29 これまでの事
アリーは客間へ急いでいた。ディオンから伝言を受け、指定された部屋へ向かっている。「兎に角早く来るように」との文言に従い、槍の稽古も途中で放り出して来た。着替えもせずに槍も担いだまま、とりあえず大急ぎである。
目的の部屋に着くと、衛兵がドアの前に立っていた。衛兵の敬礼を受け、アリーも軽く頷いてそれに応える。衛兵は部屋の中に居る者に声をかけ、扉を開いた。アリーがその部屋へ入って行くと、衛兵は恭しく礼をしてまた扉を閉める。
若い男性がアリーの到着を待っていた。彼はアリーが部屋に入ると立ち上がり、和やかな表情でふりかえる。その男を見た瞬間、アリーは目を見開いた。信じられない想いと緊張とで、どうにかなりそうだと思った。
アリーの頬に涙が伝ってゆく。背負っている槍を立てかける事も忘れて、ただ目の前に立つその人を見つめた。
アリーはてっきり、呼び出されたのはオリヴィエ即位の件か、そうでなければ件の星詠み絡みだと思っていた。それが思わぬ客に、驚きと喜びで一杯だ。そんなことは一瞬でもですっかり忘れてしまった。
「ジョシュア、なの?」
アリーが震える声で名前を呼ぶと、男は嬉しそうに返事をする。
「そうだよ」
「嘘…本当に?」
「うん、本物のジョシュアだよ。姉さん」
アリーが駆け寄ると、ジョシュアは長い腕を広げて迎えた。
ジョシュアはアリーの記憶よりも背はずっと高く、声も低い。けれど彼の見事な金髪も青い丸い瞳も、その顔つきも、幼かったジョシュアの面影が残っている。信じられない気持ちでいっぱいだが、かといって偽物だとはとても思えなかった。
「本当に?本当にジョシュアなのね?今までどこにいたの?死んだと聞かされていたんだから」
アリーはすっかり自分よりも背の高くなったジョシュアを見上げる。アリーの槍が相変わらずその背に背負われているのを見ると、ジョシュアは昔の事を思い出し始めた。
「その槍、懐かしいな」
「まだ現役よ」
「それは頼もしいね」
アリーがもっとジョシュアの顔をよく見ようと手を伸ばすと、ジョシュアの方から下がって来た。
「あんなに可愛かったのに、こんなに大きくなっちゃって」
「姉さんこそ、こんなに小さかったかい?」
「あなたの背が伸びたのよ」
ジョシュアとアリーはそのまま抱き合って再会を喜んだ。
「僕は、不死鳥教団に救われたんだ。あの日、本当に死にかけてたけど、彼らのおかげでまだ生きてる」
「そうだったの…不死鳥教団が…」
不死鳥教団といえば、ロザリア太公にのみ接触が許されていた組織である。故にいくら太公家の出身でも、その詳細はアリーには殆ど知らされていなかった。
アリーはふと、ジョシュアの他にもう1人いる事に気がついた。アリーがその女性に目を遣ると、彼女はすっと跪く。
「彼女はヨーテ。不死鳥教団の一人さ。ヨーテがいなかったら、僕はきっとここまで来られなかった」
ジョシュアはそう言って傍に跪いている自分の従者を紹介した。
「ヨーテと申します。アリー様」
アリーはじっとして動かないヨーテのそばへ寄った。
「ありがとう、ヨーテ卿。顔を上げてちょうだい。ジョシュアを守って下さった事、本当に感謝します」
ヨーテは顔を上げた。しかしアリーの言葉を聞くや、すぐにまた下げてしまった。
「身に余るお言葉…勤めを果たしたまでにございます」
アリーは嬉しかった。ジョシュアはちゃんと守られていた。この遣り取りだけでも、ジョシュアが如何に大切されて来たかがわかる。可愛い弟にそんな従者がいて、アリーは心底ホッとした。
「前に、兄さんに会った事があったの。でも、行方がわからなくなってしまって。生きているかどうかも…」
アリーは涙を拭いながらそう言うと、ジョシュアは大丈夫とにっこり笑った。
「兄さんは生きてるよ。ジルも一緒だった。僕が守るから、安心して」
ジョシュアはどんと胸を張った。アリーはまたまた驚いた。
「ジルも?そう…ああ、良かった」
アリーがへなへなと膝から崩れ落ちると、ヨーテが慌てて支えた。
18年前の鉄王国が攻めてきた日、アリーはジルを探してロザリス中を駆け回った。いくら探しても見つからず、唯一の友を失ったのだと悲観に暮れる毎日だった。けれど、今もジルは生きていてクライヴと一緒にいる。それだけでも聴ければ十分だった。
ほっとするあまり、アリーはそのまま床に座り込んだ。しかしアリーには別の疑問が湧き起こる。今度は混乱し始めた。
「あれ?でも。兄さんはジョシュアの仇討ちをすると言っていたわよ。あなたが生きているなら、その必要はなくなったはず。今はどうしているのかしら」
「ああ、それなんだけど…」
ジョシュアはクライヴこそがその謎の二体目の火の召喚獣なのだとアリーに説明した。つまり、ジョシュアを殺そうとしたのは他でもないクライヴだった、という事になる。
教団が何年も前に事実を突き止め、一時はベアラー兵になっていたクライヴをジョシュアへの報復として殺そうとしていた事すらあったくらいだ。
アリーはひたすら驚くばかりである。信じられない事ばかりだ。
「兄さんが?嘘でしょう?兄さんがあなたを殺そうとするなんて、絶対にないわ」
「うん。僕もそう思うよ。たとえ相手が姉さんだったとしても、絶対にないだろうね。だから、猛反対したんだ」
