19 バハムート
「へえ、確かに」
コインの入った皮袋を捧げ持ち、頭を下げると商人は大事そうにそれを懐に納めた。彼の襟元には、アリーがマーサから受け取ったブローチと同じものが付いている。
「ご苦労様」
アリーがそう言うと、ロストウイングからやって来た商人は恭しく礼をする。アリーはそのワイン商から2本のボトルを買った。それをいそいそと自室に運ぶ。
部屋に戻るとアリーは早速一本栓を抜き、中から器用に紙を取り出した。折り畳まれたその紙はマーサからの手紙である。イーストプールのベアラー達をシドが保護した旨の報告を、マーサが送って来たのだ。
村長が預かっていたベアラーのうち、何人かのベアラーはイーストプールに残ったと書かれてある。「エルウィンがいつか迎えに来るはずだ」と言って頑なに動こうとしない老人と、その親族が数人残ったと言う事だった。その他の者はシドが引き取り、今後はシドの隠れ家で自由に暮らしていく。
マーサは宿場で言っていた通り、ロストウイングという小さな村を経由してアリーに連絡を寄越してきた。その村の長もまた、マーサのようにシドとは協力関係にある。そこは小さな村ながら、知る人ぞ知る高級ワインの生産地でもあった。
アリーは読み終わった手紙を暖炉に焚べた。腰に下げたクリスタルを取り出し、手紙に火を付ける。紙はたちまち灰に変わって、証拠は消えた。残った空き瓶はまた商人へ返すことになっている。
アリーとマーサとのやりとりは今日が2回目だ。1回目は手紙が届くかの確認をし、そして今日の報告である。
アリーも代金として商人に渡した袋の中に、運んできた者への駄賃と、ついでに買ったワインの代金、マーサへの手紙、イーストプールへの寄付金、そしてマーサと共同でベアラーを保護している修道院への寄付金をそれぞれ入れていた。
アリーの心は複雑であった。マーサとの繋がりや、やり取りはディオンにも言っていない。反逆と言ってもおかしくない事をしているのだと思うと、アリーは恐ろしかった。しかしロザリアの現状を見てしまうと、何もしないでは居られない。
アリーは暗くなった気分を振り払うように大きく息を吐いた。藍色の上着を手に取り、広げる。これから一人で遠乗りに行くのだ。
一人で、といっても、親衛兵が二人ついてくることになっている。本当ならディオンとテランスと共に行く予定だったが、二人とも魔物退治に駆り出されてしまった。朝早くに出て行って、既に皇宮にはいない。
アリーは上着に袖を通し、愛用の槍を背中の鞘に納めた。長く伸びた髪は結い上げて、上着と同じ色の帽子を被る。
アリーはチョコボで野原を駆けた。親衛兵達をも撒いてしまいそうなほど走ると、いつのまにか皇宮も見えなくなった。
どのくらい走っただろう。アリーはチョコボを止めて辺りを見渡した。何も無い原っぱの向こうに鬱蒼と茂る森が見える。そうするうちに親衛兵の一人が追いついて、アリーに進言した。
「アリー様、ここより先は進まれない方がよろしいかと。近頃凶悪な魔物が出るとの報告がございます」
「この先はグレートウッドだったかしら…少し進みすぎたかもしれないわね」
アリーは遠くで広がる森を眺めた。青々とした木々は傍目には美しい。昔はハイキングもできるような土地だったが、近年そこに近づく者は少ない。
黒の一帯が迫って来た事により、周辺の魔物も追いやられつつある。それで時折、その森に魔物が出るようになった。だが、中には凶悪な魔物もいて、そうなると一般市民の手には負えない。それでディオンに討伐の命が下ったというわけである。
「ディオン殿下は、あの森で魔物の討伐をなさっているのかしら」
「ええ、そのはずですよ」
アリーが心配そうにそう言うが、親衛兵は心配無用だと笑った。
