28 珍客
2人して座り込んでしまったが、ここは陣のど真ん中である。ディオンもテランスもさっと立ち上がり、すぐに公の顔に戻した。
まだ互いに意識はしている。かといって、いつまでもそのままでは居心地が悪い。それに、無理にでも普段通りに振る舞わないと、伝令やらなんやらと絶えず誰かが天幕を訪れる。誰も無許可で入る事はないとはいえ、無防備でもいられなかった。
テランスは薬箱を片付け、ディオンはテーブルに地図を広げる。ダルメキアの動きを予想し、自軍や自身の動き方を考え始める事にした。
ディオンはテーブルに乗り上げるように手をつくと、じっと地図を眺める。彼には神皇の言うように、ダルメキア軍を焼き払うつもりはない。そうせずに済む道を探しつつ、万が一交戦する場合に民への被害を最小限に抑える方法はないものかと思案する。
これまでディオンはテランスと共に、相手の出方を予想しながら幾度となくシュミレーションを繰り返してきた。だが、どこでどう迎え撃とうとも、人民への被害は免れぬような気がしてならない。2人で議論をしていると、一羽の梟が飛んできた。聖竜騎士団のストラスだ。ディオンが腕を掲げると、そこにストラスが止まる。伝言を聞くと、ディオンは表情を引き締めた。
「テランス、例の件が片付きそうだ。神皇宮へ行くぞ」
「承知しました」
ディオンはやる気に漲っている。件のアナベラと彼女が買収した星詠みを、現行犯で捕える手筈が整ったとの連絡であった。
「余を謀ったこと、後悔させてやる」
凄みの聞いた声でそう言うと、ディオンは手当のために捲ったままになっていた右袖を下ろした。
テランスがディオンの帷子を取ろうと歩き始めた時、兵士の1人が血相を変えて天幕まで走って来た。
「失礼いたします、殿下」
「何事か」
ディオンが手招きをすると、兵士はそのまま走って天幕に入って来た。彼は丸めた書簡をディオンに手渡すと手を後ろで組み、その場で控える。ディオンは書簡を受け取ると広げて読み始めるが、すぐに顔色を変えた。はっと息を飲むと書簡をテーブルに置いてよく広げ、もう一度読み直す。
「オリヴィエが神皇に即位だと…?」
ディオンの側に控えていたテランスも、その言葉を聞いて驚いた。声には出さないが、動揺するディオンを目で追う。
「一体どう言う事だ」
ディオンは兵士の方を向き、兵士に話の続きを求めた。ディオンの怒りが沸々と沸いている。
「父上は何と──猊下は何と、言っておられる!」
ディオンは激昂して兵士に詰め寄った。ディオンが兵士の肩を掴むと、兵士はしどろもどろになりながら、ようやく口を開く。
「も、申し上げます。殿下におかれましては、この場にて待機せよと…」
そこまで聞くと、ディオンは兵士しから手を離した。その勢いのままテーブルに拳をドンと叩きつけると、兵士に背を向けた。叩きつけた衝撃でテーブルに乗っていた花瓶が音を立てて転げ、生けてあった薔薇が地面に落ちしてしまった。
テランスは怯える兵士を手で合図し、天幕から去らせた。この兵士に責任はないが、彼がこれ以上ここにいてもディオンが荒れるだけである。兵士は敬礼をすると、逃げるように去って行った。
ディオンは心を落ち着けるのに必死であった。いつのまにか息が上がり、汗も滲んでいる。それほどまでに、許し難く、また理解し難いことであった。
これまでディオンは、父の行動や言葉を理性や建前などを総動員して耐えてきた。しかし、ピンと張り詰めた糸がいよいよ切れそうだと自覚し始める。
ディオンはテーブルの上の書簡を見つめたまま、テランスに声をかけた。
「テランス」
「何なりと」
テランスは心配げにディオンを見て、次の言葉を待った。
「準備を、頼む」
「承知しました」
テランスは、まだ書簡から目を離せないディオンに一礼して準備を始める。今度こそディオンの帷子を取ろうと歩き始めた時、外で何やら物音がした。幾らも歩かぬうちに立ち止まって様子を窺うと、今度は兵士が1人、天幕の入り口に吹っ飛んできた。
「今度は何だ!」
