12 ロザリア
カタカタと小気味良い音を規則的に立てて、一台の馬車が走っていた。アリーは朝一番にオリフレムを発ち、ロザリア方面へ向かっている。
7年前、アリーが身も心もボロボロになってロザリアから来た道を、今は反対方向に走っている。あの日は天気など気にする余裕もなかったが、今日の空は燦々と晴れて気持ちが良い。
アリーとディオンは未だ許嫁のままであった婚約した頃、アリーの年齢はヴァリスゼアでは一般的な時期であった。アナベラも早く世継ぎをとアリーを急かしていた。しかし婚約後の動きは、緩慢どころか最早忘れ去られているのではないかというほどである。アナベラがクライヴを産んだのが16歳の時の事だったと聞いて、アリーは拍子抜けしたくらいだ。
周りの者もアリーとディオンの婚約には好意的だった。二人が仲良くしていると「輿入れも近そうだ」などとよく噂になった。しかし何の動きも無くなった今、腫れ物に触れるかのようにその話題を誰も口にしなくなった。
とはいえ、アリーも今すぐに子供を産みたいわけでもない。それに、結婚してしまえば、槍の稽古もいよいよ禁止されるのではないかと、アリーは冷や冷やしていたくらいだ。
また、ディオンも相変わらず戦や魔物退治にに駆り出されて常に忙しい。数年前に聖竜騎士として叙任を受けて以来、格段に慌ただしくなった。
アリーはディオンとの婚姻に異存はない。ディオンの事は信頼しているし、もちろん嫌いではない。それが義務だと言うならば、きちんと果たす心算はある。
ただ、アリーはアナベラの思い通りになるのも癪であった。それで、急かされないのを良いことに、アリーは知らないふりを決め込んでずっと黙っている。
アリーは窓の外を眺めた。今頃ディオンは遠くの空を駆けているはずだ。もしかしたら、どこかでその姿が見えるのではないかと期待して、アリーはずっと空を見ている。だが、一向に姿が見える気配はない。アリーはまだバハムートを見た事がなかった。ディオンが顕現するのはたいてい戦地だが、アリーがそこへついて行くことはないからだ。
聖竜騎士たちによると、ディオンのバハムートの姿はそれはそれは勇壮で美しいという。自由に空を飛び回るのも、圧倒的な力を待って戦う様も、正に神の遣いのようだと誰もが口を揃えて興奮気味に話す。それを聞いたアリーは一度見てみたいのに、なかなかその機会は訪れない。
遠くの野原にチョコボがいる。伸びをしながら羽をパタパタと動かしているのが見えた。アリーはつい先日、ディオンやテランスの彼らのチョコボに乗った後ろ姿を見送ったばかりである。
戦地にいるはずのディオンだが、アリーがロザリアへ行く旨を何処からか聞きつけると、皇宮に残っている聖竜騎士団員の一人をアリーにつけてくれた。伝令があったと言って、その兵士が出発前にアリーの元へやってきたのだった。
皇宮にディオンやテランスがいないとアリーも張り合いが無い。今ではハルポクラテスの授業は一人で受ける事の方が多いし、槍の稽古でも他の竜騎士達はアリーに遠慮する。ディオンやテランスでないと、なかなか手合わせをしてくれる者はいない。それで暇を持て余していたところで、アリーは珍しくアナベラに呼び出された。いよいよ結婚するのかと思ったら、このロザリア行きの話であった。
アリーはアナベラとのやりとりを思い出して、大きくため息をついた。
「母上、お呼びでしょうか」
アリーが一礼すると、それまで紅茶を楽しんでいたアナベラが席を立ち、アリーの方へ歩いて来た。
「来週から一週間ほど、属領へ行ってもらいます」
「ロザリアですか」
「長年あの土地を総督府に任せています。たまには皇家の者が顔を見せれば、彼らの士気も上がるでしょう」
アナベラが神皇后に即位してからというもの、アナベラがロザリアを支配している。とはいえ、アナベラ自身が事件後ロザリアへ行ったことは一度も無い。報告を聞き、命令を出すだけである。
ザンブレクもロザリアも、もう何年も前から黒の一帯に国土を侵食されつつあった。至る所で土地が痩せ始め、作物の収穫量は減っている。だが、それにも関わらず税金は変わらない。
また、クリスタルの採掘量も年々減り、その配給量も減った。それはザンブレク本土よりも属領の方が顕著で、ロザリアの民の生活は苦しくなる一方である。
これまでも、ベアラーはクリスタルを介さずに魔法が使える事から奴隷として扱われてきた。しかし近年はベアラーでさえ足りなくなり、国が民から取り上げる事例が出始めている。
アナベラは元よりベアラーが嫌いだ。下賎の身の上でありながら、クリスタルを介さずに魔法を使える事が気に入らないからだ。そのアナベラの思想が、もともとザンブレクにあった「ベアラーを物として酷使して当たり前」という風潮をさらに加速させていた。
