6 再会
日が昇ると、アリーはようやく自分の服や肌が汚れ、傷だらけになっている事に気がついた。
白かった寝巻きにはもはや血なのか泥なのか分からないシミがべったりと付き、あちこちが破れてほつれている。レースで飾られていたはずの襟も千切れてしまった。皮のベストとズボン、ブーツですら所々破れている。
そして破れた服の下からは傷付いた肌が見えていた。まだかさぶたにもならない場所さえある。けれど、アリーは傷の痛みも、汚れた衣服もあまり気にならなかった。これまでの出来事と、これから起こるかもしれない事で頭が一杯である。
捕虜というからには、牢にでも入れられるのだろうか。アリーは恐ろしくなった。それに、アリーはロザリアの民が守られる事を条件にして来たが、それがきちんと果たされているかどうかはここにいては分からない。
アリーの頭の中は悶々として、悩みで溢れている。しかしそれは自分ではどうにもできないことばかりだ。
馬車に揺られてアリーがようやくオリフレムに着いた頃、ロザリアを出発してから丸1日経っていた。ほぼ休みなく走って来て、アリーもチョコボも、アリーを連れて来た兵たちもくたくたに疲れている。
皇宮に入ると、アリーはまず小さな部屋に通された。部屋には侍女が2人とベアラーが1人。揃ってアリーを待っていた。
アリーはまず、ベアラーの魔法で傷の治療を受ける事となった。そのベアラーは既に片手が石になっている。けれども彼女は魔法を使ってアリーの傷だらけの身体をひたすら癒す。虚な顔をして今にも倒れそうになっているのに、誰一人それを気にしていない。
「ねえ、このベアラーはもう石化しているわ。休ませてあげて」
近くにいた侍女達にアリーがそういうと、侍女達はひどく困惑し、何かに恐るような表情になった。
「申し訳ありません。今、代わりのベアラーを用意いたしますわ」
それを聞いてアリーも困惑した。そのベアラーが気に入らないというわけではないのだ。
「いえ、そうではなくて…」
と、そこまで言ってアリーは諦めた。ベアラーに対する認識が違う。ザンブレクでのベアラーの扱いは悪いとは聞いていたが、ここでその評価と現実が一致した。
その後、アリーは侍女達によって湯浴みと着替えをさせられる事になる。アリーが着て来た服はその場で捨てられてしまった。一晩ですっかりボロボロになってしまっていたのだが、理由はそれだけではない。ロザリアの品は一切を拒まれている。アリーは寝巻きのままここまで来たようなものだが、もしもそれがお気に入りのドレスであったなら、アリーはよけいに落ち込んでいたかもしれない。
人形のように飾り立てられて、アリーはすっかり淑女になった。槍を振り回しては返り血を浴び、あちこち怪我しながらチョコボで駆け回って来たようにはもう見えない。
着せられたドレスの滑らかでかつ厚みのある生地は上品そのものだ。深い緑色の膝よりも少し丈の長いスカートは、アリーを年齢よりも大人に見せている。
また、襟の立ったザンブレク風のドレスには所々に豪奢な刺繍が施されていて、アリーにはとても目新しかった。平時ならその違いも美しさも楽しめたが、それは同時にロザリアの人間である事を否定されたような気にもなる。アリーはちっとも嬉しくなかった。
とはいえ、正装と呼んで差し支えないような如何にも高価なドレスだ。アリーがこんな物を着るのは、何か公式の儀式や要人を迎える時くらいのものであった。捕虜として来た割にこの厚遇は何だろうとアリーは首を傾げる。いくらアリーが公女であっても、捕虜なのだからそのまま牢に放り込まれる事だって十分想定できたのだ。
アリーの着替えが済んだ頃、小部屋の扉がノックされた。部屋にいた侍女の一人によって扉が開けられると、アリーは目を剥くほど驚いた。どこを探しても見つからなかった母が、その扉から入って来たのだ。
「母上?なぜここにいらっしゃるのですか。ロザリア中を探していたのですよ!」
とアリーが言えば、アナベラはさも当然かのようにこう言った。
「何故?元々ここに来る予定でした。お前にも迎えを寄越したのに、なぜ来なかったのです」
アリーは昨晩目覚めてからの事を思い出し始めた。物音や悲鳴で目が覚めて、慌てて飛び起きた。とりあえず動きやすそうな服に着替えたらビッグスがやって来たのだった。
「もしや、迎えとはビッグスの事でしょうか?」
アリーはそうは言ったものの、ビッグスとは一緒に城を脱出して鉄王国相手に戦ったのだ。母親の言う迎えとは違う気がした。アリーには、何が何だかわからない。
「いいえ。侍女を2人向かわせたはずですが」
「ビッグスしか来ていませんよ、母上。ですが──」
アリーは鉄王国の者が女子供を攫って行ったことを話した。ジルも見つからなかったし、もしかしたらその侍女たちも途中で捕まったのかもしれない、と。しかし、アナベラはその話に興味を示さなかった。
「そうですか。まあいいでしょう。アリーはここにいるのだから」
「大勢攫われているのですよ!彼らはどうするのです。ジルだって大切なお客人だと父上は仰いました。なのに、わたしは、手の届く範囲ですら助けられなかった…」
アリーはワナワナと震えているが、アナベラは意にも介さない。
「ロザリアは滅亡しました。今や彼の地はこのザンブレクの属領。神皇猊下に全て委ねておけば良いのです」
「母上?何を…」
アナベラは不機嫌そうにピシャリと言い切った。アリーを見下ろす目は、日頃クライヴやジルに向ける冷たい視線とよく似ている。こうなるとアリーの経験上、これ以上喋っても碌なことにはならない。しかし、アリーも聞かずにはいられなかった。
「母上、父上と兄上、ジョシュアは無事なのでしょうか」
そう言った時、アナベラはぴたりと動きを止めた。
「ジョシュアが、死んでしまった」
アリーは息をつめた。あんなに可愛らしい弟が、もうこの世にいないなどと信じられない。しかし彼を溺愛していた母の様子から、きっとそれは間違い無いのだろうと思った。
「ち、父上と、兄上は…」
アナベラは無言で頭を横に振る。アリーは暗闇の崖にでも突き落とされた気分だ。立て続けに辛いことが重なりすぎて、アリーは涙すら出なかった。
この後アリーはアナベラに連れられて神皇に謁見した。しかしアリーは後に思い返しても、この辺りの記憶が曖昧である。疲れと絶望感でいっぱいで、さらに国を超えて大移動して来た。
とにかく目まぐるしく、喪失ばかりだ。アリーは自分の周りの出来事に、すっかり取り残されてしまった。
2023/07/29
アナベラ弾が炸裂した結果、結局はどっちも滅ぶんだから大したもんである。アルテマ要らず
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