ディオンの怒りは収まるどころか、ますます火がついた。しかし、勝手に天幕に入って来た人物にディオンは大層驚くことになる。怒りは瞬時に鎮まり、今度は狐に摘まれているかの様な気持ちになった。
「手荒な真似をしてすまないね」
入って来た男はそう言って目礼をする。彼は女性の従者を連れていた。従者は緊張した面持ちで、腰の短剣の柄を握りしめている。
一瞬睨み合った後、ディオンが口を開いた。
「貴様は…」
その時、テランスが勇ましい掛け声と共に腰に下げた剣を抜こうとした。しかし、ディオンはそれをすかさず止める。
「よせ」
寸出の所で抜かずに止まったテランスは、止められた事に驚いた。思わずディオンを見る。
「テランス。この者はフェニックスのドミナントだ。近寄ると、焼かれるぞ」
テランスはそれを聞いてハッとした。侵入者に視線を戻すと、皇宮で待っている友人を思い浮かべた。髪色は違うが、確かに良く似た瞳をしている。
「アリー様の、弟君であらせられると…」
フェニックスのドミナント。つまり、彼はアリーやクライヴの弟・ジョシュアである。世間では長い間、ジョシュアは死んだ事になっていた。しかし、どういうわけか彼はここにいる。
テランスは剣から手を離した。それを合図に2人の訪問者もどんどんと天幕の中へと進んでくる。従者の女性の方も短剣を掴んでいた手を離すが、まだ互いに警戒は解くことはできなかった。
「取り込み中だったかな」
そう言って、ジョシュアはしゃがんだ。彼は落ちている薔薇を拾い上げて、それをゆっくりとクルクルと回して見ている。
「いいや、気にする事はない」
ディオンは、ジョシュアがしゃがんだまま、拾った花を眺めているのを見下ろしていた。
「珍しい来客に、いささか驚いただけだ」
本当にジョシュアなのかと、ディオンは信じられない気持ちだった。だが、ディオンは同時に自身に流れるエーテルが彼は本物だと言っているのも感じている。むしろ、なぜこれまでわからなかったのかと思うほどだった。だが、俄かに信じられる事でもない。ディオンはとても複雑な心境である。
一方、ジョシュアは未だしゃがんだまま、薔薇を眺めながら思案する。
「記念式典以来だから…うん、二十年?」
そう言いながら未だ拾った薔薇を眺めているジョシュアに、ディオンは今最も気になる事を聞くことにした。
「死んだと聞いていたが…そこにいるのは亡霊か」
ジョシュアは立ち上がると、ゆっくりディオンを振り返る。
「似たようなものかもしれない」
ジョシュアはテーブルを挟んだディオンの正面までゆったりと歩いて歩み寄る。そして、
「でも、こうして生きている。辛うじてね」
と言って、拾った薔薇をテーブルにそっと置いた。
「この薔薇、姉が好きだったんだ。たぶん、今もそうかな」
ディオンは薔薇を見ながらアリーを思い浮かべた。頭の中のアリーが、早くジョシュアに会わせろとせがんでいる。
「…これは、アリーが持って来たものだ」
「そう、元気そうで何よりだ」
ジョシュアは遠い目をして、そして嬉しそうにそう言うと、表情を引き締めた。
「さて、ディオン・ルサージュ卿。あなたに話がある」
ディオンはジョシュアと目を合わせた。彼の目は、強い意志と決意に満ちていた。
2023/09/11
夢なのに、ヒロインは名前だけ!
しかしこのサイトではよくある事だったりする。捏造万歳!
ところで、マニア本によるとディオンは聖竜騎士になるのと引き換えに皇位継承権を失ったとあるそうですね。でも、個人的には何か不自然だなと思ってる。だって、それならなんでディオンはオリヴィエ即位と聞いてあんなに荒れたんだ?いつか来るのは分かってたはず。納得はできないだろうけど。アナベラもディオンにこの後「皇位を継げなかったのが不満ですか」って言うんだよ。この辺を見てわたしはてっきりディオンはこの時もちゃんと皇位継承権第一位なんだと思っていた。とっくに権利を剥奪されてた人の/人への行動とはなんか違う気がして。
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