FF-D D+S New!夢物語


36 砂と汗と涙と

 生き残っていたチョコボを借り、ディオンとアリーはクライヴ達の隠れ家へ向かっていた。
 バイロンから地図で説明を受けたが、ディオンは既に隠れ家に行っている。勝手に抜け出した手前、戻るとなるとディオンは些かバツが悪い。しかし、まともに礼もしないうちに出てきたのだから、ちょうど良かったのだと気を取り直すことにした。

 時折現れる魔物を、二人で協力しながら薙ぎ倒してゆく。近くに来た魔物はディオンが槍で払い、それより遠いものはアリーがクリスタルで魔法を使う。概ねディオンが倒してしまうのでアリーはほぼ何もする事がないが、初めて共闘した割に上出来であった。

 強い日差しが照りつける。ディオンもアリーも道すがら拾った布をローブがわりに頭から被っている。あちこち擦り切れているが、砂埃と日差しから守るくらいなら十分だ。まさかザンブレクの皇子らがこんな格好でこんなところを彷徨いているとは誰も思わないだろうと思うと、アリーは楽しいくらいだった。
 涼しかったロザリアは恋しいが、ザンブレクに来なければ世界はこんなにも広いのだと知る事もなかったかもしれない。アリーはどこまでも広がる砂漠やそこから立ち上る蜃気楼に心を奪われていた。

 チョコボをひたすら走らせる。やがて建物も魔物も何もない所に出ると、二人はホッと息をついた。人の往来が無いのは不気味だが、誰に咎められる事がないのも、とても快適である。

「ねえ、ディオン」
「どうした?アリー」

 ディオンは前を向いたまま返事をする。チョコボは走っているし、魔物への警戒は怠らない。

「テランスは、どこに行ったの?」

 それを聞くや否や、ディオンは思わずアリーの腰を支える手に力を込めた。

「──クリスタル自治領へ向かわせた」
「どうして?」

 アリーが後ろを振り返るが、ディオンは変わらず前を向いている。

「キエルの保護を頼んだ。私の恩人である故」
「ああ、薬師の女の子ね」

 アリーは、ディオンは聖竜騎士団と合流する前に倒れて、キエルの世話になったと言っていたのを思い出す。

「その後は?ランデラに戻るの?」
「いや──わからぬ。テランス次第だ」
「へ?」

 どういうことだ、とアリーは考え込んだ。ディオンは何も答えない。二人を乗せたチョコボは機微を察して振り向いた。速度を落とし、何歩か歩くと、立ち止まってしまった。

「ど、どういうこと?テランスは、帰って来ないの?」

 あんなに仲良しだったのに?とアリーが言うと、ディオンは縛り出すようにして答えた。

「テランスには、生きていて欲しいのだ」

 ディオンの頬に、一筋の涙が伝う。

「私はこれから、神を相手に闘いに行く。まさか連れて行く訳にはいくまい。それよりも、なるべく遠くへ逃げて欲しかった」

 アリーはディオンに強く抱き込まれる。されるがままに身を委ね、自分を抱く腕を包み込む。

「きっと、大丈夫だよ。二人とも」

 ディオンの頬から落ちた涙がアリーの頬に落ちた。暖かい涙は、とても優しい。

「生きていたら、きっとまた会えるよ。だから、ディオンも。ね」

 とはいえ、連絡手段といえば今の所ストラスくらいしか無い。一度離れてしまえば、再び会うのは運任せである。

「これは、贖罪でもある」

 アリーはぎょっとして振り向いた。ディオンはアリーをじっと見ている。

「ディオンが?何の罪で?」

 ディオンは目を瞑った。息を整えると、再びアリーの目を見る。

「父上を、殺めてしまった。街も、国も、結局守れなかった」
「ディオンのせいじゃないでしょう。アルテマよ」
「いや──」

 ディオンはゆるく首をふる。俯いて、長いまつ毛が憂鬱そうに彼の顔を隠す。

「父上を貫いたのは、私が投げた槍だ。これまでも、良く無いと思いながらも私は父上を止められなかった。街も国も破壊されてしまった。私は結局、何も守れなかった」

 ディオンはチョコボの手綱を引いた。チョコボが再び歩き始める。だが、チョコボもディオンの不穏を感じ取っていて、なかなか速く走らない。アリーは顔を前へ向けて、再びチョコボが走り出すのに備えた。

「お父上の事は、残念ながらそうかも…でも、その理論でいくなら、お父上と母上のした事は本人の責任ね。街が壊れたのも、完全にアルテマのせいだわ」

 シルヴェストルの死が槍を投げた者の罪になるのなら、シルヴェストルやアナベラの所業はそのまま彼らの罪になる。アルテマの放った巨人にしてもそうだ。だから、その罪までディオンが被る事はない。

「街の人を避難誘導してた時にね。バハムートの姿が見えた時、すごい大歓声だったのよ」

 アリーはもう一度ディオンを振り返った。彼はいまだ辛そうにしている。

「みんな不安そうだったのに、もう安心だ、とか、ディオン様が来てくれた、って。確かに全部壊れたけど、誰もディオンの事恨んでないよ」

 ディオンは驚いたような顔をして、アリーを見つめる。考えもしなかった、といった風だ。

「あら、自分で言ってたじゃない。バハムートはザンブレクの象徴なんでしょ?その翼を見せるだけで、民は安心してくれる。その通りだったわ」

 ディオンは戸惑っている。とても許されない事をしでかしたと思っていた。

「短い期間にいろいろあり過ぎたのよ」

 実際に、アナベラが表舞台から消え、シルヴェストルやオリヴィエが死んだのは全て同じ日に起こった。結果として殺してしまったのは確かに罪だが、世間はむしろディオンの英雄としての武勇伝にそれらを加えつつある。皇家の者の死を、誰一人残念がることはなかったくらいだ。
 ディオンは父を敬愛していたのに武勇伝にされても不幸なだけだ。しかし、世間からの評価は、時に本人の感情とは異なるものである。

「では、父上への償いにアルテマを倒しに行く事にする。何れにせよ、かの者を葬らねば人の生きる道が失われる」
「そうね、そうしましょう」

 アリーが微笑むと、ディオンの表情も幾らか和らいだ。ディオンが背後から、そっとアリーに口付ける。なんともいえない幸福感が湧き出るのを感じて、互いにすり寄った。

 アリーとしては、これまでのディオンへの仕打ちを鑑みれば、神皇一家の不幸は見事なしっぺ返しだ。だが、それを口にした所でディオンは幸福にはならない。むしろ傷つけるだけだろう。これ以上言う必要はないと、話題を変える事にした。

「テランスはきっとキエルを見つけて、無事でいるわ。どこかでストラスでも飛ばしてくれればいいのだけれど」
「そうだな。だが、そうなると私の決意が鈍りそうだ。故にまだ良い」

 ダルメキアの日差しは強い。干からびる前に砂漠を抜けなければと、ディオンはさらに手綱を引く。チョコボも穏やかに戻りつつある空気に安堵して、進める脚を早くし始めた。

2023/09/30
本編では、殿下は一人で隠れ家へ戻ったんだろうと思うと余計辛い。



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