40 こんなところに
ディオン達が飛び立ってから数時間、アリーはいても立ってもいられず小舟を買い取り、その船を漕ぎ、オリジンが浮かぶすぐ近くまでやって来てしまった。
何ができるわけでも無く、何があるわけでも無い。ただじっと待っている事がどうしてもできなかった。
やがて岸を見つけてそこへ上陸すると、アリーは砂の上に座り込んで不気味に輝くオリジンを見つめた。未だ何か変わった様子はない。アリーは深いため息をついた。
ディオンはバハムートに顕現した。クライヴにその力を吸い取られても尚、顕現はできる。しかしそれは己を失う行為だと聞かされて、心配しないわけがない。
見えた限りはいつものディオンであった。とはいえ、クライヴたちをオリジンに送った後、ディオンがそのまま帰ってくるとは思えない。無事にアルテマを討ったとしても、帰りはどうするのだろう。どう考えても生きて帰れなさそうで、アリーは空を眺めてはため息ばかりついていた。
ふと、アリーは子供の声を聞いた。元気のよさそうな女の子の声が、誰かと話している。風の音でよく聞こえないが、大人と一緒らしいと分かるとアリーは勝手に安堵する。
こんな辺鄙な岸辺に誰が来るのだろう。アリーは声のする方を向いた。坂道になっていてよく見えないが、チョコボに乗った女の子と、そのチョコボの手綱を引く大人がいるようだ。
女の子は時折心配そうな顔をするが、怖がったりはしていない。万が一人攫いだったらと女の子を心配したアリーだったが、たぶん大丈夫だろうと見当をつけた。
アリーが再びオリジンに目を向けた時、聴き慣れた声がして驚いた。幻聴では無いかと振り返ると、女の子のチョコボの手綱を引いている男と目が合った。男はやはり見慣れた白を基調とした鎧に身を包んでいて、腰には立派な騎士剣を下げていた。
「テランス?テランスでしょう?」
アリーが思わず立ち上がると、男とチョコボも立ち止まった。女の子は目を丸くしてアリーを見つめている。
「アリー様!?」
テランスは素っ頓狂な声で答えた。隣の女の子もきょとんとして、アリーとテランスを交互に見比べている。アリーはテランスと女の子の元へ走って行った。
「良かった、テランス。無事だったのね」
アリーはそう言いながら涙を拭った。ここ最近、泣いてばかりである。
「あれは、元々クリスタル自治領だったのでしょう?」
アリーはオリジンを指差した。テランスも神妙な顔つきで頷く。
「はい。我々が自治領を出て間も無く、突然島から閃光が溢れたかと思うと、あのように…」
危機一髪だったのだとテランスは説明すると、アリーは身震いをした。まさか誰もこんなことになるとは予想できなかったとはいえ、ディオンの望みを叶える筈が、とんだ逆効果になりかなかったのだ。
クライヴ達によると、自治領島そのものがアルテマの持ち物だったということだった。それが本来あるべき所に戻ったらしい。
「本当に、あなた達が無事で良かった…あら、じゃあ、あなたがキエルね」
アリーはキエルに微笑みかける。キエルは途端に緊張した面持ちになった。
「初めまして。わたしはアリー。ディオンを助けてくれてありがとう」
「いいえ、そんな。困った時はお互い様だから…」
キエルはそう言って笑った。しかし、
「それなのに、こんなにもらえません」
と言って、困った顔をする。何の話だと、アリーは首を捻った。
「こんなにって、何を?」
アリーが小首を傾げると、テランスがキエルと同じように困った顔をして、懐から皮の巾着を取り出した。中にぎっしり詰まったコインがじゃらりと音を立てる。
「ディオン様が、これをキエルにと。寝床と食糧を与えて保護するようにとのご命令なのですが、この通りまだ何一つ受け取って貰えないのです」
「だって。貰いすぎだよ」
テランスは困り果てて眉をハの字にしている。キエルも同じように困っているが、ディオンとて命を救われた礼をまともにしないではいられない。庶民の感覚だとやり過ぎになる事にディオンは気がついていないのだが、そこを遠慮するキエルにアリーはとても好感を持った。
「そうね、薬代にしてはちょっと極端かもね。でも、あなたを一人で放っておけない気持ちも分かるわ」
「ええ、近頃ますます物騒ですからね」
アリーも困って、キエルとテランスを見比べる。こうしてみると、この二人は似たような表情で遠慮しあっている。歳の離れた兄妹か、はたまた親子のようにも見えた。
「そういえば、どうしてここに?どこに向かおうとしているの?」
アリーが問うと、テランスは答える。しかし彼はますます困ったような表情になった。
「一旦ランデラヘ戻ろうかと思っていました。あそこにはバイロン卿や聖竜騎士団がいますし、キエルの薬もそこで売れるでしょう。ですが──」
