31 謀反
ザンブレクの中枢部は騒然としていた。ディオン率いる聖竜騎士団は次々に正規軍へ襲い掛かり、街でも小競り合いが繰り広げられている。
ディオンはアナベラの息のかかった者は全て廃するつもりであった。あちこちで爆発音や怒号が聞こえる城内を、人々が右往左往する。また、聖龍騎士団は子飼いのドラゴンをも放した。神皇宮の中も外も大混乱である。
シルヴェストルは聖竜騎士団の動きを統制できずに舌を巻いていた。とにかく神皇宮内の消化を命じるが、とても追いつくような状況ではない。シルヴェストルは苦々しい顔で頭を抱えて、大きなため息をついた。従順だったはずの息子がここまでする事に彼は戸惑いを隠せない。
突如、辺りの喧騒が静まった。家臣に鎮火を命じているたシルヴェストルも、何事かとその原因を探る。すると、人々の視線の先にディオンがいる。シルヴェストルの元へ、ディオンは自ら乗り込んできたのだった。
本来なら、神皇やシルヴェストルに謁見をする際には丸腰でなければならない。しかし今のディオンは帷子を着込み、愛用の槍を携えたままである。その姿で堂々と歩いて謁見の間へ現れたディオンに、どよめきが湧いた。如何にも勇ましく覚悟を決めたディオンの佇まいに、そこにいた賢人達や親衛兵士たちは思わず道を譲ったほどである。
一方、アリーは、その一つ手前の部屋で控えていた。そこでディオンの動向を見守っている。
「ディオン…血迷ったか。直ぐに聖龍騎士団を止めろ!」
シルヴェストルがそう言うが、ディオンは動じない。彼はシルヴェストルの前で立ち止まると、ゆったりと落ち着いてこう言った。
「ご安心を。民には手を出さぬよう伝えてあります」
ディオンは玉座に寝そべる神皇・オリヴィエ、そして今は空席の神皇皇后の椅子を睨みつけた。まともに椅子にも座らず、おもちゃの兵隊で遊ぶオリヴィエは、今起きている事にすらまるで興味がないようだ。そんな様子にディオンはギリギリと歯を食いしばる。
ディオンは今のオリヴィエよりも、もっと小さな頃からずっと努力を積み重ねて来た。こんな態度で臨んだ事は一度たりとも無い。そして、それを許しているのは他ならぬ彼の父親で、ディオンにそれをさせなかったのもまた彼の父親だ。それが余計に彼の神経を逆撫でする。
「全く、こんな時に限ってアナベラまでおらぬとは…」
シルヴェストルのぼやきに、ディオンはすかさず答えた。
「逆賊アナベラは、星詠み共を誑かしておりました。つい先程、現行犯で捕らえました故、ここには参りません、父上」
シルヴェストルは仰天した。彼はアナベラの手練手管により、すっかりアナベラの言いなりであった。アナベラを信じるあまり、まさかアナベラが星詠みを操っているなどとは考えもしなかった。シルヴェストルがぽかんとしている間にも、ディオンは話を進めてゆく。
「お助けに参りました。父上」
「助け?」
シルヴェストルは混乱し始めた。ディオンはアナベラ捕縛に次いで、助けるなどという。どちらも彼の辞書には用意されていない事ばかりである。
「ザンブレクは闇に塗れております。その根源は、逆賊アナベラに他なりません」
ディオンがきっぱり言い切ると、他の者たちからどよめきが漏れた。言えぬだけで、同じ思いであった者は多い。ディオンは手応えを感じた。
「こんな時に何を言っている」
シルヴェストルはようやく一言言うが、ディオンはさらに畳み掛ける。
「父上、お労しや…。貴方は闇に蝕まれ、ご自分を見失っておられる」
ディオンはシルヴェストルの説得を始めた。父親がかつては如何に素晴らしい為政者だったかと、自分の思い出と重ねて熱弁を奮った。そして、アナベラがザンブレクに来てから全てが狂ったのだと言うと、またしてもディオンは他の者の無言の同意を得る。いつになく饒舌に語るディオンにシルヴェストルはただ困惑するばかりだが、遂に何一つ言い返すことはできなかった。
「だが、広がった闇も──この人形を失えば全て潰えよう!」
