22 どうしよう
クライヴと再会してからの数日、アリーは抜け殻のように過ごした。クライヴの事で頭がいっぱいで、何をやっても身が入らない。
どうすればクライヴを助けられるだろう、そのためには何が必要だろう、そもそもどういう経緯でベアラーになってしまったのか。疑問は尽きない。そして、上手い作戦も思いつかなかった。
ベアラーの暗殺部隊は、皇家付きの部隊である。とはいえ、そこまでわかったところで、アリーが簡単に手を出せるような組織ではない。
アリーの手から練習用の槍が落ちた。アリーははっと我に返り、テランスと稽古をしていた事を思い出す。そこへディオンが止めに入った。
「アリー。今日はもう止めだ」
テランスは既に攻める手を止めている。叩き落とされたばかりの木製の槍が、アリーの足元に転がっていた。
「ごめんなさい。ディオン、テランス」
アリーは槍を拾い上げると、二人を振り返る。テランスは構えていた木剣を下ろし、心配気にアリーを見た。
「お顔色が優れないようですね」
テランスがそう言うと、今度はディオンも手のひらでアリーの額に触れた。
「うむ、熱は無いようだな。しかし体調が悪いなら今日はもう休んだ方が良い」
「ええ…そうね。せっかく時間を作ってくれたのに、ごめんなさい」
アリーが申し訳なさそうな顔をすると、テランスはとんでもないと首を横に振る。
「どうぞお大事になさってください。手合わせはその後でもできますから」
「ありがとう。じゃあ、部屋に戻るわ」
そう言ってアリーは槍を掴んだままフラフラと歩き出した。しかし帰り道とは逆である。槍も稽古を終えたら返却する事になっているが、アリーは気もそぞろだ。
「アリー?どこへ行く。反対向きではないのか」
「え?…あ」
ディオンはアリーを呼び止めると、アリーの持つ槍をつかんだ。それを取り上げると、そのままアリーを抱き上げて歩き始める。
「…ディオン?わたし、歩けるわ」
アリーは驚いてディオンを止めようとする。しかしディオンとてアリーの力くらいではびくともしない。
「何を言う。足下がおぼつかぬ上に、気もそぞろでは無いか」
はっきり言い切られるとアリーはぐうの音もでない。心ここに在らずである自覚はある。
「部屋まで送ろう。危なくて見ておれぬ」
ディオンは大股で歩きながら話した。彼は本当にこのままアリーを部屋まで運ぶつもりだ。
「どうしたというのだ。何かあったのか?」
何かあったかと問われれば、大ありである。アリーはディオンを見ると、こくんと頷いた。
「テランス」
「はい、ディオン様」
ディオンは彼のやや後ろを歩くテランスに声をかけた。
「人払いを」
「は、直ちに」
テランスは足早に練兵場を去って行き、一足先にアリーの部屋へ向かった。
アリーの部屋へ着いた後、アリーはディオンにクライヴの事と、クライヴに言われたことを話した。ディオンは何とも言えない渋い顔をする。
クライヴは太公家の嫡男として生まれながら、奴隷の身分にまで零落した。それも実母によってそう取り計らわれたとなれば、とんでもない話である。
「酷い話だ。しかしなぜ、兄御はベアラーに」
「兄はフェニックスの祝福を受けていたから、それで火の魔法が使えるようになっていたの。ロザリアでは尊敬の対象だったけれど、考えてみればベアラーとあまり変わらないのね…」
アリーは俯いた。手元を温める茶に、アリーの沈んだ顔が映る。青い瞳も黒い髪も、兄と同じ色だ。向かいに座ったディオンは悲しそうな顔をして、そんなアリーを見つめていた。
「そういえば、聞いたことがある。祝福はフェニックス独特のものだそうだな。それにしても、実の母親が…」
とはいえ、クライヴの母は今やディオンの義理の母でもある。ディオンは元々アナベラをよく思っていないが、さらなる闇を知ってしまった。
「昔から母は兄を疎んでいたの。とは言え、まさかこんな事になっていたなんて。ずっとクライヴは死んだと聞かされていたのよ」
どうやったら兄を助け出せるかと頭を悩ませるアリーだが、ディオンはここで言わねばならぬ事があった。
「アリー。暗殺部隊の事なのだが、実は今し方連絡が入った」
アリーは顔をガバリと上げた。表情は固く、何かを覚悟したような顔つきになる。嫌な予感が過ぎり、どうかはずれてくれと瞬時に考えた。
「暗殺部隊はシヴァのドミナント暗殺に向かったものの失敗。一人は対象のドミナントと共に逃亡、その他の者は全滅したそうだ」
ディオンが辛そうにそう言うと、アリーはもう一度俯いた。昼間だというのに黒く暗い雨雲が窓の外を覆っている。薄暗い部屋に漂う空気は、アリーの肌を掠めて行く。
「逃走したベアラー兵の名は分かららぬ。ただ、その者は大層剣の腕の立つ男だという事だ。もしかしたら、あなたの兄御やもしれぬ」
「そう…」
アリーはまっすぐに自分を見つめて話すディオンと目を合わせると、一口茶を口に含んだ。
ディオンはこれからウォールードとの戦が控えている。国境近くで始まったが、今やザンブレク領内にウォールードの進軍を許してしまった。
「元々忘れ去られていたようなものだが…オリヴィエが生まれてから尚更、我々の婚姻の話が出なくなったのは、私も思うところだった」
ディオンはそう言いながら、父親とのやり取りを思い出していた。
