32 あれは何だ
集まって来た兵士達が、シルヴェストルの亡骸を片付け始めていた。彼らはシルヴェストルの身体に深々と刺さったディオンの槍を引き抜くのに手間取っている。既に血溜まりになっていて、見るのも恐ろしい光景だ。
ディオンが父を殺してしまった悲しみに打ちひしがれているうちに、周りの者達はあっさりディオンを新神皇として扱い始めた。ディオンはそれに呆気に取られていたが、それでも時は進み続け、物事はどんどん動いてゆく。
ディオンはテランスに「猊下」と呼ばれた事で、意識を現実に引き戻した。シルヴェストルもオリヴィエもいなくなった今、皇家の血縁はディオンしか残っていない。元より腹は括っていた。ディオンの望む形とは違ったが、牢に入る可能性もあったと思えばよっぽどマシである。
ディオンは立ち上がり、テランスに返事をし始めた。
「では…ダルメキアの停戦に合意する。賠償は要らぬが、代わりに今すぐにでも撤退してもらおう」
それでよろしいな、とディオンが賢人達に視線を遣ると、彼らは縮こまって一礼した。
「では、停戦についてはそのように進めてくれ。頼んだぞ」
「承知いたしました」
テランスはそう返事をすると、もう一件用事を追加した。
「逆賊アナベラについてですが、余罪が幾つもございます。処遇の決定についてはもう少し時間が必要ですが、皇籍からの抹消は免れぬかと」
「分かった。引き続き頼む」
「仰せのままに」
テランスはすっと立ち上がった。彼はディオンの事が誇らしくて堪らないといった出立である。
ディオンは隣にいるアリーを見た。母親の話を聞いて動揺する素振りはない。その事に安堵する傍ら、ディオン同時にアリーの立場を心配し始めている。
アリーは元々ロザリアの公女だった。シルヴェストルがアナベラを娶った事により、アナベラの縁者であるアリーも皇家に入ったにすぎない。許嫁のままで婚姻にも至らず、このままでは母の所業でアリーまで追放になる可能性が否めない。ディオンとしてはそれだけは避けたかった。アリーに罪はないし、彼女も散々振り回されて来たのだ。ここで放り出すような事があってはならないとディオンは思っている。それに何より、アリーはテランスと共に苦境を耐えてきた仲間だ。ディオンにとってかけがえのない人物である。誰かと添うなら、やはりアリーである。
ディオンは大きく息を吸い込んだ。俄かに緊張を覚えながら、そこにいる人々を見渡した。
「皆に、聞いて頂きたいことがある」
その部屋にいる者が、一斉にディオンの方へ向いた。彼らがその場に跪くと、部屋はしんと静まる。ディオンは意を決して口を開いた。
「余は、長らく許嫁であったアリーを正式に妃として迎えたい。ご承認頂けるだろうか」
そう言うと、ディオンはアリーの足元に跪いた。未だ握ったままだったアリーの槍を足元に置いて、空いた両手でアリーの左手を取った。ディオンはそのまま薬指にキスをして、アリーの手のひらを自身の頬に重ねる。
「アリー、良いか」
アリーは自分を見上げるディオンに釘付けになっていた。真っ直ぐに自分を見つめる瞳に嘘はない。彼はいつも誠実で、眩しいくらいに真っ直ぐである。
アリーとディオンは政略結婚をさせられるはずだった。互いに婚姻への異存は無かったものの、許嫁のまま既に18年もの月日が経っている。
「謹んでお受けしたします。猊下」
アリーがそう言うと、その場がわっと沸いた。周りの者が口々に祝福を述べ、賢人達も皆その場で賛成の意を示す。それを確認するとディオンはホッとした表情で立ち上がると、アリーをぎゅっと抱きしめた。
テランスはやや複雑な心境であった。しかし、野営地での一件で既に吹っ切れてた。失恋を癒すのにまだ時間は必要だが、彼はディオンとアリーを祝福できるくらいには持ち直している。
祝福ムード一色になったその時、屋外で耳をつんざくような轟音が響いた。そこにいた誰もが一斉に大きな窓の外を窺う。すると、何もないはずの空にぽっかりと大穴が開いていた。
如何にも禍々しく、何か出そうな雰囲気だ。暗い雲が幾重にも重なって渦巻いたような穴である。空に突如現れたそれは、街中の人々の混乱を誘う。皇宮ももちろん例に漏れず、人々の畏れや不安でいっぱいである。途端にザワザワし始めた。
その穴から、大きな手がにゅっと出てくると、辺りから悲鳴や慄きが溢れた。次いで大きな頭が見え、巨大な人型の何かが穴から現れると、恐怖と混乱で街も皇宮も大パニックになった。
「もしや、アルテマの差金ではあるまいな」
ディオンがそう言うと、アリーは息を飲んだ。抱き合ったまま、ディオンの服をぎゅっと握りしめる。
「オリヴィエは、『ミュトスが来ているから、早く狩られておいで』と言っていたわね」
