FF-D D+S New!夢物語


25 星詠み

 シドはドレイクヘッドが消滅した時に死んだという。今は二代目のシドがいるらしいと聞いたものの、アリーはその真相を掴めずにいた。
 長く続いたアリーとマーサとのやり取りは皇都を移遷した際に途絶えてしまった。ロストウイングのワイン業者が来なくなってしまったからだ。シドの事はずっと後になってから風の噂で聞き、アリーはショックを受けていた。マーサやシドとは元々秘密のやり取りだった故に、誰に話す事もできない。アリーはただ悲しむ事しかできなかった。
 ため息をぐっと飲み込んで、アリーは立ち上がった。本棚の一番下に見つけた目当ての本を手に、貸し出しの手続きをしに行くのだ。読書はこの頃のアリーの日課になっている。
 本を借りると書庫から出て、アリーは廊下を歩き始めた。

 アリーとディオンの師であったハルポクラテスは既にザンブレクを去って久しく、書庫の主は別の研究家に変わっている。アリーもディオンもとっくに成人し、もうそこで誰かから教えを受ける事はなくなった。
 ハルポクラテスが去っても、膨大な知識がそこに残されている。そこにあるのだから読まなければ勿体無いと、アリーは足繁く通うようになった。

 書庫を出てすぐ、アリーはどこからか母親の声が聞こえて来る事に気がついた。ヒソヒソと話しているようだが、内容は丸聞こえである。母と話している男の声も同じような声色だが、やはり筒抜けだった。
 よく見ると、目の前のドアがきちんと閉まり切っていない。その古そうな扉は建て付けが悪いらしく、扉が少し浮いていた。聞く気は無くとも聞こえてしまい、アリーは思わず立ち止まってしまった。

「星は、国難ありと申しております。それから…恐れながら、オリヴィエ殿下に受難の兆しと出ておりました」
「そうですか。しかし、オリヴィエは問題ありません。猊下には、ディオン殿下に裏切りの凶兆ありとお伝えなさい」

 扉の僅かな隙間からは、顔は見えない。しかしその声はとても冷酷だった。アナベラと話しているのは服装や会話の内容から、どう見ても神官の1人だ。恐ろしくなったアリーはその場から離れようと、来た道を引き返し始めた。するとその時、今度はじゃらじゃらとコインの音が聞こえて来る。

「ひぃ、ふう、み…確かに。では、そのように計らいます故、今後ともぜひ…」
「ええ、頼みましたよ。では次回も」
「かしこまりました。慣例通り、この日に──」

 アリーは再び書庫に滑り込むと、ドキドキし始めた心臓を抑えた。聞いてはいけない事を聞いてしまったのだ。アリーが聞いていたと知られれば、間違いなく消されてしまう。

「おや、アリー様。どうなさいましたか。お忘れ物でも?」

 書庫の貸し出し係りがアリーに声をかけた。つい先ほど出て行ったばかりのアリーを不思議そうな顔をして出迎える。アリーは焦りを隠し、必死で平静を装った。

「ええ、しおりを挟んだまま本を返したかもしれないの。探しても構わないかしら」

 咄嗟に捻り出した言い訳を、係員ははすんなり聞き入れた。彼はアリーが返した本を探し始める。

「そういうことでしたら、本日の返却分はこちらに…」

 と言って、係員はテーブルの下に仕舞われていた箱を取り出した。それをテーブルの上に置いて探し始める。アリーもその傍へ行くと、一緒に箱の中を覗いた。

「アリー様、私がお探ししますよ。どうか掛けてお待ちください」
「ありがとう。でも良いの。わたしのうっかりなんだから、自分で探すわ」

 そう言って、アリーはまた本を探し始めた。係りは手持ち無沙汰なようだが、アリーも何かしていないと落ち着かない。
 本はすぐに見つかった。もちろん栞など挟まってはいないのだが、アリーは適当に言い訳をしてアナベラが神官と解散するのを見計らう。そうして適当に時間を潰した後、アリーはようやく書庫を後にした。

 その頃、ディオンとテランスはディオンの自室にいた。出陣を前に、2人で作戦の最終確認をしているところであった。
 ザンブレクのクリスタル自治領への一方的な侵略から5年。それ以降、難色を示して来たダルメキアとも緊張が続いていたが、いまにも戦の火蓋が切って落とされようとしていた。

 ディオンは相変わらず右腕の石化を周囲に隠している。石化はじわじわと侵食を続け、近頃は腕の可動域が狭くなり始めていた。
 ディオンは水を飲もうとゴブレットを右手に取った。しかし思ったほど力が入らない。ゴブレットを掴んだつもりがするりと手の間から抜け落ちて、水が入ったまま床に転がった。絨毯にシミが広がり、机の上に広げていた地図も少し濡れてしまった。
 ディオンは自分の右の手のひらを見つめる。今は小手も外していたし、手の感覚もきちんとある。だが、一瞬でも力が入らなかった事に愕然とした。

「ディオン様。床はすぐに拭きますので、先にお召替えを」
「あ、ああ…すまない」

 テランスは使用人を呼び、床を片付けさせる。その間にテランスはディオンを連れて寝室へ移動し、着替えを手伝った。
 ディオンのシャツもズボンもずぶ濡れだった。ゴブレットを口元まで運んだのにそこから取り落としたのだから、身につけていた物全てに水がかかってしまった。ディオンはこれではまるで赤子のようだ、とため息をつく。

「この部屋を一歩でも出られたら、いつもとても緊張なさっているでしょう。今くらいは、どうか気を抜いてください」

 テランスはそう言うが、ディオンは納得いかない。

「もう出立するというのに」

 手際の良いテランスの助けで、ディオンはあっという間に着替えを済ませた。テランスがディオンの帷子の背を締める紐を結ぶ間、ディオンはふたたび地図を睨みつける。
 すると、コンコンと扉がノックされた。外からアリーの声が聞こえる。紐を結い終えたテランスが扉を開けると、青い顔をしたアリーが雪崩れ込むようにして入って来た。借りた本を抱えたまま、大慌てでやって来たのだった。

「ディオン、テランス、良かった。間に合って…」
「どうしたのだ、アリー」

 ディオンも驚いてやって来ると、アリーは呼吸を整えてディオンを見上げた。

「実はさっき、偶然聞いてしまったのだけど──」

 アリーは書庫の前で聞いた事を2人に話した。ディオンもテランスも目を丸くして驚いた。

「あの悍婦かんぷめ、星詠みを誑かしているのか。神官を、それも星詠みの買収は大罪だぞ」
「それも、ディオン様を名指しで謀反など」

 ディオンは眉間に皺を寄せて、腕組みをする。謀反の凶兆などと言われては、たまったものではない。流石のテランスも、この時ばかりは瞳が怒っていた。

「テランス」
「何なりと」

 テランスは引き締まった表情でディオンを見る。その姿に、アリーはいつになく凄みを感じた。

「聖龍騎士団から精鋭を数人集めてくれ。現場を取り押さえるのが良かろう。極秘の任務だ。出発前だが、これはザンブレクの一大事。隊の再編を」
「は。仰せのままに」

 テランスは歯切れ良く返事をすると、さっそく聖竜騎士団の名簿を取り出した。

「アリー、ここからは私が引き受けよう」

 ディオンは力強くそういうと、未だ青ざめて震えるアリーをそっと抱きしめた。

2023/09/05
さて、殿下を救う会がここに発足。ここから好き勝手しまーす。
 



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