FF-D D+S New!夢物語


33 その後

 ディオンは、父親がおそらく初めて自分に対して微笑んでいる事に喜んでいた。これまでにない穏やかな笑みを湛え、自分に手を差し伸べる父の手が目の前にある。ディオンは夢中でその手を取ろうとした。

「父上、やりましたよ。このディオン、ザンブレクの闇を打ち払いました。我ら皇家を引き裂くものはもう何もありません」

 ディオンは父親の手に自らの手を重ねた。その手を握ろうとするのに、何故か力が入らない。そして父親の手もまた、ディオンの手を握ろうとはしてくれない。そうする間に、ディオンの手はあっという間に滑り落ちてしまった。
 父親はもうそこにはいない。代わりに現れた奈落のような闇の中をディオンはどこまでも落ちてゆく。声は出ない。喉がカラカラだった。

 ディオンは身体中の痛みで目が覚めた。目を開けると、自身の身体には綺麗に包帯が巻かれている。しかし、自分が寝かされている場所に覚えがない。近くに自分の槍が立てかけてあることから、敵意のある者に捕まったわけではないのだろうと予測する。
 寝台は硬いが、部屋はよく掃除されて清潔だ。板を継いで作られたような建物のように見えるが、自治領島にこんな作りの建造物があっただろうかとディオンは首をひねる。
 ディオンはここまでの事を思い出し始めた。

 ディオンはアリー達と別れた後、アルテマの差金とみられる巨人と戦った。そこにたまたまその地を訪れていたイフリートたるクライヴと、フェニックスであるジョシュアもその場に現れる。三体で共闘する運びとなり、突如現れた巨人を倒す事ができた。
 しかし、巨人はとどめを刺されてもなお、渾身の力で砲撃を加えた。ただでさえ巨人によって街は壊されているのに、これ以上壊されるわけにはいかない。バハムートは必死でその砲撃の軌道を追い、弾き返した。
 巨人はオリヴィエがそうだったようにバラバラと崩れた。しかしディオンも力を使い果たし、空中にいたのにも関わらず顕現が解けてしまった。ディオンは空中に放り出される。
 このまま死ぬのかとあまり働かない頭で悔やんでいると、ディオンは地上に叩きつけられる前にフェニックスによって拾い上げられる。その間にイフリートはマザークリスタルのコアを破壊した。
 クリスタルは粉々になって空に広がってゆく。ディオンはそれを思うように動かぬ身体と頭で、それをぼうっと眺めていた。

 地上ではジルと大きく成長したトルガルが、クライヴとジョシュアを待っていた。そこはもともと牢があった場所で、たまたま開いた穴からアナベラも這い出て来ていた。しかし、召喚獣と巨人の戦いを間近で見たアナベラには、彼女がかつてあれだけ溺愛していたジョシュアでさえ、化け物としか捉えられなかった。
 ジョシュアがディオンを地面に寝かせていると、クライヴも着地した。クライヴは全速力走ってジョシュアの元へ向かう。18年ぶりの兄弟の再会となった。
 涙を流して抱き合う兄弟に、ジルとトルガルも加わって喜び合う。そこにアリーもいれば幼馴染と兄弟達が揃うのだが、残念ながらここにはいない。ジョシュアがアリーと会ったばかりだと言うとクライヴとジルも喜んだが、この騒動では安否がわからない。彼らは喜んだり心配したり、忙しく表情を動かしていた。

 ディオンは身体を無理やり起こした。痛みに耐えてようやく周りを見渡すと、アナベラが呆然として自分やクライヴ達を見ている。

「オリヴィエは…オリヴィエは無事なのか。何だったのだ、あの化け物は」

 再会を喜んでいたクライヴ達が、一斉にアナベラを振り返る。

「オリヴィエは──猊下を語る不届者は、余が成敗した。だが、あれは既に人ならざる者に支配されていたようだ。身体はあのクリスタルのようにバラバラに砕け散った」

 ディオンがそう言うと、アナベラはどこに隠していたのか短剣を取り出して、ディオンに詰め寄ろうとした。ディオンは怪我をしていて動けない。しかしその時、足場が大きく揺れた。マザークリスタルが無くなった事で、建物自体が崩れ初めていた。

 アナベラは半狂乱だった。ジョシュアがそこは危ないと言っても、アナベラには聞こえていない。短剣を振り回して、近寄るジョシュアを遠ざける事に必死になっている。
 やがてアナベラは短剣で自らの命を絶った。彼女はオリヴィエも、シルヴェストルも、後ろ盾どころか国すら破壊されたことに耐えられなかった。彼女もシルヴェストルのように「建屋が燃えれば建てれば良い」論者であったはずなのに。そこでディオンの記憶は途切れている。

 ジョシュアの頼みで、意識のないディオンを担いで彼らの隠れ家に連れ帰ることになった。クライヴがディオンを担ごうと手を伸ばした時、ディオンの胸から光が溢れてクライヴの指先へと集まってゆく。バハムートの力が、クライヴに乗り移ったのだった。双方の意識とは関係なく、ごく当たり前のようにその力が移動する。クライヴにとって力が勝手に入ってくるのは初めてではないが、それには苦痛を伴うのが常であった。その後ディオンはクライヴ達の隠れ家に運ばれて、そこで怪我の手当てを受ける事となる。