一方、アリーはそんな母親の政策が気に入らない。アリーの亡き父・エルウィンならしないであろう事ばかりを選んで進めるアナベラに、アリーは言いたい事はたくさんある。しかし、いくら親子でも、相手が神皇后では言えない事の方が増えてしまった。
ロザリアにも不敬罪は存在した。しかし彼の国にあったような気安さは皇国には感じられない。これもエルウィンの作り出した物の一つだったのだとアリーは身をもって知った。まるで分厚いガラスケースに入れられたようで、アリーは息苦しくてならなかった。
尚、悪政に関してはディオンの父である神皇もアナベラとさほど変わらない。ディオンもまた、アリーと同じように不満を抱えているが、やはり表立って反抗することはできないでいる。
アナベラは膨らみ始めた自身の腹を撫でた。愛おしそうに見つめる様は母親そのものだが、アナベラが思う通りの子供でないと愛さないのはアリーももう分かっている。アリーはどこか白けた気持ちでその様子を眺めていた。
だが、一方でアリーは内心期待もしていた。アナベラはアリーに今のロザリアの民の生活を見て来るように指示を出した。アナベラの言う「世界を統べるに相応しい子」のために、自らの悪政を振り返ろうとしているのではないか、と。そうしてアリーは、どのような形であれ再び故郷の地を踏む事になったのである。
アリーが物思いに耽っているうちに馬車が止まった。我に返ると同時に扉がノックされ、外にいた兵士がアリーに声をかけに来る。
「アリー様。失礼します」
「はい、どうぞ」
ディオンが付けてくれた竜騎士が扉を開けた。いつも端の方で遠慮がちに稽古しているアリーだが、彼との面識はある。知らない者ばかりに囲まれるよりも、よほど心強い。アリーはディオンの心遣いに感謝するばかりである。
「アリー様、本日はこちら宿でお休みください。お手をどうぞ」
と言って、竜騎士が手を差し出した。
「ありがとう、リチャード」
アリーはリチャードに手を預けると、ゆっくりと馬車から降りた。少し高く作られたその馬車は、ついにあまり背の伸びなかったアリーには少々高い。乗り降りする度に台を置いてはくれるが──今のように丈の長いドレスを着ている時は特に──こうして誰かの手を借りないと、乗り降りするのも一手間であった。
アリーは周りの風景をぐるりと見渡した。遠くにそびえる山の形、そこかしこに立つ木々、それに生い茂る葉の色、そよぐ風、その匂い。アリーの周りにある全てが懐かしかった。アリーは一息でも漏らすまいと、肺一杯に大きく息を吸い込んだ。
その宿は高台にあった。天気にも恵まれ、見晴らしも良く、見るもの全てが美しい。しかし遠くに見えるロザリス城を見つけると、アリーは途端に恐ろしくなってしまった。
あの日から、ロザリアはロザリアでなくなった。アナベラの息のかかったロザリスは、きっとアリーが知る土地ではなくなっている。それに、アリーの愛した人達は、とっくにいなくなってしまった。
ロザリスはたくさんの思い出が詰まった場所である。それだけにアリー思い出すのが辛かった。
アリーが宿の前に立つと、宿の者が勢揃いで出迎えた。揃ってお辞儀する従業員達に、アリーも礼を返してゆく。
「アリー様、お待ちしておりました。金の厩の主人、マーサと申します」
「ありがとう、マーサ、皆さん」
マーサの先導で一行は宿に入った。用意された部屋に入ると、アリーはベッドに突っ伏した。朝から晩まで丸一日馬車に揺られていたのだ。既に疲れ切っていて、そのまま寝てしまいたくなる。
せめて着替えだけでもなどと考えたが、考えただけでアリーは既に半分夢の中である。わずかな抵抗も虚しく、アリーはそのまま眠ってしまった。
2023/08/11
FF初代竜騎士の名前を拝借。その当時は飛龍を飼い慣らして騎乗して戦ってたらしい。(という設定だが、登場時には既に彼以外の竜騎士は飛龍も含めて全滅。竜騎士ってどうも薄幸な感じだな)ちなみに、FF2の歴史上の最初の竜騎士の名前はハーンらしい。
英語版だとマーサの宿の屋号がGolden Stablesになっているそうな。直訳すると金の厩舎。ということで反映。
アナベラの年齢は今のところ公式設定がないようですが、中世では平均出産年齢が16歳だったとか。日本でも少なくとも明治に入るからまでは似たようなものだったようです。だいたい10代前半くらいまでに結婚していたとか。なので、この世界でもそういうことにしておいてます。よって、ヒロインちゃんは充分に行き遅れている。
貴族でも未婚の女性はいたようですが、王室にいるような高貴な身の上でこんな事はなかなか無かったのではないかと思われる。世継ぎを求められていたわけで、特に血が重んじられるならなおさら。なのでこれは異常事態です。きっとアナベラが何かに気づいてしまった。
FF-D D+S New!夢物語
- 12 -
previous * next
しおりを挟む
MODORU