しかし、ミュトスとは何だろうとアリーもディオンも首を捻った。もちろんテランスも初めて聞く言葉で、それが何を指すのかわからない。
「何にせよ、あれを放って置くわけにはゆかぬ」
ディオンは槍を拾い上げるとアリーに返した。彼に父の事を悲しみ、後悔する暇はまだ与えられそうにない。
「槍を」
ディオンがそう言うと、親衛兵の一人がディオンの槍を差し出した。
槍はすっかり清められていた。いつのまにかシルヴェストルの遺体もその場から無くなっていて、床も綺麗に掃除されていた。
ディオンは槍を持って来た兵士にシルヴェストルを丁重に弔うように言い含める。兵士が敬礼して答えると、ディオンはジロリと窓の外の巨人を睨みつけた。
「テランス」
「ここに」
ディオンはテランスを振り返る。
「民を救出と避難を最優先にせよ。余は奴を迎え撃つ」
「心得ました」
テランスが返事すると、ディオンは彼と目を合わせた。近くにいた新衛兵達とも同じようにすると、皆ぴりっと表情を引き締める。
「出るぞ」
「は!」
テランスを始め、そこにいた兵達が一斉に敬礼した。戦闘要員でない者は既に避難を始めている。
「あなた様の翼が、グエリゴールの祝福に満たされますように」
アリーはそう言って優雅に礼をした。それにディオンは驚きつつも嬉しそうに、大きくうなづく。
これまでアリーは、一度もグエリゴールに祈った事は無い。自分はロザリアの人間だという自負がそうさせて来たし、異国の神になど何の興味も持たなかった。しかし、ディオンが率いるザンブレクなら、ディオンや彼を慕う家臣の為になら、グエリゴールに祈ってやっても良いか、と思った。それに、ディオンの妃になるのなら、これ以上は避けられなくなる。アリーは自分でも驚いたが、アリーの中で燻っていた何かが、ようやく消化できた瞬間であった。
ふと、アリーは何かの鳴き声が聞こえた。窓の外を見ると、火を纏う鳥が空を舞っている。それは火の魔法を扱いながら、暴れ始めた巨人と戦っていた。
「ジョシュア!」
アリーは思わず窓へ駆け寄った。戦っているのは紛れもなくフェニックスである。
しかし次の瞬間、巨人がフェニックスの足をつかんだ。そのまま振り落とすと、フェニックスは真っ逆さまに墜落してゆく。
アリーは居ても立っても居られない。しかし、顕現が解けてしまったのか、フェニックスを見失ってしまった。
「どうしよう。ジョシュアが、ジョシュアが…」
アリーは窓に張り付いてジョシュアを必死に探している。すると、巨人は追い討ちをかけるようにさらに魔法で攻撃をし、それらはフェニックスが落ちた辺りに向かって飛んでゆく。すると今度はその辺りから火柱が出て、次の瞬間にはフェニックスとは違う火の召喚獣まで現れた。アリーは瞠目する。
クライヴが言っていた二体目とは、恐らくこれのことであろうとアリーは理解した。そしてそれはジョシュアにはイフリートと呼ばれていて、それはクライヴ本人だと聞いたばかりである。
窓にかじりついて巨人と召喚獣達の動向を追うアリーだったが、ディオンはアリーを窓から引き剥がした。ワナワナと震えながら、アリーは恨みがましくディオンを見上げる。
「アリー、ここは危ない。窓から離れろ」
「でも!」
ディオンは窓際へ戻ろうとするアリーを引っ張って、そのままテランスに引き渡した。このまま窓に張り付いていたのでは、もしも攻撃されたらひとたまりもない。アリーはすっかり混乱しているが、落ち着いて話せる状況でもなかった。
「さあ、アリー様。ここは危険です。参りましょう」
テランスに担がれてアリーが広間から出たその時、先ほどまでアリーが立っていた窓辺が爆発した。その辺りにはディオンも居たはずなのに、彼の姿が見えない。巨人は変わらず外で暴れていて、あちこちで轟音や人々の悲鳴が飛び交っている。
「ディオン!ディオンは?」
アリーは焦ってディオンを呼んだ。半狂乱である。大きく破壊された部分から風が通り、だんだん煙が抜けてゆく。
立ち込めた煙が粗方抜けると、バハムートの姿が現れた。バハムートとなったディオンはちらりとテランスとアリーを振り返る。二人の無事を確認すると、彼は巨人を迎え撃つべく飛び立った。
2023/09/19
この辺の話ははいじりすぎてもはや原型を留めていない。何が何でもディオン様をお救いする、という事だけを考えていたけど、結局いろいろ破壊されないと進められないな!
ちなみに、ジョシュアが墜落したあたりに都合よくアナベラを収容していた牢があって、それがぶっ壊れてロズフィールドさん達とジルは今頃母上と再会なさってます。そしてそのうちそこへディオンも合流する、と。
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