20 いつもの口上
アリーはコンコンと扉をノックした。いつもなら名乗ると大抵テランスが開けてくれるのだが、今日は少し違った。
「入ってくれ。開いている」
代わりに部屋の主からの返事を聞くと、アリーは扉を開いて中へ入った。
ディオンはベッドの上で身体を起こし、本を読んでいた。アリーが部屋に入ったのを見ると、彼はその本を閉じると窓際のサイドボードに置いた。アリーが自身の近くにやって来るのを待っている。
陽の光を受けて、本に挟んだ金属製のしおりがキラキラ光る。開け放した窓から柔らかくそよぐ風が、ディオンの金髪を揺らして行った。
「お加減はどう?ディオン」
「傷はベアラーが癒しの魔法で治してくれたよ」
魔法で治ったといっても、表面が繋がっただけである。すぐに完治するわけではなく、ディオンはしばらくの静養が必要であった。
アリーは、本がある方とはベッドを挟んで反対側のサイドボードの前に立ち止まった。お見舞いにと持って来た色とりどりの花の入った花瓶をそこに置く。細長い花瓶には、これでもかと言うほど花がぎっしり詰まっていた。
「どうぞ。少しでも気持ちが明るくなればいいのだけれど」
「ありがとう。ああ、良い香りだ」
すうと息を吸い込んでディオンは笑った。物の少ない部屋は殺風景なくらいだが、アリーが差し入れた花々によって幾らか華やいだ。
「さっき庭園で分けてもらって来たの。ディオンのお見舞いにって言ったら、皆さん奮発してくれたのよ」
アリーが側に置いてあった椅子に座った時、再び部屋の扉が開いた。席を外していたテランスが戻って来たのだ。
「失礼します──おや、アリー様。いらしていたのですね」
テランスは水差しを運びながら歩いてくるとアリーに一礼した。
「ご機嫌麗しゅうございますか、アリー様」
「ご機嫌よう、テランス」
テランスは抱えていた水差しとカップの載ったトレーをサイドボードに置いた。本が濡れないように端へやると、持ってきたカップに水を注ぐ。
「お待たせしました、ディオン様」
ディオンはそれを受け取ると、ごくごくと美味しそうに飲み干した。
「ああ、うまかった。ありがとう」
「何なりと」
テランスはカップを受け取るともう一度水を注ぎ、蓋をする。そして彼はその場で跪いてディオンに声をかけた。
「では、ディオン様。私はこれから聖竜騎士団へ顔を出してきます」
「ならば余も行こう」
ディオンがベッドから出ようとすると、テランスが慌てて立ち上がった。ディオンの動きを阻止するように立ち塞がるので、ディオンは立ち上がる事すらできない。ディオンは不服そうにテランスを見上げた。
「ディオン様、なりません」
テランスはもう一度ディオンに跪いた。ディオンを見上げて懇願するような表情でじっと見つめる。テランスに子犬のような顔をされると、ディオンは強く出られない。それをテランスはよく理解している。
子供の頃からそうしていたように、テランスはディオンの額に自らの額を付けた。彼らの暗黙の合図のようなもので、大切な話になると、どちらからともなくこうする事が習慣になっていた。本来なら2人だけの時にしかしない事だった筈なのだが、いつのまにかそこにアリーも含まれるようになっていた。
「傷は深かったのですよ。魔法で表面が治っただけだと、御殿医殿も仰っていたでしょう。くれぐれも出歩かれる事のありませんように」
テランスが釘を刺すと、ディオンは頬を膨らませる。
「そのくらい、余も分かっているぞ。親衛兵殿」
最近になって、テランスは竜騎士団と親衛兵団を兼任するようになった。ディオンの護衛として働けるようにと剣術をも修め、その際にテランスは武器を槍から剣に持ち替えた。