ジョシュアは教団を必死で説得して、クライヴ暗殺を止めさせた。兄が自分を殺そうとするはずが無いと訴え続け、ジョシュア自らも先頭に立ってあらゆる文献を漁った。そうしてさらに調査を進めた結果、アルテマの存在にまで辿り着く事になる。
「兄さんはイフリートのドミナントだ。恐らく、兄さんはイフリートに目覚めた時にアルテマの意思に飲まれたんだ」
フェニックスゲートでの惨劇がさらなる悲劇を生み、アルテマにまでつけ込まれてしまったのだとジョシュアは言った。
「兄さん、本当に生きててよかったわ…辛い思いばかりだったかもしれないけれど」
ジョシュアとヨーテは床に座り込んだままのアリーを助け起こした。アリーをカウチに座らせ、ジョシュアもその隣に陣取った。
ジョシュアはまだクライヴやジルときちんと再会を果たした訳ではない。アルテマはクライヴに召喚獣の力を取り込ませようとしているからだ。ジョシュアはそれを阻むために、そして自身の活動を続けるために、まだこの力が必要である。それ故に彼はこれまで、クライヴと面と向かって会う訳にはいかなかった。
しかし、ジョシュアはクライヴ達の動向をある程度把握している。ジョシュアはアリーにこれまでの経緯やアルテマの事、そしてディオンに共闘を頼む為に、彼の野営地まで訪ねていた事を話した。
「少し、失礼するよ」
そう言ってジョシュアは自身の襟を寛げる。彼の胸にアルテマを封じた傷があると言うので見てみると、アリーはまた目を疑った。青黒い傷は傷というには禍々しく、何か別のものがそこに住んでいるかのようだ。ただの怪我ではないのは、アリーにも一目でわかった。
「これ、大丈夫なの…?」
アリーはもちろん驚いた。ジョシュアは昔から身体が弱かったのに、さらに得体の知れない物を体内に取り込んでいる。ようやく会えた弟も、何やらとんでもない事に巻き込まれているようだとアリーは気が遠くなりそうだ。
「奴は兄さんを狙っている。それで、ここに封じ込めた。こいつが世を混乱に陥れた諸悪の根源さ」
「アルテマ…」
初めて聞く名と話の壮大さに、アリーの頭はクラクラし始めた。しかし、ザンブレクの不穏な動きもアルテマが関与している可能性があるとジョシュアは言う。
アリーは背筋が薄ら寒くなった。母のために多くの人達の人生が狂った。しかし、更に別の存在まで干渉していたなどと、誰が想像しただろう。ディオンもまた、この一連の事件に巻き込まれた被害者だ。アリーは、ここはジョシュアの言う通り、手を組むのが良さそうだと思った。
「姉さんも元気そうで良かったよ。これでも心配していたんだ」
ジョシュアはそう言うと、アリーの手を取った。
「ありがとう。ディオンとテランスがたくさん助けてくれたわ」
アリーは微笑んだ。
「よく考えれば、ジョシュアや兄さんよりも、ディオンとテランスとの付き合いの方が長くなってしまったのね」
当時、アリーは兄弟も唯一の友も同時に亡くしたと思っていた。新しい縁もできたが、ただ悲しいばかりであった。
「いつの間にか兄弟も増えてしまったようだしね」
ジョシュアにとっても、ディオンとはアナベラを通じた義理の兄弟にあたる。シルヴェストルとの間に生まれたオリヴィエもそうだ。
「ディオンとテランスとのご縁には、とても救われたわ。二人とも約束をきちんと果たす人よ」
だからきっと協力してくれるはずだとジョシュアに言うと、アリーはハタと気がついた。自分を呼び出したはずのディオンがいない。この部屋にも、ここへ来る途中も、テランスすら見かけなかった。
「ねえ、ジョシュア。わたし、ディオンから皇宮に帰ると伝言を聞いて来たのだけど、ディオンはここにいないの?」
急げと言われて、言われた通り急いだ甲斐はあった。しかし、肝心の言い出しっぺが不在である。
「ルサージュ卿なら、お父上と謁見すると言っていたよ。今はまだ話をしているんじゃないかな」
「そう…」
オリヴィエ即位の件だろうかとアリーは考える。これは由々しき事態であった。第一皇子を差し置いて、何の相談もなく急に決まってしまった。しかし次期神皇として相応しいのはディオンだと誰もが思っている。もはやシルヴェストルとアナベラの暴挙は止まる事を知らない。
「そういえば、テランスもいないのね」
「ああ、ルサージュ卿の従者かな。彼も何やら忙しいようだったけれど」
ジョシュアがそう言った時、扉が開いた。ディオンが部屋に戻って来たのだ。彼の後ろにはテランスも居る。
「やあ、ルサージュ卿。どうだった?」
「ああ、これから話そう。貴公も姉君と会えたようだな」
テランスはヨーテを連れて部屋を出た。まもなく新しい茶が運ばれて来ると、テランスは扉の外にいた衛兵達も下がらせた。
扉が閉まると、それまでが嘘のようにしんとする。アリーは俄かに緊張を覚えた。
2023/09/13
英語版だと、教団の右筆殿がクライヴ暗殺未遂について話してくれるらしいと聞いて反映。この人クライヴに対して何か引っ掛かりのあるやり取りをするなと思ってたらこんな過去が!と驚いたよね。気持ちは分からんでもないけど。ほんまどこまでもダークに突き抜けてて良い。
この人ら、あれやな。7で言うところのタークスやな。とにかく仕事熱心なんだよな。
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