テランスは途端に泣きそうな顔になった。何かを思い出すように、空を見上げる。
「ディオン様が──バハムートが、空を駆けるのが見えました。あれに向かって」
テランスはオリジンへ向かうバハムートを見て、思わずここまで来てしまったのだと言った。キエルの保護と言いながら、キエルを付き合わせてしまったと申し訳なさそうにしている。
「どうして?後悔するならやっておいた方が良いよって言ったでしょう?わたしは行く当てなんかないから、良いのに」
キエルはそう言うと微笑んだ。テランスはありがとうと言うと、オリジンを睨み付ける。空はだんだん夕暮れに染まりつつあった。
「ディオン様は、あそこでアルテマと戦っていらっしゃるのですね」
「ええ。今朝、出発したの。ディオンは兄さんとジョシュアを乗せて、飛び立ったわ」
ディオンの顕現の危険性については、アリーは話さなかった。今さらどうにもならない事で、これ以上テランスを悩ませたくない。心配なのはアリーも同じだ。余計な心配はなるべく増やしたくなかった。
三人でしばらくオリジンを眺めた後、アリーは二人に提案した。
「ねえ、隠れ家に来ない?ランデラよりも近いし安全よ。それに、もうすぐ夜になるわ」
「しかし──」
キエルはその誘いに頷こうとしたのだが、テランスは動揺していた。一度ディオンから
暇を告げられた身だ。主人に呼ばれてもいないのに、勝手には行けないと思い悩む。
「ううん、来て。そこで、一緒にディオンを待って。ディオンも望んでいるわ」
さらに、隠れ家にはタルヤという腕の良い医師や薬師までいる。キエルの薬を売る機会も、勉強する機会にもなるはずだと、アリーは必死で説得した。
ようやくテランスが折れようとした時、空から何かが降って来た。パラパラと細かいものが日を反射しながら降り注ぐ。地上にたどり着く前に消えてしまう。まるで雨のようだった。
「あ!見て!」
キエルの声でテランスとアリーが空を仰いだ。オリジンを覆っていたものが、砕けて粉々に散っていた。
「…壊れているの?」
パラバラと崩れていく様は、マザークリスタルが消滅した時のようだった。美しく幻想的な光景だが、何が起こってそうなったのかがわからない。不安を煽られる一方である。
「あれは──」
テランスは空の上に何かを見つけた。彼は真っ逆さまに降って来るそれを凝視している。そうかと思えば、テランスはチョコボの手綱をアリーの手に押し込んだ。そして、大急ぎで鎧と腰に携えた剣、上着とを脱ぎ始める。
「テランス?どうしたの?」
何が始まるのだとキエルもアリーも驚くが、テランスの様子は尋常では無い。とにかく大急ぎであった。
「アリー様、その小舟をお借りします」
言うや否や、返事も聞かずにテランスはアリーが乗って来た小舟に飛び乗った。船を必死で漕いで、沖へ一直線に向かって行く。
「どうしちゃったんだろう…」
キエルはポカンとしてテランスを見送った。アリーもあっけに取られている。そうする間にもテランスはどんどん漕いで、船を進めている。
ふと、アリーは遠くの空を見上げたテランスが向かう先の上空に、人が落ちて来るのが見えた。その近くには、細長い何かも一緒に降って来ている。
「も、もしかして、あれ──」
アリーが言い終わらないうちに、その人は激しい水飛沫をあげて海に落ちた。テランスもほぼ同時に水に飛び込み、一時船は無人になる。数秒して、テランスが浮かび上がって来ると、先ほど落ちて来た人と槍を小舟に押し込んだ。
「ディオンよ、ディオンが落ちて来たんだわ!」
「えっ?」
キエルは驚いて海を見た。ディオンの顔は覚えているが、キエルには遠すぎてわからない。けれど、テランスがあれだけ必死になるのだからきっとそうだと思った。
アリーは途端に緊張し始めた。テランスが引き上げたのは、遠目からも確かにディオンだと分かった。だが、この場所からではディオンが無事かどうかはわからない。アリーはテランスが再び戻って来るのを今か今かと待つ。キエルはチョコボから降りて、心配気にアリーを見上げた。
やがてテランスが戻ってくると、びっしょりと濡れて意識の無いディオンが運ばれて来た。
ディオンは頭から血を流し、擦り切れた袖からは完全に石化した右腕が見える。白かった筈の帷子も血で真っ赤に染まっていた。
しかし、辛うじて息はある。三人は大慌てで、ディオンを隠れ家へと運んだ。
2023/10/07
この何回かめちゃめちゃ書きにくくて難儀していました。ストーリーにはっきり書かれてないところで好きに想像するのが楽しいなとつくづく思う。
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