テランスもまた手練れの聖竜騎士だが、彼は惜しげもなく槍を手放した。ディオンのためならばと何でもしてしまうテランスは潔く、その分より強い。他の騎士たちも感じるものはアリーと同じで、テランスを中流貴族の出身だからと蔑むものは誰もいない。彼もまた努力の人である。若くしてどんどん出世するテランスは、むしろ尊敬を集めるくらいであった。
「お分かり頂けて良かったです。本当に、御身をお労りください。流石に昨日は肝が冷えました」
テランスにそう言われると、ディオンはしゅんとしてしまった。すごすごとベッドに入り座り直すディオンだが、心配される事がどこか嬉しそうでもある。対するテランスもやれやれと言わんばかりの表情だが、ディオンを見守る瞳はとても暖かだった。
「それから、アリー様もです」
アリーはびくりと肩を揺らす。テランスの小言が自分にも降って来るとは思ってはおらず、アリーは油断していた。
「恐れながら、私は昨日、寿命も縮みました。なぜあんな所にいらしたのです。もしもあの時魔物に狙われていたら、大怪我では済みませんでしたよ」
「ごめんなさい。返す言葉もないわ」
「アリー様に何かあったら、ディオン様が悲しまれます。もちろん、私だって」
テランスの心配そうな顔は、やはり子犬のようだ。この表情をされるとやはり嫌だとは言えなくなってしまうなどと思いながら、アリーは素直にもうしないと約束した。
テランスはアリーとディオンにそれぞれ釘を刺すと、今度こそ部屋を出て行った。
「それにしても、あなたはなぜあんな所に?」
ディオンはアリーに尋ねた。
「チョコボで夢中で走ってたら、走り過ぎたの。引き返そうとした時にあなたが戦っているのが見えて、結局そのまま最後まで見てしまった」
ディオンはそうか、と言ってアリーから視線を外した。つい先ほどまで嬉しそうだったのに、どう言うわけか今は浮かない顔をしている。
「ごめんなさい、迂闊だったわ。邪魔をしたいわけではなかったのに」
アリーは申し訳なさでいっぱいである。しかしディオンは目を逸らしたままだ。彼は意を決するように、もう一度口を開いた。
「アリー、あなたは…」
「なあに?」
アリーはそう言うと、椅子を動かしてディオンに近づいた。身を乗り出してディオンを見るが、彼はアリーと目を合わせようとはしない。むしろ必死で目を逸らしている。
「私が、怖いか」
ディオンはようやくそう言うと、固く組んだ自分の手をじっと見つめた。
「いいえ、怖くないわ。どうして?」
アリーが不思議そうに言うと、ディオンはようやく顔を上げた。アリーはにっこり笑っている。
「あんな力を使うのだ。化け物のようだとは、思わないのか」
そう言って、ディオンは悲しい顔をする。いつも勇ましく自信溢れる彼にもこんな顔があったのかと、アリーは驚いた。テランスが忠犬なら、今のディオンは捨てられた子犬である。
「全然思わないわ。だって、ディオンだもの。あなたはその力で無闇に誰かを襲うような事、絶対しないでしょう。誰よりも色んなものを守っている人なのに」
ディオンの固かった表情は、みるみる緩んでゆく。
「それよりも心配したわ。いつか、その…石になってしまうかもしれないんでしょう」
アリーはディオンの手に自分の手を重ねた。まだ人の肌をしていることにホッとする。しかし、それと同時にアリーは今になってディオンの口から「化け物」という言葉が出たのを思い出した。
アリーは思わず立ち上がる。ディオンにこんな顔をさせたのは、きっと誰かに化け物と言われ事があったのだろうと思いあたった。すると今度は俄かに腹が立って来た。
「ねえ、それよりも。化け物なんて誰が言ったの?
