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1 これまでも、これからも

 木製の剣と槍が激しくぶつかった。何度も打ち合うが、勝負の決め手には欠ける。
 アリーは懸命に木の槍を操っていた。成長途中の小柄な身体で、逞しい将兵相手に飛び掛かる。相手の兵はいかにも筋骨隆々、体格だけでも大きく差があった。彼の無駄のない動き、木製ながら繰り出される強い一振りは、いかにも歴戦の戦士であることが見て取れる。

 柵で囲まれた練兵場は、その柵の周りを数多の兵士で埋め尽くされていた。自国のお転婆な公女と、太公の右腕である将軍は師弟の関係でもある。その2人の試合となれば、兵達もここぞとばかりに聞きつけて、誰も集めていないのに既に大勢集まっている。

 アリーは何度も将軍の剣戟を槍で受け流すが、自身も攻撃を当てる事ができないでいた。アリーは袈裟斬りに打ち込まれた剣を槍で払い、そのまま突きにかかるがそれもかわされる。再度仕掛けられた剣戟をまた受け流すと、振り向きざまに槍の石付きで将兵の脇腹を突いた。
 しかし将兵はアリーの渾身の付きを受けながらも、すっと間合いを詰めた。あっという間にアリーは木の剣を首元に突きつけられてしまった。アリーは勢いのまま尻餅を着く。
アリーの目は自分の喉を狙う切先に注がれ、ひゅっと息を呑んだ。それと同時に、柵の外にひしめくギャラリーも息を詰めた。

「勝負あり、そこまで!」

 審判の声がかかった。集中の切れたアリーは思わず槍を取り落とすと、カランと乾いた音がした。それを合図に将軍も剣を下ろすと、張り詰めていた空気が一気に和らいだ。アリーはふうと息を吐いた。

「アリー様は、また腕を上げられた」
「ありがとう、マードック将軍。でもやっぱり貴方には勝てないわ」
「なんの、貴方様に勝ちをお譲りするにはまだ早いでしょう」

 マードックはアリーに手を差し出した。アリーが彼の手を取ると、将軍はぐいとアリーを引っ張り起こす。次いでアリーが落とした槍も拾うと、アリーに手渡した。

「ありがとう」
「喜んで」

 マードックは右手を自身の胸に当ててアリーに一礼する。そして、彼は柵を取り囲む兵士達をぐるりと見渡した。

「おい、終わりだ終わりだ!全員持ち場に戻れ!」

 将軍が吼えるや否や、兵士達は蜘蛛の子を散らすようにあっという間に解散した。けれど、柵の向こうからまだ声がする。練兵場にはややにつかわしくない、可愛らしい声だ。アリーは表情をらに明るくする。

「姉さんすごいや!次は勝てるよ!」
「ありがとう!ジョシュア!」

 振り返ると、アリーの弟のジョシュア、そして兄のクライヴが立っていた。彼の隣には彼らの友人であるジルがいて、アリーに手を振っている。そして、彼女の腕の中には子犬のトルガルが、気持ちよさそうな顔をして収まっていた。
 アリーは柵の外へ出ると木製の槍を荷物番の兵士に返した。そして自分の槍を受け取ると、それを背中の鞘に納める。それから一目散にアリーを出迎える三人と1匹に駆け寄った。

「大したものだ。俺がお前の年の頃、将軍相手に一太刀でも浴びせられただろうか」
「あんまり効いてかったけどね」

 クライヴは実力でナイトの称号を得た。そんな彼をどの兵も認めているし、アリーの憧れでもある。

「もし石付が尖っていたら、勝敗は変わっていたかもしれないな」

 とはいえ、真剣で戦っていたらアリーは死んでいる。もしも、は無しだとアリーは兄に抗議した。

「兄さんこそ、さっき将軍に勝ってたじゃない」

 アリーとの手合わせの前、マードックはクライヴとも試合をしていた。クライヴはマードックの重い一撃をまともに受けて、一度は伸びてしまった。しかし、気がついて直ぐに再開したの試合で、彼は初めてマードックに勝つ事が出来たのだった。

「マードック将軍はこのロザリアでも有数の剣士だ。そうそう勝てるものではないさ」
「そうだけど」

 悔しい、と頬を膨らませるアリーに、クライヴはよしよしと頭を撫でた。

「もう!子供扱いしないで。わたしもう12よ」
「大丈夫、まだ子供だよ」

 ますますむくれたアリーをからかうクライヴ、それをにこにこと眺めるジョシュアの兄弟は今日も仲が良い。それを見て、ジルは優しく微笑んだ。

「もしかして、クライヴよりも強くなれるかしら」

 ジルが期待を込めた瞳をアリーに向けた。けれどアリーは膨れた頬を元に戻し、残念そうに首を横に振る。

「まさか、力では絶対に勝てないもの」

 アリーがそう言うと、クライヴもそうだと頷ずく。

「アリーの槍術はあくまでも自衛だ。だから──」
「絶対に力技には持ち込まない。逃げる隙を作って逃げる事、でしょ」

 アリーはこの事をマードック、兄のクライヴ、そして彼女の父から常に口酸っぱく言い含められて来ている。
 アリーは自らの槍を掴むと、魔力を込めた。槍の口金に埋め込まれたクリスタルが煌めくと、ぼうっと炎が現れて槍のしのぎを包み込む。

「こんな時勢だから、と父上はこれを作って下さったけれど…実戦に使う機会が無いのに越したことはないものね」

 その時、周囲にいた人達が揃ってそれぞれの会話をやめた。各々がこれからこちらに向かってくる人物に対して、次々とお辞儀を始めた。
 アリー達もはっとして居住まいを正し、礼をする。アリー達の母・アナベラが侍女たちを引き連れて、練兵場までやって来たのである。

 アナベラはジョシュアの目の前に立ち止まり、大袈裟にため息をついた。

「ジョシュアったら、いけない子ね。また抜け出して」
「ごめんなさい…母上」
「貴方は身体が弱いのですから、部屋で大人しくいていなければいけないと何度言えばわかるのです」

 ジョシュアは俯いて、小さな手のひらをぎゅっと握りしめた。母親の言うことは最もだが、ずっと部屋に閉じこもっているのも退屈である。しかしその主張が認められていれば、黙って出て来るような事もしていない。
 ジョシュアはそれ以上何も言えないまま、黙ってしまった。母の気をジョシュアからそらせようと、クライヴが口を開いた。

「母上におかれましては、ご機嫌麗しゅう」

 クライヴの声に合わせて、ジルとアリーは母親に一礼した。しかし母親の態度はなべもなく、クライヴを人睨みするだけである。ジルに至っては視界にも入っていない。そんな母の態度とあからさまな敵意のある視線に、クライヴは堪らず目を背けた。

「さあ、ジョシュア。もうすぐお父様がお戻りになりますよ。お迎えに参りましょう」

 さあ、とアナベラジョシュアの手を引いた。動き出す準備のできていなかったジョシュアは、つんのめるようにして母親の後に続く。

「アリー、貴方も早くいらっしゃい」
「…はい、母上。ただいま」

 アリーそう言って、アリーも母親の後をついて行った。ジョシュアとアリーは申し訳なさそうな顔をして、残された2人を振り返る。
 クライヴもジルも浮かない顔をしていて、互いに顔を見合わせた。とはいえ、父親の帰還が知らされているのに、出迎えない訳にはいかない。彼らも少し離れて着いて行った。

2023/07/21
まだ気が収まらないから書いちゃうもんね!というわけで始まりました。短編の設定に毛が生えた。



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