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3 どこからどこへ

 至る所から響く悲鳴や不穏な叫び声にアリーは目を覚ました。尋常ではない物音に寝具から飛び出すと、周囲に耳をそば立てる。
 平時では1日で最も穏やかな時間帯であるはずなのに、誰かの叫びや怒号で溢れている。加えて何かが燃えるような臭いや、生臭い鉄の臭いも漂っていることに気づくと、否応にも目が覚めた。
 アリーは寝巻きの上から手早くズボンと上着を着込む。肩まで切り揃えられた髪を一つにまとめようとしたが、アリーはくくるのをやめた。もしも後ろから引っ張られたら逃げられなくなる。
 最後に槍を掴んだ時、アリーの部屋の扉ノックされてすぐに開いた。

「失礼いたします、アリー様。ビッグスでごさいます。敵襲です。どうかお早く」

 近衛兵であるビッグスは普段からアリーの身辺を警護してしいる1人だ。だが彼がアリーの部屋を訪ねてくる事は、アリーが呼ばない限りはない。それだけでも十分に、アリーはここで何か悪い事が起こっているのだという事を嫌でも理解した。

「もしや、鉄王国が?」
「そのようです。正門は既に敵の手に。裏口へ回りましょう」
「わかりました。行きましょう」

 そうしてアリーがビッグスと共に部屋を出た時、敵の兵士が剣を手に走って来た。それをビッグスが薙ぎ払うと、その兵は血を吹き出してぴくりとも動かなくなった。それを確認してから、ビッグスはアリーに移動を促す。
 アリーはすぐ隣の部屋の扉をノックした。

「ジル!大変よ!起きて!」

 しかし、部屋からは物音ひとつ聞こえない。ビッグスが扉を開けた。しかし、そこはジルの部屋であったはずだが、部屋は既に荒らされている。ジルはいなくなっていた。

「ジルが、いない…どうしよう」

 ジルはちゃんと逃げられたのだろうか、目覚めたときに聞こえた悲鳴は誰のものだったのだろうと、アリーは嫌な悪寒を必死に堪える。アリーがビッグスを振り返ると、彼も苦い顔をしていた。

「先に逃げられていらっしゃるなら、良いのですが…」

 ジルが心配だが、居ないものは仕方がない。早く切り替えないと、今は命に関わる。

「ビッグス、母上はもう脱出されたのですか?」
「は、実は別の兵により、お部屋にはいらっしゃらなかった事が確認されております」
「そう…」

 ジョシュアにはとことん甘く、クライヴとジルにはとにかく冷たい母に、アリーはかねてから疑問を抱いていた。
 アリーは溺愛されこそしないものの、疎まれもしない。辛そうな兄やジルを見るたびに、アリーは母を嫌いになる。それでも、こんな状況下で母親の行方が分からない事は、とても嫌な気分だった。

 探し人を一旦諦め、アリーはビッグスと共に階段を降りて通路に出た。そこには既に何人もの身体が転がって、あたりは血の海と化している。こうなっては敵も味方もなく、ただの肉の塊だ。だが、アリーが判別できた限り、どの遺体も服装が男物であった。

「兵はともかく、遺体は男ばかりか…」

 平時なら吐き気を催すほどの光景だ。しかし、今はそれどころではない。早く味方と合流せねば、次の瞬間には死ぬかもしれないのだ。アリーは胸のムカつきと身体の震えを必死で宥めながら歩いた。

「女性が何人か連れ去られるのを見ました。しかし助ける事は敵わず…」

 ギリギリと歯を噛み締めるビッグスの後ろに敵兵がいる。それにいち早く気付いたアリーは、火を宿した槍を、ビッグスの背後から振りかぶった兵士の顎に突き刺した。
 兵士はあっという間に火が回り、のたうち回る。ビッグスは狙われていた事に気づくと、恐怖に顔を引き攣らせていた。

「あ、ありがとうございました、アリー様。よもやアリー様にお守り頂くとは」

 アリーにとって、これが初めての実戦だった。肉を割く感触がどうにも気持ち悪い。せめて魔物相手だったらどんなにマシだっただろうかと、アリーは夜襲をかけて来た鉄王国を恨んだ。
 アリーはこの恐ろしさを忘れることはきっと出来ない。むしろ忘れてはいけないと、アリーは固く槍を握りしめた。

 アリー達はやっとの事で裏口まで辿り着いた。扉を開けると、覗き窓から城下町を見下ろせる場所がある。
 アリーが外を見ると、城下は既に敵で溢れている。丁度その時、鉄王国と見られる兵士が町の男を斬り捨てたところだった。

「ビッグス、他の兵は?」
「は、この先で落ち合う手筈です」

 短いトンネルのような出口を抜けて出た所に、ロザリア兵が待機していた。アリーに気がつくと、どの兵も手にした武器を地に向け、胸の前で上下に重ねる。アリーはこのロザリア式の敬礼に、これほどホッとした事はなかった。
 戦の間、守備のためにロザリアに残った兵たちは主力からは外れたものの、誰も彼もが屈強な戦士達だ。
 一人の兵士が、ホッとした顔でアリーの前に進み出る。

「アリー様、ご無事で」
「ええ、ビッグスが来てくれました」

 その兵士は続ける。

「ストラスは既にフェニックスゲートに飛ばしてあります」
「ありがとう。では、ウエッジ」
「は!」

 ウエッジとアリーは時々手合わせをする仲だ。兵でもナイトでもないアリーの手習によく付き合ってくれていた。

「一番隊と共に城内の敵を殲滅、逃げ遅れた者がいれば保護を」
「御意に」

 ウエッジはアリーに敬礼すると、数名の兵を引き連れて城の中へ戻って行った。

「二番隊は怪我人や民をここに集め、救護に当たれ」

 数名の兵士が威勢よく敬礼し返事すると、物資を集め兵舎へ走った。
 その時、庭へ続く植え込みの奥でチョコボが鋭く鳴いた。残った者が一斉に鳴き声のする方を見ると、チョコボが数人の敵兵に囲まれている。
 だがアリーがはっと息を呑んだ瞬間、チョコボは強烈な蹴りを繰り出した。敵兵はいずれも倒れ、その後ろに続いていた仲間のチョコボがその上を走ってそれそれトドメを刺した。
 チョコボが2頭、アリー達の前へ躍り出た。兵舎で世話していたチョコボの一部が、上手く逃げおおせて来たのだ。

「これは、騎馬兵のチョコボ…ちょうど良い」

 チョコボたちは既に血まみれで、傷付いている。しかしそのほとんどが返り血で、チョコボ達も立派に戦って来たのが伺えた。大きな背には戦用の鞍馬が着いていて、まさに申し合わせたような巡りだった。
 アリーはチョコボのうちの一頭に飛び乗った。

「ビッグス、貴方も」

 アリーはビッグスに騎乗を促すと、残った兵士達に命令を出した。

「三番隊とビッグスは、わたしと共に城下へ行く。民の保護が最優先だ。城内で女性が攫われるのを見た者がいる。おそらく城下でも同じだろう。敵は見つけ次第殺せ」

 兵士達の士気は上場であった。夜中の敵襲に驚きはしたが、その傍若無人ぶりに皆怒っている。また、フェニックスゲートにいる主君や同志、そして民のために闘志を燃やしていた。
 アリーは兵士達と共に、城下に続く階段を一気に駆け降りた。


2023/07/24
ビッグスもウエッジにも会えなかったので捏造しちゃうもんね!



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