目にはつきにくそうだ。とはいえ、殿下の長い槍もまだ手元にあるし、人が全く来ない場所でもない。人に見られないに越した事は無いのに、とんだ口付け魔である。
「嫌か、テランス」
「まさか、そのようなこと」
慌てて否定すると、殿下は嬉しそうに笑った。けれどその顔を見るのが申し訳ない。嘘をつくのは辛いものだとつくづく身に染みた。
殿下は愛に飢えている。幾度となく寂しさを埋めて差し上げたいと思ったものだが、これも根は同じだ。それも根深い。
殿下をお部屋に送り届け、殿下の槍を立て掛ける。重厚だが美しく装飾されたそれは、武器でありながら持ち主のように端正な姿をしている。殿下の分身とも言える大切な槍を、槍立てに仕舞った。
手ぶらになったところで、殿下がまたくっついてきた。ここなら人目には付かない。わたしは素直に抱きしめられておく。殿下の背に手を伸ばすと、殿下は満足そうにわたしを見下ろした。
そのまま何度か口付けを交わすうち、気がつけばわたしは壁に押し付けられていた。殿下の熱のこもった瞳に射止められたように、目が離せない。
殿下はこれまで満たされなることの無かった感情を埋めるように、愛を求めて彷徨っている。そしてそれに応えれば、とても幸せそうになさる。だからこそ、わたしは自分を偽ったままではいられなくなる。
「ディオン様、おは──」
お話したい事が、とは言わせて貰えなかった。唇で口を塞がれ、黙れと言わんばかりだ。
今口付けを中断したら雰囲気などぶち壊しになるのは分かっている。けれど、わたしもこれ以上は誤魔化せない。
やがて殿下の気が済む頃には、わたしはすっかりふやけきってしまった。腰を抜かしそうなほどぼんやりしていて、それを見た殿下はとても満足そうに微笑んだ。
「テランス。今宵、また世の部屋へ来い」
「はい、必ず」
殿下は部屋へ来る前にするようにと、幾つかの事をわたしに申し付けた。湯浴みと着替え、そして人払いだ。どれも今夜の逢瀬がどんな物になるかを物語っている。
新衛兵になってから自室は一般兵舎から神皇宮の内部に変わり、殿下のお部屋とも近くなった。故にわたしが少々夜中うろついていても、そう怪しまれる事はないだろう。
まずは湯浴みから済ませよう。わたしは湯を沸かしに調理場へ向かった。
2023/07/14
とはいえ、ほとんどの国民はディオン様をむしろ崇めてるくらいだと思う。竜騎士団は我が君と呼ぶくらいやしな。なんなら英語版では我が君の部分を猊下と呼んでいる。(radianceの意味が分からなかったんだけど、どうやら猊下を表すらしい。普通はyour graceとか陛下と言うならyour majestyとかなんだけど。なんならこの国は空の事もskyではなくheavenと言っているし、独特の言い回しがあるようだ)
バハムートが国の象徴ならもう神様にも等しいんじゃないか。強さも実力だろうし殿下が魔法使うとこなんてそんなに見てないと思う。強く逞しく人望も厚くて完璧な皇子様である。
しかし誰にでも心の闇はあるもので、スカスカの心を埋めてさらに溢れさせるのがテランス。殿下の人間味がここに!好き
我ながら展開が急であるな。
FF-D D+S New!夢物語
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