5 暁の頃
長かった夜が開けた頃、ようやく鉄王国軍が撤退した。しかし兵も民も大勢亡くなり、攫われたまま取り返せなかった民も大勢いる。守備の要とも言える城門も壊されて、ロザリアが勝ったとは到底言えない状況だった。
また、アリーがどこを探しても、ジルも、アナベラも、トルガルも、依然として見つからない。アリーは途方に暮れていた。
母はともかく、ジルは幼い頃に北方の国の首長から平和の証としてロザリアに差し出されている。いわば人質のようなものだが、アリー達とは本当の兄妹のように育った大切な友人である。父にも兄弟にも、そしてジルの父である白銀公にも、アリーはどう顔向けしたら良いのかわからない。
生きている者も、亡くなっている者も、城の裏口へ集められている。アリーはチョコボから降りてそれを兵に託すと、亡くなった者達を一人一人見ては祈りを捧げて回った。
死者の中にはアリーの見知った者も多く、これだけでも心が潰れそうだ。しかし、アリーはその中にビッグスを見つけてしまった。
「ビッグス、ああ。嘘よ…」
アリーはとても強いショックを受けた。ビッグスは幼い頃から知っている。今日だって、真っ先にアリーの部屋へ駆けつけてくれたのがこのビッグスである。アリーは膝から崩れ落ちるようにしてその場に座り込んだ。
「ビッグス、どうして」
ビッグスに何があったかは、最早わからない。せめて彼が安らかであるように、アリーは祈りを捧げる。
アリーが荷馬車を追うように命じた後、ビッグスとはそれきりになっていた。荷馬車の破壊と民の無事は確認したのに、アリーはビッグスとこんな姿で対面するとは思わなかった。
しかし、あれは戦だ。一つ間違えばアリーもそこに寝かされていたかもしれない。アリーは気が狂いそうだった。
「アリー様」
背後から呼ばれて振り向くと、ウエッジが一切れのパンをアリーに差し出していた。パンには薄く切られたチーズが挟まっている。
「どうぞ、召し上がってください。お疲れでしょう」
アリーは辺りを見回した。逃げ延びた人が大勢いる。ベアラーも、そうでない人も、みな一様に暗い顔をして下を向いていた。
「他の者は、民には行き渡っていますか?あなたは食べたの?わたしは、その後でいいわ」
アリーがそういうと、ウエッジはアリーの手を取った。
「失礼します、アリー様。みんな食べていますからご安心ください。数日分の備蓄を確保してあります。ですから、これはアリー様の分です。あまり多くはありませんが」
ウエッジはそう言って、アリーの手にパンを握らせる。
「ありがとう。頂くわ」
アリーはパンを一口かじった。しかし、砂を噛むような味しかしない。まだ緊張が解けきっていないのだと自覚すると、よけいに疲れたような気がした。
「アリー様、申し上げます」
1人の兵士がやって来た。アリーは噛んでいたパンを飲み込むと、兵士の要件を聞く。
「ストラスが…フェニックスゲートに送ったストラスが、そのまま帰って来ました。誰も受け取らなかったようです」
「何?」
アリーの側にいたウエッジが、驚いて兵士に詰め寄った。何事かと、周囲もざわつきはじめる。
「どういう事だ。届かなかったなんて…クソっ」
「フェニックスゲートへ兵を送って頂戴。何かあったのかもしれない」
ウエッジとその兵士にそう言うと、アリーは残りのパンも急いで食べた。あと一口を飲み込もうとした時、城門の方からまた1人の兵士が駆けてくる。
「も、申し上げます。ザ、ザンブレク兵が、城下に押し寄せて…」
ぜいぜいと息をする兵士は、しゃべりながらその場に倒れた。うつ伏せに倒れた背中に何かが刺さっている。彼が通って来た道にも、所々に赤い血が落ちていた。アリーはパンと一緒にゴクリと唾を飲み込んだ。
「ザンブレクが、なぜ…」
他の兵士たちも、民衆までもが異変に気が付き始めた。しかし、驚いている場合ではない。アリーはすぐさまウエッジや数人の兵士と共に、城下へ駆けた。
様子を伺うまでもなく、町は既に概ねザンブレク兵に占領されていた。ロザリア兵はまともに抵抗すらできずにすぐに追い詰められしまう。アリー達は城まで退却せざるを得なかった。
それからはあっという間だった。数多のザンブレク兵に取り囲まれ、アリー達は身動きが取れなくなってしまった。
アリーはザンブレク兵を睨みつけた。しかし、勝てる見込みがないのは明らかである。兵力の差は圧倒的だった。
「なぜ、ザンブレク兵がここにいる。我々は同名国ではなかったか」
アリーは問うが、隊長然とした兵士の答えは残酷だった。
「これより、ロザリアはザンブレクの属領となる」
それを聞いたロザリアの民衆も兵もざわめいた。ようやく鉄王国が退いたのに、今度はザンブレクの属領などとはとんだ悪夢である。
「勝手なことを」
「貴方様には、捕虜として皇宮まで来ていただきます。アリー・ロズフィールド卿」
さらにどよめきが起こった。兵士達の中には武器を握りしめて抵抗しようとした者もいたが、多勢に無勢である。どう戦おうと勝ち目などない。悲観に暮れた民と集団自決など、アリーは御免である。怒り立つ兵士を宥めるように、アリーは片手を広げて制した。
「民と残りの兵の安全を約束して欲しい」
「御意にございます」
「わかった」
ウエッジは唖然としてアリーを見つめていた。ロザリアの民も兵も、しんと静まり返ってしまった。
「得物をお預かりします」
「…分かった」
槍を待った兵士がアリーに言った。噂に聞く聖竜騎士だろうかと思いながら、アリーは槍を手に取り、それを手放した。カラカラと音を立てて転がる槍をその兵士が拾い上げるのを、アリーは虚しく眺めた。
この槍は、アリーの敬愛する父からの贈り物である。アリーは誰かも分からぬような者にこの槍を触らせたくなかった。地面に落とすなど以ての外だ。しかし、ここで下手なことをすれば、自分も民も命が危ない。
「その槍は、大切な物なの。大事に扱ってもらえると嬉しいわ」
アリーが槍を持つ兵士にそう言うと、その兵士は短く返事をした。
隊長がアリーに出発を促す。猶予は与えられないようだとアリーは既に諦めの境地だ。
「では、こちらへ」
アリーは大人しくザンブレク兵に着いて歩き始めた。背後から、ロザリアの民衆の啜り泣きやアリーを呼ぶ声を聞こえる。アリーは振り向かずに、ひたすら前を睨みつけて歩いた。
2023/07/27
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