24 遷都
明け渡されたばかりの城の中は、使用人達が忙しそうに歩き回っていた。壁に掛かるタペストリーや旗は既に全てザンブレクの紋章へ置き換わっている。それをディオンは虚無の気持ちで眺めていた。
ディオンは、父親の──もとい神皇の命令とはいえ、不可侵条約の締結された土地を不当に占領してしまった。無駄な犠牲を出さずに済んだのはともかく、バハムートの力で脅して一方的に侵略したにすぎない。
ディオンに使用人たちの働きを監視する必要はないし、またそのつもりもない。しかし、せめてザンブレクが侵略する様を見届けておかないと、申し訳が立たないような気がした。
ディオンは壁に背を預けて腕を組み、難しい顔をしてそこにいる。使用人たちにしてみれば、皇子がそんな佇まいでそこにいるのがそもそも珍しい。皆んなが彼をチラチラと気にしていた。とはいえ、ディオンが何か注文を付けてくる訳でもないし、またそういう人物でないのも彼らも分かっている。お互いにそっとしているような具合であった。
何も無いところを睨みつけるようにして立っていたディオンの元へ、テランスがやって来る。彼は爽やかな笑みを湛えて早足でディオンに近づくと、こう言った。
「殿下、アリー様が到着されましたよ。客間にお通しいたしました」
「そうか。ありがとう」
表情を和らげたディオンは、壁から背を離す。テランスを伴ってアリーの待つ客間へと向かう事にした。
部屋の前に着くと、扉の外で親衛兵が警備している。彼はディオンとその後ろのテランスに敬礼すると、扉を開けた。
2人が部屋に入って行くと、そこもザンブレクの意匠を凝らした調度品に入れ替わっている。その中の、オリフレムから持ち出したであろうカウチの一つにアリーがポツンと座っていた。アリーはディオンとテランスを見るや、嬉しそうに駆け寄った。
「大敗したと聞いた時は、心臓が止まるかと思ったわ」
ディオンとテランスをそれぞれ抱きしめると、アリーはホッとした顔でほほえんだ。
「それにしても、随分遠くまで来てしまったのね」
ロザリアがまた遠くなってしまった。アリーはそれが寂しい。まさかこんな所まで来てしまうとはアリーは想像もしていなかった。
このクリスタル自治領はロザリアやザンブレクよりも南に位置している。その分日中の日差しは強く、気温も高い。アリーは既にうっすらと汗をかいていた。ディオンやテランスも涼しい顔をしているが、彼らもはやはり汗ばんでいる。ザンブレクの衣装で過ごすような気候ではない。
「アリー、道中は大事無かったか」
ディオンはそういうとアリーを見る。アリーも視線を絡めると、ようやく無事を確かめられた安堵と喜びでいっぱいである。しかし、笑ってばかりもいられないのが現実の辛い所である。
オリフレムを発つ少し前に、アリーはハンナの死を知った。イーストプールがアナベラの配下・黒騎士によって襲撃されたと、マーサから連絡が来たのだった。自治領への侵略、条約の一方的な破棄、先の戦の大敗、そしてアナベラの黒騎士と、目を覆いたくなる事ばかりである。
「ええ、この通り。母上と猊下は、明日一緒に到着されるそうね。オリヴィエも一緒に」
「そうらしいな。しかし、条約を破ってまで…こんな…」
ギリギリと歯を食いしばるディオンをアリーはもう一度抱きしめた。ディオンはアリーの肩に頭を預けて、小刻みに震えている。どんな理不尽な命令であっても、彼に拒否が許される事はない。
「茶を、入れさせて来ましょう」
そう言って、テランスは部屋を出た。ありがとうと言うアリーに返事はしたものの、逃げるようにその場から離れる。それをディオンは複雑な心持ちで見送った。
テランスは使用人の一人を捕まえて、ディオンとアリーに茶を用意するようにと注文する。使用人が給湯室にいる間、テランスは近くの窓辺で待っている事にした。
テランスはアリーの事も大切に思っている。ディオンの許嫁だから、というだけではない。多感な10代を共に過ごした友でもある。アリーとの付き合いも長くなり、ディオンの事程でなくともよくわかっている。アリーの方もテランスを気にかけているし、それがテランスも心地良かった。
しかし、ディオンへの恋慕を自覚するとそうはいかなくなってきている。テランスは二人の仲睦まじい姿を見ていられなくなってきたのだ。何度もディオンへの想いを断ち切ろうと努力するものの、そんな事ができれば苦労はない。それに、その想いそのものが、本来他人に知られて良い感情ではなかった。
身分の壁も性別の壁も厚く、さらに最早形だけとはいえディオンとアリーは長年の許嫁であり、近頃は想いあっているのが見て取れる。テランスはディオンの側で仕えられればそれで幸せだと思っているはずなのに、テランスは膨らみ続ける自らの恋心とどう折り合いを付ければ良いのかと悩み続けていた。
窓の外では大勢の人や物が移動が右往左往している。遠方から皇都ごと引っ越して来たのだから、しばらくはどこも大忙しだ。
また、既にダルメキアから正式に極めて遺憾であると抗議を受けている。ザンブレクの傍若無人ぶりを咎めるもので、戦も辞さない強い姿勢だと伝えられたばかりだ。これからも国や情勢が安定する事は当分無いだろうと、テランスは深いため息をついた。
もしもダルメキアと戦になれば、ディオンはタイタンと戦う事になる。自治領侵略の際は大した戦いは無かったが、ディオンの傷はまだ癒えていない。身体の負担も、もはや見過ごす事はできなくなっている。なのに本人は自己犠牲をまったく厭わず、石化は進み続けていた。
一方、ディオンはテランスが出て行った後もテランスの事を考えていた。
テランスの気持ちは嬉しい。けれど、応えられない。かといって、それを伝えてしまえばテランスは自分の元を去ってしまうかもしれないと思うと怖かった。やりたくもない戦が続きそうなこの局面で、テランスという心の支えを失うなど、ディオンにはとても耐えられない。
とはいえ、受け入れられないと言いながら側に置き続けるのもひどい話だと、ディオンは自嘲する。大切な友を失いたくないのは自らのエゴだろうかと悩むのだが、だからこそ決定打は打てなかった。
ディオンはアリーに意識を戻すと、アリーをぎゅっと抱きしめた。そして額と唇に一つずつキスを落とした。ささくれて擦り減った心がふわりと軽くなるような気がして、ディオンはこの瞬間が好きだ。
できればこのまま、この3人の関係を続けられたら良いとディオンは願った。彼の僅かな安寧は、テランスとアリーの2人がいることによって成立している。
「ディオン、どうしたの?疲れてる?腕が痛むの?」
アリーは心配そうにディオンを見上げる。そして石化し始めている右腕に触れると、はやり前腕部がざらりとしていた。包帯越しにも伝わる異質さが、誤魔化しの効かぬ現実だと語っている。
「いや、痛みは大丈夫だ。だが…流石に疲れた」
ディオンにとって、アリーもテランスも大事である。ディオンには選べない。石化が始まった今、どのみちディオンの先はもう長くない。ならばどちらも守り抜くまでだと、ディオンは人知れず決意を新たにした。
2023/09/04
FF-D D+S New!夢物語
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