「殿下はバハムートの力をお持ちです。それに、顕現されずとも十分にお強い。ご心配なさらずとも、きっとご無事です」
と、もう一人の親衛兵も追いついて来るなりそう言った。
アリーはそれでも気になるが、アリーがいたとろで邪魔になるだけである。3人揃った所で引き返そうとしていると、森が騒めくように揺れた。すると、何かの鳴き声のような音が聞こえる。アリーは森を振り返った。
突然、強い光が森から放たれる。アリーがそれに驚いていると、次の瞬間には大きなドラゴンが森の上に浮いていた。
銀色に輝くドラゴンは、大きな翼を空一杯に広げる。その姿は誰もが言っていたに、勇壮で美しかった。
「おお、殿下だ」
親衛兵の一人がそう言うと、もう一人も空を見上げた。
「アリー様、ディオン様がいらっしゃいましたよ。バハムートに顕現されています」
アリーはもう一度空を見上げた。初めて見る、ディオンのもう一つの姿だ。光輝く立派な体躯は神々しさすら感じる。グエリゴールの民がディオンを崇拝して止まないのが、今ならよく分かる気がした。
ザンブレクは古くからドラゴンを神の使いとして大事にしてきた。野生のドラゴンも子飼いとして手なづけて、戦闘要員にまでしてしまうくらいだ。ドラゴンがグエリゴールの遣いなら、バハムートであるディオンは神そのものなのかもしれない。実際に、バハムートはザンブレクの象徴とされている。
バハムートの力でだけでも十分に尊敬を集めるのだが、ディオンの真っ直ぐな国や民への献身は揺るがない。実力も国内随一である。それらが民にも伝わり、ディオンは名実共にザンブレクの英雄である。
また、ディオンが団長として率いる聖竜騎士団の者たちも、ディオンの配下である事が誇りであった。彼らはディオンを崇めていると言っても過言ではない。
バハムートは地上に向けて無数の光の弾を放った。それと同時に魔物の断末魔が聞こえると、バハムートは飛び上がった。それを追うようにさらに大きな魔物も飛び立った。何匹かがバハムートを追って一塊になった所で、バハムートは今度は太いレーザーを口から放って追って来た魔物を一掃する。
人智を超える力を目の当たりにしたアリーは、腰を抜かしそうな程驚いた。仮にこんな力を持った敵が戦場にいれば、生きて帰れる気がしない。アリーはディオンを敵に回すなど考えた事も無かったが、先日のディオンの落ち込みようにも合点がいった。だが、アリーは同時に別の事も考えた。もしもディオンがクーデターを起こしたら、きっとうまく行くのではないか、と。
父を愛して止まないディオンが謀反を起こすとはとても思えない。けれど、もしもアリーが彼も同じ力を持っていたら、もう既にやっていたかもしれない。そこまで考えてアリーははっとした。不謹慎だとアリーは即座にその考えを打ち消す事にした。
とはいえ、顕現しなくともディオンが国一番の騎士である事は、誰もが認めるところである。子供の頃から地道に稽古を続けた努力家は、英雄だと持て囃される今も自分に厳しい。ドミナントの力に甘んじる事は決してなかった。
「もう少し離れましょう」
アリーは後ろにいた二人を振り返った。すっかり移動しそびれてしまった事にようやく気がついたのだ。
「は、それが宜しいかと」
二人の親衛兵はそう返事したものの、一人が空を見上げた。
「アリー様、ご覧ください」
「え?」
アリーのすぐ後ろに、バハムートに顕現したままのディオンが来ていた。アリーはチョコボから降りて、バハムートの浮いている場所へ歩いてゆく。
「アリー、来ていたのか」
バハムートはそう言うとゆっくりと降下した。アリーの目の前に降り立つと、頭をアリーに擦り付ける。さながら犬が飼い主に甘えているようだ。こんなにも勇猛なのに、何故だかとても可愛らしい。アリーは吸い寄せられるように手を出して頭を撫でてみると、バハムートは目を細めてとても気持ち良さそうにしていた。