ディオンは槍を構えてオリヴィエを見据えた。殺気の塊のようなディオンにシルヴェストルは慌て始めるが、狙われているはずのオリヴィエは相変わらずぼうっとしている。オリヴィエは手にした人形を弄ぶだけで、ディオンになど見向きもしなかった。
「ディオン!猊下に刃を向けるとは何事か!」
シルヴェストルは素早くそこにいる兵士達を確認すると、彼らに命令を出した。
「構わん。捕らえろ!」
しかし、兵士の誰も動かなかった。誰もディオンを捕らえようなどとは思えなかった。シルヴェストルのあては外れ、誰一人従わない。ディオンは槍をオリヴィエに向けたまま、さらにシルヴェストルの説得を試みる。
ディオンは思いの丈を語った。民の為に尽くす事、指導者や神の在り方、現在の情勢やそれにおける国難について。しかしシルヴェストルはその国難の渦中にありながら更なる戦を仕掛け、大陸全土を手中に収めようとしていると手厳しく非難する。
シルヴェストルは、ディオンの言葉に何一つ曇りのない事に打ちのめされた。何が間違っていて、何が正しかったのか。シルヴェストルの理解の範疇をとっくに超えて、言い訳すら思い浮かばなかった。
「ディオン、お前はそれを…」
シルヴェストルがさらに何か続けようとした時、オリヴィエが口を挟んだ。
「私が灰にしろと言っているんだ」
ディオンは恐ろしい程の形相でオリヴィエを睨みつけた。オリヴィエはようやく手元の人形から目を離して、ディオンを見る。
「みんな焼けばすぐに片がつくじゃないか。バハムートになってさ」
ディオンの表情が殊更険しくなってゆく。兄の眉間に深い皺が刻まれていくのを全く意にも介さず、オリヴィエはごく軽く言い放った。
「ほら、ヴァリスゼアを他に入れてよ。兄上」
この瞬間、ディオンの意思が固まった。下がっていた槍の石突を蹴り上げ、槍の向きを変えると、ディオンは迷いなく槍を投げた。ディオンの槍はまっすぐに、オリヴィエに向かって飛んでゆく。
しかし、槍が捕えたのはオリヴィエではなかった。ディオンの愛してやまない父親である。シルヴェストルはオリヴィエを庇って、代わりにディオンの渾身の槍を腹で受け止めたのだった。
シルヴェストルの血が吹き出す。彼の後ろでオリヴィエの顔が赤く染まった。シルヴェストルは思わず自身に刺さった槍を握ったが、その手を離すと今度はその手についた血を眺める。次いでディオンを見ると、シルヴェストルは自分のした事、その結果自分の身に起こった事を、ゆっくりと理解し始めた。
ディオンは目を見開いて、父親の姿を見ていた。彼もまた自分のした事とその結果に激しく動揺している。
ディオンがするはずだったことは、こんなはずではなかったのだ。目の前で起こった事を信じたくなかった。
「私は──ディオン」
そう言い残して、シルヴェストルは倒れた。事切れた彼は、もう動かない。これには流石のオリヴィエも驚いている。
ディオンは膝から崩れ落ちた。こんな事をする為に、こんな騒ぎを起こした訳ではない。父親に真っ当な為政者に戻ってほしい一心だった。なのに、そうはならなかった。
アリーは必死で走っていた。控えの間から一連の出来事は見ていたが、もう見ていられない。アリーにしてみれば、シルヴェストルは最期までディオンを裏切り続けただけである。息子達が何を考え何を成したかよりも、血統とバハムートしか見ていなかったのだ。しかし当のディオンはそれどころではないし、それでも父の愛を疑わないかもしれない。けれど、アリーに彼の父からのディオンへの愛など、一切見えなかった。
アリーは槍を担いだまま走る。稽古でもこんなに走った事がない。白いズボンが裂けるのではないかと思うほど、大股で一目散に駆けた。
オリヴィエは玉座から降りると、呆然してと座り込むディオンの目の前までやって来た。小馬鹿にしたような顔つきでディオンに歩み寄る。
「流石は父上。庇ってくれると思ってた」
