5 医術の心得
今日も外が騒がしい。帝国兵が酔って暴れている。彼らはどうも、がさつで品がない。わたしはふう、とため息をついた。
わたしはあの日、必死で逃げていた。ミンウさまを探しながら走っていたはずなのだけれど、気が付いたらここに寝かされていた。
「リリー、水をくれないか。」
「はい、スコットさま。只今差し上げます。」
「ありがとう。すまないね。」
スコットさまとわたしは、フィン城下にある酒場のマスターに助けられた。マスターも逃げ遅れた一人だが、そのまま帝国兵相手に商売を続けているなかなかのやり手だ。わたしたちはその酒場の奥で匿われている。
わたしはどうやら逃げる時に頭を打ち、気を失って倒れたらしい。血は止まったけれど、傷はまだ治っていない。つめたがいをあしらった髪飾りをしていたのだが、気づいた時には無くなっていた。魔除けになるから、といつかミンウさまから頂いた大事な物だったのに。
それよりも、スコットさまは更に容態が悪かった。酷い怪我を負われ、この数日はずっと意識がない状態が続いていた。昨晩ようやく意識が回復なさったが、ひどく衰弱されている。なのに、満足な治療も出来ないでいた。
あり合わせの物でなんとか包帯代わりの布を作り、酒場のお酒を分けてもらい止血はした。しかし、清潔な物など望むべくもない。汚れた包帯を換えようにも、とにかく物資がなかった。
薬も無く、身を隠しているために部屋の換気も出来ない。療養のための環境としては劣悪だ。それでも眠れる場所があるだけでも恵まれているのだろう。
ミンウさまはよく仰っていた。「魔法は万能ではない。きちんと洗浄・消毒して、患部を清潔に保つ。その上でようやく魔法の効果が十分に発揮されるのだ。」と。この言葉を今ほど痛烈に感じたことはない。実際、魔法を施してみても十分な効果は得られなかった。その時だけは多少楽にはなるようだったが、根本的な治療とは言えない。
既にわたしの体力も魔力もほぼ限界に達して、激しく消耗している。なんとか生き延びたものの、ピンチであることには変わりなかった。
これまで、ヒルダさまからスコットさまのことはよく伺っていた。まさかこんな形でお会いすることになろうとは、なんとも皮肉なことである。
ミンウさまはご無事だろうか。もしご無事なら、きっと心配なさっているだろう。早くりたい。帰ってミンウさまに会いたい。この世で一番安心できる場所に、早く帰りたい。脳裏に浮かぶ、深く青い瞳が心の支えだった。
ふと、スコットさまが何かに反応された。
「リリー。……何か、聞こえないか。」
スコットさまの言葉で、はっと我にかえった。確かに言われた通り、扉の向こうで物音がする。隠し扉になっていて、この部屋の存在は表からはわかりにくい構造のはずだ。それなのにまるで入り口を分かっていて探るような音に、俄かに緊張が走った。
入って来たのは3人の若者だった。初めは帝国兵かと身構えたが、フィンの合言葉を聞いてほっとした。彼ら曰わく、ヒルダさまが反乱軍をお作りになったそうだ。そして、彼らはそこから派遣されて来たのだ、と。
わたしたちは尋ねて来た若者たちと共に、ここから脱出することになった。
「よし、二人を連れてアルテアに帰ろう! ガイ。スコットさまを頼むぞ。」
フリオニールと名乗った青年が頭のバンダナを締め直し、大柄の青年に声をかけた。
「まかせろ。」
そう言うと、ガイは軽々とスコットさまを持ち上げて肩に担いだ。
「でも、帝国兵に見つからずにここを抜けられるかしら。」
心配そうに零すこの女性はマリアというそうだ。長い黒髪を耳にかけて、困った顔をしている。
脱出だけならわたしのテレポでできるだろう。今のわたしの状態ではアルテアまで飛ぶのは無理だが、フィンの外くらいならがんばれるかもしれない。
「あの。」
「どうした? リリー。」
「兎に角、街の外に出られれば良いのよね?」
フリオニールは怪訝な顔をしてわたしを見る。
「え? あ、ああ。そうだな。」
「マスターも、もう出たのよね? 」
「ああ、俺たちが来た時に出て行ったよ。」
「わかった。」
恐らく魔力は使い果たしてしまうだろうけれど、そのくらいなら何とかなりそうだ。
「後は頼むわね、みんな。」
「リリー? 何をする気だ?」
わたしが魔力を込め始めると、フリオニールは目を丸くして驚き、慌てていた。マリアとガイも此方をじっと見ている。
「脱出するのよ。」
「どういうこと? 」
マリアが驚いた顔でわたしに聞いた。けれど、答える余裕はもうない。
「みんな! わたしにつかまって! 早く! 」
全員が出られることを確認し、わたしはテレポを唱えた。
外の光がまぶしい。どうやら成功したようだ。けれど、だんだん意識が意識が遠のいてゆく。本当に魔力を使い果たしてしまったのだろう。誰かが遠くでわたしを呼んでいる気がするけれど、もうそれが誰だかわからなかった。
20140720
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