39 彼方へ
「マーサ!」
アリーは人だかりの中にマーサを見つけると駆け寄った。マーサもアリーに気がつくと、互いに歩み寄る。
隠れ家の中は人で溢れていた。いよいよクライヴとジョシュア、そしてディオンがアルテマを討ちに行くというので、各地からこれまでシド達に協力してきた人達が集まってきている。
オリジンと呼ばれる物は相変わらず空に浮かび、その空もずっと薄暗い。いよいよ黒の一帯はそなら範囲を増やし、各地でエーテル溜まりが新たにできている。まさにこの世の終わり、といった風であった。
「アリー様、ご無沙汰しております」
「ええ、元気だった?また会えて嬉しいわ」
アリーはそう言ってマーサの手を取った。それをマーサも握り返して、互いの息災を喜び合う。
「自治領が壊滅したと聞いて心配しておりました」
マーサは心底ほっとしたといった表情でそう言うと微笑んだ。
「ありがとう。あなたも──ごめんなさい。母がイーストプールや宿場を襲わせたのだそうね。何もできなくて申し訳ないわ」
アリーは俯いてしまった。今さらどう詫びたら良いのかなど分からない。
「いえ──アリー様は、ずっと我々を支援してくださいました。みんな、よく分かっていますよ」
と、言われてもアリーは納得できなかった。失われた命が戻ることはない。
ディオンには、これまでの親のしでかしたことはディオンのせいではないと言った。何でも背負いすぎるディオンには、アリーはこれくらい言わないと気の毒だと思っての事だ。しかし、はやり知らぬふりなどできるはずもない。これから国がどうなるかはともかく、二人とも、これからもその咎を背負っていく事になるのだろうとアリーは考える。
すると、クライヴ達が階段から降りてきた。集まった人達の視線がこれから出向く三人に一斉に集まる。
クライヴがアリーに歩み寄る。硬く抱き合うとアリーは泣けてきた。ようやく会うことができたのに、クライヴはまた行ってしまう。それも、神とも言える強大な存在に喧嘩を売りに行くのだ。今度こそ今生の別れになってもおかしくは無い。
「アリー、行ってくるよ」
「うん…」
本当は、行ってほしく無い。ジョシュアにしてもディオンにしても、よりによってどうして最も近しい三人だったのかと、恨み言の一つで言いたいアリーである。
離れていくクライヴに名残惜しさを感じた。暖かい家族に恵まれながら、つくづく家族運が足りないとアリーは嘆く。
一方、ジョシュアとディオンはミドと包容を交わしていた。まさか付き合いの浅い自分まで泣いて抱きしめながら送り出されると思っていなかったディオンは動揺するも、ミドの気持ちはありがたく受け止めた。
「生きて帰って来いよ、王子様」
「無論、そのつもりだ。こんな所で死ねぬ」
ディオンが答えると、ミドは満足そうに笑った。
「そうだな。お姫様が待ってるもんな」
「ああ」
ディオンは照れるわけでもなく、当然だとばかりに答える。すると、ミドはたちまち耳まで赤くしてしまった。
「なんだ、自分から聞いておいて」
「う、うるさいよ」
ミドはぷいとそっぽを向いた。すると、ちょうどそこにクライヴと別れたばかりのアリーがいた。
「ほら、王子様はここだよ」
と、言って、ミドはアリーをディオンの前に立たせた。しかし、それを横からジョシュアが掻っ攫っていった。
「姉さん」
ジョシュアと抱き合うと、アリーは更に泣けてきた。あんなに小さかったのに、病弱だったのに、今やこんなに立派になった可愛い弟。なのに、やはり彼も死地へと赴くのだ。
どうしてドミナントなどに生まれてしまったのか。ロザリアにいた時は、ただ誉れであった。けれど、それはやはり呪いだったのだと、今ほど実感する事はない。
「気を付けてね。生きるのよ、ジョシュア」
アリーはジョシュアを見上げた。ジョシュアはにっこりと笑って見せる。
「うん、ありがとう。姉さん」
とはいえ、ジョシュアもまた石化の憂き目に苛まれている一人だ。もう身体中が石化していて、薬を飲まないと動けない程切迫している。もう長くはないと本人は悟っているが、それをひた隠しにしていた。余計なことは言うまいと、ジョシュアはもう一度心配症の姉を抱きしめる。そしてイタズラっぽく笑った。
「ディオンが待ちくたびれてる。さっきから睨まれすぎて怖いから、そろそろ交代するね」
と、言ってアリーを解放した。
「何を言う。余は睨んでなどいないぞ」
「そう?でも待ってたでしょ?」
などと言いながら、ジョシュアはまた笑った。不服そうにしつつも、ディオンはアリーに手を伸ばし、しっかり腕の中に収めた。