ディオンがガバリと顔を上げた。耐えられぬほどの怒りが瞬時に沸くが、オリヴィエはさらにディオンを煽る。
「ミュトスが近くに来るみたいだよ。さっさと行って、狩られておいでよ」
その時、アリーはようやくディオンの元へ辿り着いた。走って来た勢いをまともに殺さぬまま、後ろからディオンを掻き抱く。ディオンはアリーからの衝撃などもろともせず、鬼の形相でオリヴィエを睨みつけた。
ニヤリと笑うオリヴィエの瞳が青く光る。ディオンはその光に目を奪われた。どういうわけか、ディオンはどうしても目が離せなくなってしまった。
「ねえ、父殺しのディオン」
そう言われた瞬間、ディオンは自身の内側から、何かが激流となって溢れるのを感じた。それまでどうにか堰き止めていた物が、全て一気に押し寄せるような感覚だ。それに流されまいとこれまで耐えて来たのに、歯止めが効かなくなっている。このまま飲まれてはいけないと思いながら、これまでどうやって抗っていたのかわからなくなってしまった。
「ディオン、ディオン。だめ、聞いちゃだめ」
アリーはディオンの背中から必死でディオンの顔を覗き込む。ディオンの瞳が黄色く変色し始めている。普段の淡い色とは違う事に、アリーは怯みそうになった。
「ディオン!」
どうか戻って来てと、アリーは叫んだ。ディオンは確かにそこにいるのに、なぜだか遠い所へ行ってしまいそうになっているような気がした。怯んでいる場合ではない。
ふと、アリーの背中が軽くなった。次の瞬間にはディオンがアリーの槍を持っている。それをアリーが理解した頃には、ディオンはその槍でオリヴィエを貫いていた。
オリヴィエ
だったものが砕け散る。その瞬間、アリーとディオンは青白い顔をした人の様な物がオリヴィエに重なって浮かび上がるのを見た。
「オリヴィエが、アルテマだった──ということ…?」
アリーはポカンとして、もう消えてしまった人影のあった所を見つめた。ジョシュアからその存在を聞かされていたが、どんな姿かは聞いていない。けれど、直感でその影がアルテマだったのだと思った。
同じ様に座り込んだまま槍を握っているディオンも、肩で息をしながらアリーと同じ所を見ていた。瞳の色は、いつもの淡い橙色に戻っている。
「
傀儡、だったのやもしれぬな。かの者はこうして父上に干渉し、我らを手玉に取っていたのか…」
オリヴィエはアナベラの意のままに動く人形だった。彼はいつのまにか人でもなくなり、本当に人形だったのだ。
ディオンは槍を振り上げていた腕をそろりと下ろした。目の前に横たわる父親の亡骸と、唖然と立ち尽くす周りの人間たちを見比べる。
ザンブレクの闇を払う目的は達した。しかしディオンは、図らずも父を亡き者にしてしまった。その後悔と悲しみに打ちひしがれることに、意識を戻しつつある。
誰も何も話さず、動かない。しんとして音のない部屋に、靴音が響いて来る。そこにいた誰もがその音を振り向くと、歩いて来たのはテランスであった。彼はディオンやアリーが座り込んでいる目の前までやってくると立ち止まり、跪く。
「申し上げます。正規軍を排除し、皇宮は制圧しました。また、ダルメキアからは改めて停戦の申し出が届いております。殿下…いいえ、猊下。ご命令を」
テランスがそう言った瞬間、立ち尽くしていた賢人たちはそれぞれ自身の片腕を胸に当ててディオンの方へ向き直った。恭しく礼をして、
「新しき神皇猊下に、クリスタルのご加護のあらんことを」
と言った。他の兵士達もそれに倣い、次々に頭を下げる。ザンブレクの歴史が動いた瞬間だった。
2023/09/17
この回を描きたいが為に始めたと言っても過言ではない。なんせ救いがなさすぎた。
しかしその為に30話くらい書いてたのね。すんごい遠回り。そしてこの回だけ切りどころが見つからなくて、やたら長くなってしまった。
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