9 アナベラの思惑
アリーはいそいそと新しい稽古着に着替えていた。これからディオンやテランスと共に槍の稽古に出る。アリーがロザリアを出て数ヶ月。長らく離れていたが、ようやく再開する事が出来たのだった。
「新しい」といっても、アリーが来ている稽古着は新品ではない。手合わせをするにあたり、ディオンが自らの服をアリーに貸した物だった。今後も稽古をするために新しく用意するのだが、それが届くまではこれしか無い。
服の作りがロザリアとは違ったために、ただ着るだけでもアリーはもいちいち苦労している。だが、稽古ができる事も、新しい友がこうして気にかけてくれるのも嬉しくて、そのくらい何でもなかった。
幸い、ディオンもアリーも背丈は同じくらいだった。小柄なジョシュアの服ならば、アリーは着られなかったはずだ。
何度か共に稽古をするうちに、アリーはディオンやテランスとすっかり打ち解けていた。
アリーとディオンは、公式には義理の姉弟である。テランスは弟の従者なのだが、その実仲の良い三人組であった。
アリーが肩より少し伸びた黒い髪を一つにまとめていると、扉をノックする音がした。
「はい、どうぞ」
アリーが答えると、アナベラの侍女が扉を開けた。アナベラが部屋に入って来る。着いて来た侍女が、外からそっと扉を閉めた。
「まあ、またそんな格好をして」
アナベラは入るなりアリーの姿にため息をついた。
詰襟に金属の留め具が真ん中についた白いシャツ、そして腿の部分に大きくザンブレクの伝統的な刺繍が入った薄灰色のズボンは、ディオンの物ながらアリーにもぴったりだった。
「あなたは今やザンブレクの皇女です。まだ槍術などを続けるつもりですか」
「ええ、わたしはあの日、将軍から教わった槍術と、父上から賜った槍に助けられました。手の届いた範囲とはいえ、幾人かの民を助けられた自負もあります」
アナベラはさも面白くなさそうだが、アリーは最早慣れっこである。父がいれば援護してくれただろうが、もう期待できない事が悲しかった。
それよりも、アリーにはアナベラに聞きたい事があった。件の騒動の大まかな経緯は方々で聞き及んでいたものの、冷静になればなるほどよくわからなくなるのだ。
「母上、フェニックスゲートは、ザンブレク兵に襲撃されたそうですね」
「ええ、そうですが」
アナベラはアリーの視線から逃れるように、アリーがつい最近までひたすら眺めていた窓の向こうへ視線を移す。
「なぜ、ザンブレクだったのです」
ロザリア軍は鉄王国との戦に出陣した。襲撃してくるなら鉄王国だったのではないか。それなのに、実際にやって来たのはザンブレクだった。
ロザリアとザンブレクは同盟国であった。いくら乱世とはいえ、友好的に付き合っていたはずの国に突然襲われる理由がアリーにはいくら考えてもわからない。
「フェニックスを産む我々の血、そしてバハムートを産むルサージュの血」
アリーは怪訝な顔した。今、アリーはそんな話をしているつもりはない。
「その二つが合わされば、世界で一番高貴な子が生まれる」
「何の話ですか」
アナベラは視線をアリーに戻した。至極真面目な顔で続ける。
「私か、お前がルサージュの子を産むのです。世界一高貴な子は、世界を統べるに相応しい」
名案だとはっきり顔に書かれたような母親の態度に、アリーはあっけに取られた。まさかそんな事を考えていたとは想像もしない。
「既にジョシュアがいたではありませんか。それとも…わたしはジョシュアの代わりですか」
ジョシュアと聞いて、アナベラはぴたりと動きを止めた。途端に両手で顔を覆い、大袈裟なほどに嘆き始める。
「ああ、わたしの可愛いジョシュア。あの子は助かるはずだった。そのための迎えも用意していた。それなのに、ああ」
フェニックスゲートは煤だらけで、激しい炎に焼かれたと見られる場所も多かった。その付近で見つかった遺体は灰になっていたものも多い。何らかの理由でジョシュアがフェニックスに顕現したのだろうというのが、ザンブレク軍の見立てであった。
尚、その時フェニックスゲートにいたザンブレク兵の中に生き残りはいない。
アリーはアナベラの言い方に疑問を持った。ジョシュアは助かる予定で、迎えも用意していた。つまり、アナベラは少なくともフェニックスゲートで何が起こるのかを、予め知っていたという事になる。
「ロザリアを売ったのですね、母上」
アナベラは答えない。答える代わりにジロリとアリーを睨みつける。
「そのような事をせずとも、わたしをディオン殿下の元へ嫁がせればよかったのではありませんか」
アリーがそう言うと、アナベラはますます表情を険しくした。
「できるものならそうしていた。だが、エルウィンが反対したのだ」
もしもアリーがザンブレクの皇家に嫁ぎ子を成せば、今後はザンブレクにもフェニックスのドミナントが現れる可能性が生まれる。代々フェニックスのドミナントを太公としていたロザリアとしては、あってはならない事である。それ故、亡きエルウィンがアナベラのその考えに取り合う事などなかった。
「民も兵も、大勢の命を失いました」
「民草などどうでも良い。高貴な血が絶えなければそれで良いのです」
アリーは絶句した。エルウィンがここにいれば、確実に激怒しているだろう。アリーはかねてからアナベラが兄やベアラーを疎んでいたのは知ったいた。だが、そうでない者までをもここまで見下していたとは思いもよらなかった。
「兄上も高貴な血でした」
「あれは、フェニックスを宿さなかった!」
アナベラは叫び声を上げると、もう苛立ちを隠そうともしなくなった。
「父上もわたしも、フェニックスではありません。母上だって──」
「エルウィンは太公を継ぎ、この高貴な血に恥じぬ地位を得た。お前もわたしも世継ぎを産める。しかしあれは、ただの無駄飯食いではないか!」
アリーは目の前が真っ暗になった。母親の思惑など知らなかったし、むしろ知らずに済むならその方が良かった。
アリーが驚きと絶望ですっかり固まっていると、アナベラは声色を元に戻してこう言った。
「たとえ私が産めずとも、お前が産んでくれよう」
「ですが、母──」
「近いうちに、お前とディオン殿下との婚約が正式に発表されます。そのつもりでいるように。分かりましたね、アリー」
アナベラはアリーの言葉を遮り、言いたい事を言うとさっさと部屋から出て行った。侍女が閉める扉の隙間から、さも不機嫌そうに歩いてゆくのが見える。
アリーはまた現実に打ちのめされた。自分は母の愛を得た訳ではない。ジョシュアの代わりでもなく、ただアナベラの思い描く理想の子を産むために必要とされただけである。
2023/08/04
アナベラはどの辺りからディオンの出生を疑ってたんだろう。片親の時点でいろいろ疑ってそうだ。それで狙いをザンブレクに定めたか??
ただ、夢としてはこの時点ではまだ気づいてない事にしないと成立しない。
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