21 束の間の
アリーは一人でベアラー兵の兵舎の中を歩いていた。そこにいる一人一人の顔を確認しながら歩くが、探し他人はまだ見つからない。
来た道を振り返る。クリスタルの明かりが柔らかい。アリーは目深に被ったフードを深く被り直した。
アリーとマーサの秘密のやり取りはいつの間にか6年続いていた。アリーは今もシドの隠れ家やイーストプールに、マーサを通じてこっそり支援を続けている。ロストウイングのワインはディオンやテランスにも好評で、時折彼らと共に楽しんでいた。
最近届いたマーサからの手紙に、アリーは僅かな希望を見た。クライヴ生存の噂について書かれていたからだ。マーサ曰く信憑性も出所もわからないという事だが、捨て置くこともできず、手紙に書く事にしたと書いてあった。
根も葉もないただの噂の可能性は十分にある。突き止めたところで、他人が成りすましているかも知れない。それはそれで成敗してやる、とアリーは意気込んでいるが、もしも本人に会えたならならどんなに嬉しいだろう。そうしてアリーは独自に調査を始めたのだった。
そんな時、アリーは別の噂も聞きつけた。
アリーが一人で素振りをしている時だった。側を通り過ぎた聖竜騎士団が、何やら噂話で盛り上がっている。アリーが何となく聞いていると、何でも暗殺部隊のベアラー兵の中に一際剣の腕の立つ者がいるらしいという。しかも、そのベアラーが火の魔法を扱うと聞いてしまった。
クライヴはフェニックスの祝福を受けている。それはただの人であった者が、火の魔法を授かるという事だ。アリーはいても立ってもいられずに足早に立ち去ると、ベアラー兵舎へ向かったのだった。
とはいえ、アナベラに知られると碌なことにならない、というのはアリーも学習している。それでフードを被って顔を隠し、番兵に小銭を握らせて、こうしてこっそり歩いているのである。
暗殺部隊の隊員はそれほど大勢いるわけではない。すぐに最後の区画までやってくると、アリーは見覚えのあるシルエットを見つけた。その男の座り方や姿は、亡き父とそっくりだ。見紛うわけがない。アリーが立ち尽くしていると、その男もアリーに気がついた。彼がすぐさま駆け寄って来ると、やはりいつかの父親によく似た顔をしている。
「まさか、アリーなのか」
震えて掠れていても、そう言う声は紛れもなくクライヴの声だった。周りに漏れないようにこそこそと話す。だが、クリスタルの檻が二人を隔てている。
「兄さん…ああ、本当に会えるなんて」
互いに檻から必死で手を出して手を握り合う。クライヴの手のひらの剣ダコも昔のままの位置にあった。確かに兄はそこにいる。しかし、よく見ればクライヴの左頬には大きく刻印がされていた。薄暗い中でも、近くによればはっきりと分かる。
アリーがクライヴの印に釘付けになっていると、クライヴは左手で頬をさっと隠した。
「兄さん、どうして…まさか、祝福のせいなの?」
アリーはクライヴがせっかく生きていたのに、こんな扱いを受けている事に衝撃をうけている。かつては太公家の嫡男だったのだ。到底納得できない。
「猊下の露払いだそうだ」
唖然とするアリーの肩をクライヴは格子越しにポンポンと軽く叩いた。
今更どうにもならないと格子を睨む表情は、生きているのに亡霊のようだ。会えて嬉しいとクライヴはアリーに笑って見せるが、その笑顔はどこかぎこちない。彼は妹を心配させまいとしているのだが、笑い方を忘れてしまったような顔つきはより悲壮感を生んだ。
「俺もアリーが元気そうで嬉しいよ。だが…」
クライヴはすぐに笑みを消した。険しい顔つきになると、ますます凄みが増す。これまでの人生が馴染み出るようだ。
クライヴの顔つきは陰鬱で、表情に乏しかった。アリーも兄が自分の身を心配しているのは分かるし、それこそ兄そのものだ。しかし昔のクライヴとはまるで別人のようで、アリーは困惑している。あんなにも好青年だったのに、どんな経験をしてきたらこんなにも虚な表情になるのだろう。アリーはひたすら悲しかった。
