8 飛龍草
アリーはディオンに連れられて皇宮の中庭へやって来た。テランスは2人の後ろをほんの少し離れてついて来る。
ディオンとテランスが言ったように、広い花壇が白い花で埋め尽くされていた。そして、庭園に近づくに連れて、何ともいえない良い香りが漂い始める。
また、庭園は人の姿もまばらで、塞ぎ込んでいたアリーには丁度良かった。それに、彼らはディオン達が表れると遠くから会釈し、遠慮がちに直ぐにいなくなってしまった。
このホワイトウィルム城は、ロザリス城とはまた違う赴きの荘厳な城であった。気候も、服装も、咲いている花の種類まで、アリーがこれまで生活していた場所とは違った。まるで別世界にいるかのようで、アリーにはこれまで起こった事の全てが幻想だったような気さえしてくる。
花に埋め尽くされた風景はとにかく美しい。アリーは思わず感嘆のため息をついた。アリーのささくれてぐちゃぐちゃになった心が洗われゆくようだ。好きでザンブレクに来たわけではないが、花に罪は無い。
「きれい…」
アリー思わず呟いた言葉に、ディオンは嬉しくなった。この花々は、ディオンのお気に入りである。
「飛龍草といいます。我が国の象徴です」
ディオンが良かれと思って紹介したのはアリーにもわかるし、それを咎めるつもりはない。だがそれを聞いて、アリーは急に悲しくなってしまった。
ロザリスの城にも中庭があった。いつもよく整備されていて、アリーもそこで季節ごとの風景を楽しんでいた。アリーはジルと庭園をよく散歩していて、トルガルがその後ろをついてくる。時折りそこにクライヴやジョシュアが加わることもあった。なのに、そんなアリーの日常は一瞬で消えてしまった。
美しかった花壇もロザリスも、あの晩無惨に踏み荒らされた。アリーがオリフレムへ来る時はもう見る影もなく、その光景がアリーの頭の中をぐるぐると駆け巡る。
「わたしにも、同じ歳の友人がいました。兄妹のように仲が良く、兄かジョシュアがいずれ娶る人でした。けれど、あの日…みんな…」
そこまで言うと、アリーの目から涙が溢れた。ぽろぽろととめどなく流れて止まらない。両手で顔を覆って、アリーは静かに泣いた。
ディオンはアリーの背に手を置いて、宥めるようにさすり始める。彼の暖かい手がアリーはとても心地よかった。
これまで涙も出なかったのが嘘のように、アリーの涙は堰を切ったように溢れて止まらなかった。
「テランス」
「はい、ディオン様」
控えていたテランスに、ディオンは小声で人払いを命じた。今は三人しかいないが、人に見せるような事でもない。テランスは直ぐに動き出した。
アリーはついに嗚咽を漏らし始めた。ディオンはいつの間にかアリーに胸を貸し、背中をさすり続け、アリーの悲しみを黙って受け止める。アリーはいつも友が側にいるディオンが羨ましかった。しかしディオンもまた、アリーが羨ましかった。
ディオンに兄弟はいない。唯一の肉親である神皇とは、毎日会えるような生活ではない。同じ敷地に入るはずなのに、たとえ会えても何か用事を言いつけられるだけだ。無論、大した触れ合いもない。幼い頃には確かにいたはずの母は、もう姿すら思い出せなくなった。
埋まらない寂しさを、ディオンは当たり前に諦めていた。しかし彼が諦めた物を、アリーは当たり前に持っていた。その事にディオンは気づいてしまったのだ。
庭でひとしきり泣いた後、アリーはディオンに部屋まで送り届けられた。その後に出された夕食を、アリーは久しぶりに食べる事ができた。アリーの慣れ親しんだ料理でも味付けでもなかったが、彼女はようやく空腹と味を感じる事ができたのである。
翌日、アリーとディオンは、双方の親から正式に互いを義理の姉弟として紹介される事となった。前日に偶然会っていたものの、2人は素知らぬ顔をして、初めて会う体で挨拶を交わした。2人だけの秘密ができたようで、アリーもディオンも嬉しかった。
2023/08/02
FF-D D+S New!夢物語
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