 アリーが長らく支援して来たシドの隠れ家は、フーゴによって壊滅された。その後5年の歳月をかけて、クライヴ達は今ディオンがいる場所を整備して来た。ただ、その頃のザンブレクの遷都により、アリーはマーサとの連絡手段を失っている。彼女はこの新しい隠れ家のことは全く知らずにいた。

 ディオンはシーツから右手を出した。指一本動かすのも辛いのだが、どうしても石化の具合を確認したかった。痛くてもまだ動かせる事が分かると、彼はほっとしてそのまま手のひらを眺める。
 バハムートがクライヴに移った時、ディオンは確かに意識を失っていた。けれど、バハムートの力を失った事も、それが今はクライヴに宿っている事も、ディオンははっきりと悟っている。
 ディオンのこれまでの人生は、バハムートに翻弄され続けていた。その授けられた翼で民の盾になる事はディオンの誇りであり、嫌だと思った事はない。しかし、バハムートであったが故に苦しい生き方をして来たのも確かであった。
 もしもバハムートを宿していなければ、シルヴェストルは神皇にはなれなかった。アナベラと接触する事も無く、位は高くとも一族の中でも日陰のしがない貴族で終わっていただろう。
 ディオンはもともとシルヴェストルの私生児である。跡取りがいないためにシルヴェストルに買い取られた。とはいえ、もしもディオンがバハムートに目覚めなければ、貴族としての生活どころか教育すら受けさせてもらえなかったかもしれない。バハムートを手に入れたシルヴェストルの、あわよくば皇位につけるかもしれないという打算が働いたからこそ、ディオンに学ぶ機会が与えられたのだ。どちらの人生が幸せだったのかなど、もう誰にもわからない。
 いずれにせよ、ディオンにバハムートはもう必要なかった。その力をあてにし続けた父親は死に、守るべき国は破壊された。もっと悲しみに暮れても良いはずなのに、ディオンはどこか肩の荷が降りたような気持ちを否定できない。

 ディオンはもう少し周りの様子を見ようと無理やり身体を起こした。もしかしたら、アリーやテランスはそこにいないかと、僅かな期待を胸に部屋を見渡す。しかし、残念ながらここにはディオン一人しかいない。隣のベッドは無人だし、がらんとして人の気配はなかった。
 ディオンはただ座ろうとしているだけなのに、思うように動けない。自分が寝かされているベッドのように、動くたびに身体が軋んで音がしそうだ。何をしても耐えず続く痛みに思わず唸ると、誰かが部屋にやって来た。

「あら、目が覚めたのね。でもまだ寝てなさい。動くのも辛いでしょうに」

 女性が一人、腕を組んで立っていた。長い髪で隠れているが、左の頬に大きな痣がある。

「そなたが、助けてくれたのか」
「そうね。でも、お礼ならクライヴとロザリアの若様に言いなさい。ザンブレクの皇子様なんか連れて帰るものだから、驚いたわよ」

 女性はそう言いながらディオンをベッドに押し戻す。せっかく苦労して起き上がったのに、随分とあっけなかった。

「わたしはタルヤ。ここの医者よ」

 タルヤはそう言いながらディオンにシーツを掛け直した。そして、棚からカップと水差しを出して、ベッドの脇に置く。その台の上には、ディオンのシャツがきれいに畳まれていた。

「また様子を見に来るから、ちゃんと寝てなさいよ」

 タルヤはそう言い残して慌ただしく出て行った。途端に辺りがしんと静まり返るので、ディオンは急に寂しさを覚えた。

 ザンブレクがこれまでして来た事を鑑みれば、「ザンブレクなんて」と言われても仕方がない。しかし深傷を追い、身近にいた者の安否すらわからない事まで重なると、ディオンには随分堪えた。
 ディオンはまた起き上がる。タルヤの言う通り、まだ寝ていなければならないのは分かっている。しかし、ディオンにそれはできない。巨人によって破壊された街や民がどうなったのか。全てを託して来たテランスや自分を慕う聖竜騎士団が無事であるか。アリーの事も気がかりである。テランスに託したが、無事に逃げられただろうかと思うと、いくら傷が傷んでもディオンはじっとしていられなかった。

 ディオンはやっとの思いで足を床に付けた。サイドボードの引き出しを開けると、ちょうど紙とペンが入っている。ディオンはそこに世話になったと書き置きを残す。
 シャツに袖を通し、震える指でなんとかシャツの前を合わせた。傍に立てかけられた自分の槍を掴むと、それを杖の代わりに立ち上がる。きっと、ジョシュアが自分の代わりに槍を運んでくれたのだろうと、ディオンはそこに居ないジョシュアに思いを馳せた。

「感謝する。フェニックス、イフリート」

 本来なら彼らの帰りを待つべきだろう。しかし、ディオンにはまだするべき事がある。立ち止まる事などできなかった。

2023/09/23



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