幾度か撫でているうちに、アリーは手にぬるりとした感触するのに気が付いた。これはなんだろうと思っていると、彼女に付いていた親衛兵もやって来た。
「ディオン様、ご無事で」
親衛兵の二人がチョコボから降りて、ザンブレク式の敬礼でディオンを迎えた。一方、アリーは手のひらについた物を見て蒼白になっていた。バハムートの頭に顔を寄せる。
「ディオン、怪我をしているの?」
アリーが小声で聞くと、ディオンは顕現を解いて人の姿に戻った。彼は頭から血を流している。
「ディオン様が、お怪我を召しているわ。早く、早く手当てを」
アリーは後ろに控えていた親衛兵を振り返った。二人もディオンの怪我に気がつくと、一人が慌ててチョコボに積んだ薬箱を取りに走った。もう一人はディオンに駆け寄って、怪我の具合を確かめる。
「大丈夫だ、アリー。このくらいどうと言う事はない。それよりも、そなたらは大事ないか」
と、言ってアリーや親衛兵に怪我が無いのを確認すると、ディオンはホッと息をついた。
ディオンの白いシャツや鎧に血が滴っている。アリーはディオンをその場に座らせ、親衛兵が持って来た布巾をディオンの傷口に当てた。
「申し訳ありません。わたし達がここにいたから、来てくださったのでしょう?」
アリーは泣きそうな顔でそう言って、ひどく落ち込んだ。十分に距離は取ったつもりだったが、甘かった。召喚獣も、彼が相手にしていた魔物も、アリーの想像していたスケールを遥かに上回っていた。
「構わぬ。魔物は全て片付けたし、あなたが巻き込まれていなければそれで良い」
ディオンは穏やかに微笑むと、アリーの目から溢れた涙を指で拭う。
「まさかこんな所で出迎えてくれるとは意外だったぞ」
そう言ってディオンは笑った。するとディオンが来た方向からザンブレク兵が数人走って来た。彼らはぜいぜいと息を切らせながらザンブレク式の敬礼をした。
「殿下!ご無事ですか?!お怪我はいかがです」
「すまぬ。勝手をした」
ディオンは予定していた着々地点よりも大幅に場所を変えて着陸していた。
「ごめんなさい、わたしがこんな所にいたから…皆さんは無事かしら」
アリーが謝ると、兵士たちはアリーにも敬礼した。
「は!大事ありません。ですが、殿下が我らを庇ってお怪我を…」
「構わぬ。余が防がねば全滅していたやもしれぬ。だか魔物は滅した。全隊帰営し、帰還準備をせよ」
ディオンはそう言うと、兵士たちは敬礼した。
「承知しました」
そう言って一人の兵が元来た方向へまた走って行った。
残りの兵士は親衛兵達とディオンの手当てをする。ディオンは頭だけでなく、背中も傷だらけであった。応急処置をしている間に、別の兵士がチョコボをを引いてディオンを迎えに来た。
「ではアリー、明日には帰る」
去っていくディオンは、傷だらけである割に足取りも確かだ。アリーは何度目かわからないほどほっとした。
ディオンもいつかは石化の呪いの憂き目に遭う。バハムートの威光の代償は決して小さく無い。しかしそれをディオンは国や民、敬愛する父のために惜しげもなく使っている。そのくらいの知識はアリーにもあった。
しかし、いざ目の当たりにすると、アリーは恐ろしくなった。いずれディオンも石になるのだろうと思うと、恐ろしくてたまらなくなってしまった。
2023/08/25
自己犠牲の鬼。出生の秘密とかたぶん元々真面目で誠実な人柄で、それが自分を縛り付けてるところはあるよな、と。高貴な生まれではないからこその努力だったんだろうし、それができる人=素晴らしい統治者だと思うのだがなあ。
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