ディオンはアリーと稽古を始める前、神皇に謁見していた。任務後の報告だったのだが、この頃自分でも狂おしい程むしゃくしゃするようになったとディオンは自覚している。
アナベラは公務のたびにオリヴィエを連れ回す。ディオンが公務に就いたのはいつが最後だったかなど、もはや思い出せない程だ。近年は戦での功績ばかり求めらる。ディオンは子供の頃はそれなりに公務も務めていたし、ジョシュアとの出会いもそのうちの一つであった。
ディオンは何を成したところで、結局武勲を立てる事でしか存在を認められない。それは兵器としてしか扱われていないのではないか、と疑問が浮かぶ。
だが、ディオンはそれを期待という希望で、いつもそれを知らず知らずのうちに打ち消している。そうして誤魔化していないと、自分が自分でなくなってしまいそうになる。父の理想の自分でないと、父は認めてくれない。分かっているのに、わかる事を拒否している。
だがオリヴィエは違った。彼は特に何もしなくても、自分の好きに振る舞っているだけで父からの愛を一身に受けられる。ディオンの欲しくて堪らなかったものを、ディオンがいくら努力しても得られなかった物を、オリヴィエはいとも容易く手に入れた。ディオンはそれが面白く無いのだと、ようやく気がついた。
「オリヴィエがいる故、世継ぎを求められなくなったのやもしれぬな」
「それは、そうかもしれないわね。でも…」
アリーはそれだけでは決定打に欠けると思った。
「わたしとディオンの子なら、母上が血縁として認めて愛する条件は揃うはずだと思うの」
と、アリーは不思議そうに首を捻る。実際に、アナベラはアリーにディオンとの子を早く産ませようとしていた。それが突然、無かった事になろうとしている。
一方、ディオンには思い当たる節があった。それはテランスにすら話した事の無い、ディオンと神皇の間の重大な秘密である。
ディオンの母は平民よりも下の、下民と呼ばれる身分であった。ディオンは5つにもならぬうちに父に引き取られ、母とは以降一度も会っていない。今やディオンは母の顔どころか、姿さえも思い出せなくなった。
ディオンは自身の出生の秘密を誰にも話していない。無論、神皇とて隠し通している。そうしなければ自分達の立場が危ういとディオンに教えたのは、神皇本人だった。しかし、アナベラはこの事を何らかの方法で知ったのかもしれない。そうだとすれば、アリーの疑問にも合点がいく。
ディオンはこれまで、母の話も、自分の生まれも、誰にも話すつもりはない。しかしアリーになら、話しても良いかもしれないと思った。アリーもまた、自分と同じように、肉親やその立場に共に翻弄され続けている。こうして相談するには情報があった方が良い。親が決めた許嫁ではあるが、ディオンはアリーを運命共同体のように思っていた。
もしも自分の出自が世間に知られてしまったら、ディオンは神皇共々このザンブレク皇家から引き摺り出されてしまうだろうか。そうなれば、普通ならアナベラ共々追放になるはずだ。これまでの悪政を鑑みると、いっそその方が良いのかもしれない。そう考えると、ディオンは突然肩の荷が降りたような気がした。
秘密を言ってしまおうかとディオンが思案いると、突然彼の右腕に激痛が走った。前腕が兎に角痛くて堪らない。思わず唸るほどの痛みに、ディオンは左手で患部きつく掴んだ。
「ディオン?」
突然蹲ったディオンを見て、アリーは慌てて立ち上がった。ディオンのそばへ駆け寄ると、彼は玉の汗をかいて歯を食いしばっている。
「どうしたの?そこ、痛いの?」
「だ、大丈夫だ。少し引いて来た」
ゆっくりと手を離すと、ディオンは自身の七部丈のシャツを捲った。突然激痛を起こすような理由が思い当たらない。何が起こったのかと痛かった場所を見て、ディオンは目を剥いた。
「ディオン、これ…」
アリーも途端に蒼白になった。ディオンは自分の腕を見つめたまま、じっと動かない。ディオンの腕の皮膚の一部が灰色に変色していたからだ。ディオンがその部分を触ると、石のようにざらりとしている。触っているのに、その部分の感覚が分からなかった。
「ああ、ディオン。どうしよう。ついに、来てしまった」
アリーの目から涙が出て落ちた。それがディオンの石になった部分に落ちて、じわりと染みて広がってゆく。どう見ても、そこはもう皮膚とは違う組織だった。
「今朝、早くに──」
「…え?」
ディオンは自分の腕を見つめながら話し始めた。
「クリスタル神殿で侵入者が出たというので、追い回していた。向こうもドミナントで、追い払うのに顕現しなければならなかった。それからどうも違和感があるとは思っていたが…」
愕然とするディオンは、未だ自身の腕と手のひらを見比べてじっとしていた。アリーは堪らず彼を後ろから抱きしめる。
ディオンは自らに課せられた責任と、自身の身体への負荷の狭間で苦しむ事になる。彼の重石がまたひとつ増えてしまった。
2023/08/31
マーサとのやりとりをしていても、マーサはクライヴと会った事をアリーに手紙を書くかと聞かれれば書かない気がする。マーサはクライヴたちが身分を隠しているのはわかってるみたいだったし。アリーにその意図はなくとも送り先はザンブレクやしな。どこから漏れるかわかはないから、きっと書かないんじゃないかと思っている。
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