義姉さんがロザリア式魔法槍術で串刺しにしてくるから、どこのどいつか言ってちょうだい」
今にも討ち取りに行きそうな勢いのアリーに、ディオンは目を丸くした。そして笑みも溢れた。ディオンは嬉しかったのだが、それよりも更に可笑しくもあった。
もしもその気があるのなら、ディオンが自分で討ち取る方が話は早い。アリーもそれをわかって姉さん風を吹かせているのだと思ったが、案外本気かもしれないとディオンは考えた。だとすると、ディオンが笑っていると知れると、アリーは更に怒り出すだろう。それがなんとも可笑しくて、ディオンは今にもゲラゲラと大笑いしそうだ。とはいえ、本当に笑うわけにはいかないと、今は抑えることにした。
「返り討ちにだけは遭わぬように頼む」
ディオンはカラッと笑いながらそう言った。
「ああっ!酷い!」
今度はアリーが頬を膨らませる番だった。
やはり、怒った。ディオンはますます可笑しくなる。必死で抑えていたものの、堪えきれずに遂に声に出して笑ってしまった。
「ははは…ああ、すまぬ。あなたが並の男よりも強いのはわかっているのだ。ただ、」
ディオンは笑いを収めて、いつもの至極真面目な顔つきに戻った。
「それも、明確なルールと手元にクリスタルの槍があってこそ。アリーは女性だ。力で男に勝てるとは思わぬ方が良い。けれど、あなたの技量なら、逃げるための機は十分に作れる」
ディオンはまっすぐにアリーを見つめる。すると、アリーの目ははみるみるうちに涙で溢れてしまった。
途端にディオンはオロオロし始めた。まさか泣かせるつもりはなかったのだ。どうしたものかと頭をフル回転させ始める。
「す、すまぬ。言葉が悪かっただろうか。しかし己の技量はきちんと見極めぬと──」
アリーは頭を振った。
「ううん、違うの。そうじゃないの、ディオン」
アリーは涙を拭いながら笑った。アリーの表情の忙しさに、ディオンはポカンとしている。
「昔、父上にも兄にも、将軍にも──師匠だった人なのだけれど、毎日のように同じ事を言われていたのを思い出したの」
ディオンは未だアリーの言いたい事が良くわからない。アリーの次の言葉を待っている。
「あの時も、心配されているのは分かっていたつもりだったの。でもね、今ディオンに同じ事を言われて、すごく実感したの」
アリーはそう言うと、もう一度涙を拭った。もう一度椅子に座り直す。
「同じ事を言って心配してくれる人がここにもいるなんて、ここに来た時は考えもしなかった」
ディオンは指でアリーの涙を拭ってやると、衝動時にアリーを掻き抱いた。
「それは、心配する。テランスも言っていただろう」
ディオンはアリーを抱きしめたまま力を込めた。こうして捕まえておかないと、本当に斬り込んでいくのではないかと思った。
アリーは顔を上げてディオンを見つめる。
「竜騎士団の皆が、いつもバハムートを褒め称えてるの。美しいとか勇壮だとかって、本当に飽きるほどよく聞くの。だから実はずっと見てみたかったのだけれど、その話が本当だとわかって嬉しいわ」
「そうか」
ディオンはアリーの頬に手を添えた。ゆっくりと顔を近づける。
「ならば、もっと近くで見てみるか」
あと少しで唇が触れ合うという時に、また部屋の扉がノックされた。二人同時に扉の方へ顔を向くと、テランスが入って来るところだった。
「失礼します、ディオンさ──」
用事を終えたテランスが現れると、二人は慌てて距離を戻した。テランスの働きにより、二人の心臓はドキドキと余計に激しく動いている。
一方、テランスも瞬時に全てを悟った。一瞬固まった後、出直して来ますと言い残して彼はすぐに部屋を出て行ってしまった。
テランスがいた方を向いたまま固まってしまったアリーの顔に手を添えてらディオンは自分の方へ向かせる。手のひらで頬を包むと、再びアリーと目を合わせた。
「仕切り直しだ」
そう言って、ディオンは今度こそアリーに口付けた。
2023/08/27
テランスは間の悪い男、なんてことは絶対にないと思う。彼は全てを完璧にこなす男である。
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