互いにしっかりと抱き合った。ジョシュアもクライヴも心地よいけれど、ディオンはまた違う。アリーはその暖かさと安心感を堪能する。
「アリー、私は今こそ、民にこの身を捧げようと思う。そして…私の心は、あなたに」
ディオンはアリーの唇に、自身のそれを重ねる。二人とも、人目を憚らず口付けをするような人生ではなかったはずだが、今やそんな事は気にしていられなかった。
「ディオン、生きて。戻ってきて。全部捧げるのはだめよ。自分の分も取っておいて」
アリーは涙が止まらなくなった。いくら心をもらっても、死んでしまっては困るのだ。
「テランスとキエルを、探しに行かねばならぬしな」
「そうよ。わたしたち、忙しいんだから」
そう言って、互いに笑い合った。もう一度口付けを交わすと、いよいよ出立である。
「アリー、行ってくる」
と言って、ディオンはアリーから離れた。顔つきは緊張で引き締まり、クライヴ、ジョシュアと頷き合う。
「行くぞ」
クライヴの声で三人は勢いよく隠れ家を飛び出した。手すりを超えて飛び降りると、すぐにディオンがバハムートに顕現する。クライヴとジョシュアを背に乗せて、遥か彼方に浮かぶオリジンを目指す。
「クライヴ!」
三人が飛び立ったところへジルが走ってきた。泣いてその名を呼ぶが、クライヴにも、ジョシュアにも聞こえていない。代わりにバハムートたるディオンがジルを振り向き、一声吠えた。
「ジル…」
アリーはジルが座り込んでしまった場所で一緒にしゃがんだ。ジルの背をさすりながら、既に遠くなってしまった三人を見送る。
「きっと帰って来るよ、みんな。信じて待ちましょう」
と、言いながら、アリーも涙が止まらなかった。説得力のかけらもないが、こう言うより他ない。行ってしまったのだから、残された者にはどうする事もできないのだ。
「そうね…ありがとう、アリー」
ジルもアリーもひたすら泣いた。周りの者は二人を気遣って、そっとしておいてくれた。
ひとしきり泣いた後、ようやく二人は涙を拭いた。気がつけば、トルガルが一緒になって丸まっている。
「こんなに泣いたのは久しぶりだったわ」
「うん。わたしも」
ふふふと互いに笑い合う。けれど、二人とも泣いても泣いてもスッキリしない。今は不安で仕方がないからだ。困った物だが、待つしかない。
「ありがとう、アリー」
「ううん。わたし、何もしてないよ。ここで泣いてただけだもの」
「それがいいのよ」
そう?とアリーが言うと、ジルは「そうよ」と微笑んだ。
「わたし、水を飲んでくるわ。アリーは?」
「ううん。わたしはまだいいわ、ありがとう」
ジルは水を飲みにそこを離れた。アリーは一人で外の景色を眺める。黒い海と、空に浮かぶオリジンの他は何も無い。遺跡が少しあるだけである。
「おや、アリー様」
アリーが声のする方を振り向く。この隠れ家でアリーをそう呼ぶ人はそれほど多くない。
「ハルポクラテス先生」
ニコニコと穏やかな笑みを讃えながら、すっかり年老いたハルポクラテスがやって来た。彼は相変わらず同じ帽子をかぶり、髭を蓄えている。
「殿下は、行ってしまわれましたな」
「ええ。今こそ民に身を捧げる、と」
「そうですか…」
ハルポクラテスはディオンが飛び立ったほうを向いて、複雑な表情をする。
「殿下は、昔から少しもお変わりがありませんでしたね。あんなにも真っ直ぐで高潔なお方は、他にいない」
「ええ」
「殿下とはまた、お話したい事がたくさんあります。ぜひとも…」
ハルポクラテスは泣いていた。先日、珍しい色をした飛龍草をディオンに差し出した時も号泣していたが、今日も静かに涙をこぼしている。
ディオンはいつも愛に飢えていた。家族からの愛に恵まれず、いつも寂しそうな、悲しそうな顔をしていた。テランスやアリーもディオンを気にかけていたが、流石に父親の代わりにはなれなかった。けれど、遠慮がちながら、こうしてディオンを思って涙してくれる人がここにもいる。
「帰って来てもらわないといけませんね。先生の飛龍草も、今度こそちゃんと受け取らせないと」
アリーはそういうと、自身の涙も拭った。
「ええ。それまでは、私が大切に育てます」
ハルポクラテスは早速、花を植える土を分けてもらって来たと言う。薄紫色の飛龍草が、今度はディオンの新しい希望の象徴になればいいと、アリーは思っている。
2023/10/05
もうちょっと続きます。わたしの解釈と願望と希望で。
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