5. 新たなる境地
「ここは変わらぬな」
殿下はチョコボから降り、疲れなど微塵も感じさせない足取りで草の上に着地した。手綱をわたしに持たせ、ご自身はうんと伸びをする。
わたしはチョコボ2頭を引いて近くの木に繋いだ。荷物を下ろして、別の木の木陰へと移動させる。
相変わらず、豊かな緑だ。いつか兄と来た時のように、遠目に見える滝からはどうどうと水が流れ、その滝壷からは飛竜草の白い絨毯が広がる。どこを切り取っても絵になる。殿下と二人でここへ来るなど、入隊前には考えられなかった事である。
「テランス。今はそなたと2人きり、楽にせよ」
「はい、ディオン様」
わたしの返事を聞くと、殿下は草の上にゴロンと横になった。普段の張り詰めた様子とは違い、全てがとても穏やかだ。
「ディオンで良い。それより、そなたも横になれ。これはなかなか気持ちが良いぞ」
ほら、と殿下はご自身の隣を手でポンポンと叩く。それならば、と素直に横になることにした。
「いい空だ」
「ええ、ずっと見ていられます」
しばらく2人して仰向けに寝転がった。ひたすら青い空を眺めてぼんやりしていると、殿下が唐突に口を開いた。
「昔、そなたと再会する前に」
殿下はじっと空を見つめたまま続けた。
「フェニックスのドミナントと、いつか共に空を駆けようと約束したことがあった」
フェニックスのドミナントといえば、今は皇国の属領となったロザリアの次期太公殿下・ジョシュア様の事だ。しかし、そのロザリアは数年前に皇国の襲撃と鉄王国の攻撃によって滅亡、ジョシュア様も亡くなったと聞いている。
「もう永遠に叶わなくなった。彼とは、良き友になれそうだと思ったのだがな」
殿下は目を瞑って、息を吐き出した。こんな所にも殿下の心の隙間があった事を知る。
「そうでしたか…」
そのジョシュアの母君は、今や神皇后、つまり殿下の義理の母である。もとより殿下はこのお方があまりお好きではないが、神皇との間にお子ができると、神皇夫妻の殿下への扱いはさらに冷たくなった。あくまでも戦でしか必要ないと言わんばかりだ。
「テランス。そなたは、なぜ余がそなたを側に置くか、分かるか」
「恐れながら…幼馴染のよしみ、でしょうか」
「いいや、それだけでは側には置けぬ」
だとしたら、他は何だろう。特別に抜きん出た才など持ち合わせているわけでもない。
「それでは…わたしを信頼していただいているから、でしょうか」
「それはもちろんだ。しかし、それだけではない」
殿下は寝返りを打つようにしてわたしの方へ向いた。土の上に肘を付き、その手で頭を支える格好だ。
じいと見つめられると困ってしまう。他にどんな答えがあるだろうか。思わず座り込んで考えていると、殿下も身体を起こして隣に座った。
もしかしたら、既にわたしが
男でないことを見破られているのだろうか。それで側に置くことで周囲に悟られないように助けてくれているのだろうか。だとしたら、その方がありがたい。このお方の前で、もう男のふりをせずに済む。何より殿下の側にいられる事は、わたしの幸せでもある。
「テランス」
呼ばれて殿下の方を見ると、思っていたよりも殿下の顔が近くにあった。そしてゆっくりと片手が手が伸びてくると、わたしの頬をそっと包み込む。
驚いて顔を上げると、殿下と目が合った。
「ディオン様?どうされましたか」
「ディオンで良いと言ったぞ」
そう言いながら殿下の熱い唇が重ねられた。俄かに胸が苦しいくなる。鼓動もいつもより早いけれど、嫌な気にはならない。むしろ幸せなくらいだった。
「余は、そなたと共にありたい」
いつも堂々と振る舞う殿下が、この時ばかりは緊張しているのが見て取れる。それが何とも不思議で、そうさせているのが自分だと思うとこそばゆかった。
「わたしと…」
「そうだ、余はそなたが好きだ。衆道など、万人に受け入れられるものではないのはわかっているが…」
衆道。
確かに殿下は衆道と言った。わたしがテランスでないことは、殿下にはまだ知られていなかったのだ。なんだか悲しくなってきた。殿下が求めているのは、わたしであってわたしではない。
一方、殿下は切なそうに目線を落としていた。返事を待つのは、誰しも落ち着かないものだ。一度気落ちしたものの、側にいたいのはわたしも同じだ。ただ、それならエリンとして向きあうべきだろう。
「わたしもお慕いしています。ですから、ディオン。どうかこれからもお側に。ですが──ふがっ」
最後まで聞かずに、殿下はガバリとわたしに抱きついた。その勢いで、わたしたちは再び草の上に倒れ込む。そのあとは口付けの嵐だった。
本当はエリンだと言おうとしていたのだが、今日ばかりは性急になってしまった殿下のお耳には届きそうになかった。
2023/07/13
なんか違う。でも書かずにはいられない。
もうちょっと落ち着いて書くべきであった。
FF-D D+S New!夢物語
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