「お前はここにいてはいけない。俺が生きてここにいる事を知ったら消されるぞ。
母上はそういう人だ」
再会を喜ぶものの、クライヴはアリーに早く帰れと言った。クライヴなりに心配しているのだが、アリーもようやく会えたのにこんなにもすぐに返されるとは思っていない。もう少し、と食い下がる。
「ジョュアも、死んだと聞いていたけれど…」
涙をこぼすと、アリーは檻をより強く握りしめる。
「あの日、火のドミナントがもう一人現れた」
「…え?」
アリーが驚いて俯いていた顔を上げた。本来なら、火のドミナントはフェニックスたるジョシュア一人のはずだった。それがもう一体、別の火の召喚獣が現れた。それがフェニックスに顕現したジョシュアを殺してしまったとクライヴは言う。
「謎の2体目、それがジョュアの仇だ。俺は、そいつを殺す事だけを考えてこれまで生きて来た」
とはいえ、ここに囚われたままでは思うように行動できない。ベアラー同士で互いに監視し合い、抜け出すことすら儘ならない。仮に抜け出したところで、見つかれば極刑と決まっている。正にがんじからめである。しかしクライヴはそれでも、敵討だけのためだけに今日まで死なずにいた。
アリーは確かに兄を見つけた。だが、もう昔のようには戻れない。それだけは分かった。
「さあ、アリー。お前はここにいてはいけない」
格子を握りしめたまま俯いて動けなくなったアリーの手に、クライヴは自身の手を重ねた。その手の優しさは昔と変わらないのに、現実がそれを許さない。
「兄さん、でも──」
「俺だって、アリーともっと話をしていたいさ。けれど、俺はもう直ぐ任務に出なければならない。檻を開けに来る奴に見つかる前に帰るんだ」
「…うん」
そうは言ったものの、アリーは足を動かす事ができなかった。後髪引かれる思い、どころではない。
「アリー」
クライヴはアリーに前を向かせた。しっかり互いの顔を見て、クライヴは話し始める。
「お前と第一皇子との婚約の事は聞いている。だが、その後の動きが無いのは、何らかの問題ができたのだろう。恐らく、あの方にとって何か不都合な何かが」
それで延期になっているのなら、なおさら危ないのではないかとクライヴは言う。結婚の事はアリーも都合がよいので放っていたが、言われてみればそうなのだ。世継ぎは要らないと言われているような物である。それどころか、今は第二皇子のオリヴィエまでいる。彼こそがアナベラの言う「世界を統べるに相応しい子」であり、彼の誕生によりアリーやディオンの存在自体を疎まれ始めている可能性をクライヴは指摘していた。
皇位継承争いはいつだって骨肉の争いになる。今の所はディオンが第一皇子であり、皇位継承権第一位ではある。だが、アナベラがなんとしてもオリヴィエに継がせたいと考えて不思議はない。そうであるならば、その争いはアリーの知らぬうちに、既に始まっているかもしれないのだ。
連子であるアリーには皇位継承権はないが、決して無関係ではない。皇位がオリヴィエに移った場合、アリーやディオンの立場はどうなるのだろうか。
「付け込ませる理由を作ってはいけないんだ、アリー。お前は生きろ。俺や、ジョシュアの分まで生きるんだ」
クライヴは必死でアリーを説得する。宥めるように、そして悲しそうに、アリーの名を呼んだ。
「頼む…」
最後にそう言うと、クライヴはアリーの手を離した。思い詰めて泣きそうな顔をして、アリーを見つめる。
「ありがとう、兄さん」
それだけ言うと、アリーは涙で言葉にならなかった。泣く泣く去って行くアリーを、クライヴは歯を食いしばって見送った。
2023/08/28
短編の設定も剛毛になってきた。
FF-D D+S New!夢物語
- 21 -
previous * next
しおりを挟む
MODORU