23 はなしたくない
幻獣と接触したブラックジャックはベクタ近くの森に不時着した。幸い機体そのものに大きな破損はないが、あちこち故障している。再び飛ぶには早急に修理が必要だった。
黒煙を吐くエンジンと、その設備への興味を隠そうともしないエドガーにセッツァーは額を押さえて深い溜め息をついていた。セッツァーは彼に付きまとい何かと手を出したそうにうずうずしているエドガーを、にべもなく一蹴する。
セッツァーは一通り点検を終えた。諦めきれないエドガーを後目に、彼は黒い上等そうな上着を脱ぐ。それを大事そうに洋服かけに納めてから、長い銀髪を頭の後ろで無造作に一つに纏めた。セッツァーは飛空艇の修復作業に取り掛かった。
修理しているセッツァーを飛空艇に残し、エドガー、マッシュ、カイエン、ロック、ティナがベクタへ向かう事になった。他の者はブラックジャックで待機する。しかし、この采配にエルは納得していなかった。
エルは、今度こそ自分も乗り込むのだと抗議したのだが、心配する仲間達はエルの主張を認めようとはしない。
「エル殿。これから向かうのは敵の本陣ですぞ。用心に越した事はござらぬ故、ここはぐっと堪えられよ」
カイエンが心配そうに、少し屈んでエルの顔を覗き込む。彼の隣で、マッシュやティナも同じような顔をしていた。
「君は狙われているんだろう。なのに、どうしてそんなに行きたがるんだ」
腕組みをしたまま、エドガーは大きく溜め息をついた。困り果てた顔をして、すぐ後ろの壁に寄りかかる。
すっかり静まり返った談話室に、セッツァーの作業音が響いた。
「……知りたいことが、あるの」
「知りたい事とはどんな事かな」
エドガーは真意を計りかねているように、エルを正面からじっと見る。しばらく彼女の答えを待つが、眉をしかめ顔を強ばらせるだけで返事はない。
ガウとモグは部屋の端のソファに並んで座り、事の成り行きをじっと見守っている。
「答えられないのか」
エドガーはずいと身を乗り出す。怖いくらいの真剣な顔に、エルは思わず怯んだ。泣きそうな顔をして、彼女はじっとエドガーを見上げる。
言いたいことが纏まらない。エルは追い立てられるような焦りを感じ、ますます表情を張り詰める。次に彼が何か口を開きかけた時、エルはたまらず談話室から飛び出した。
「エル! 」
皆が驚いて名前を呼ぶが、エルはそのまま走って飛空艇の出口へ向かって行った。
窓の外に見えるのは昼間でも薄暗い森の木々だけだ。あちこちにモンスターがはびこっているはずだが、エルは丸腰のまま森へ飛び出した。
「おい! どうしたんだよ? 」
いち早く反応したロックが追いかけようとしたが、エドガーはそれを制した。
「エル! 待つんだ! 何処へ行く? そっちはベクタでもないぞ! 」
エドガーは彼の足元に立てかけてあった剣を掴み、ひとりでエルを追って森へ入って行った。
エルは直ぐに見つかった。魔法が使えるとはいえ、何も持たずに出ている。そう遠くへは行けなかった。
エドガーはエルの無事を確認すると、ほっと安堵の溜め息をついた。
「エル……すまない」
「わたしも、ごめんなさい」
エルは力なく首を振った。目を合わせようとするエドガーの視線から逃れるように、エルは俯いたまま動かない。
暫く沈黙が続いたが、先に口を開いたのはエドガーだった。
「……最近、君は何かに悩んでいたようだね。私たちでは力になれないのかい」
エルは不安で顔を曇らせたまま、ずっと下を向いている。言葉を探しているものの、未だに適切な言葉は出てこない。
やや強い風が吹いた。周りを囲む緑全体が荒々しくぶつかって、木々のざわめく音が響く。
「エル、私はね。君が居なくなってしまったらと思うと、怖いんだ。今だってそうだ。丸腰でこんな森に入った。無茶はやめてくれ」
次の瞬間、エルはエドガーに抱きしめられていた。驚き緊張で、エル身体をキュッと固くする。
鎧で覆われてはいるが、エドガーの厚みのある胸板や腰は見た目以上にがっしりとしていた。エルは徐々に恥ずかしさが込み上げてくる。これでは余計に答えられそうにない。
エルはどぎまぎする心臓の動きに耐えながら、必死で答えるべき言葉を探していた。
「エル……? 」
ピクリとも動なかくなったエルに、エドガーは気遣うような声で呼びかけた。エルはっとして、思わずエドガーを見上げる。彼のよく晴れた昼の空のように青く澄んだ瞳が、悲痛に訴えるようにエルを映していた。
その瞳に、エルはようやく決心した。口にするのも恐ろしいと思っていたが、エドガーになら言ってもいいと思えた。
エルはその場でできるだけ大きく深呼吸する。気持ちを整えて、恐る恐る話し始めた。
「わたし、人間じゃない。かもしれない」
「……何だって? 」
エドガーの驚いた声が、静かな森に木霊する。次はエドガーが固まる番だった。瞬きも忘れて、エルの次の言葉を待っている。
「わたし、人間じゃなくなってるかもしれない……」
エルは視線をエドガーの胸元の鎧に戻し、搾り出すように告げた。
足元に生い茂る草が、風でパサパサと揺れる。葉が擦れ合う音がやけに耳についた。
「どういうことだい。まさか、君もティナのように……? 」
「それは、違うと思うの」
エルの黒い髪と黒い瞳は不安そうに揺れている。じっと重圧に耐えているかのような表情だ。エドガーには、エルが本当に消えてしまうのではないかと感じるほど、一層儚げに見えた。
ティナは見るからに、他者とは少し違う雰囲を纏っている。どこか神秘的なオーラがにじみ出ていて、ただの人ではない何かを思わせる。また、ティナの翡翠色の髪はとても珍しい。知り合いの少ないエルはともかく、一国を治めるエドガーですらティナの他に見たことが無かった。
エドガーは本来、魔法に関わる事全般に疎い。しかし魔石を扱うようになって以降、他の仲間達とは違うティナの桁違いに強い魔力や魔法への資質を感じ取ることができるようになっていた。
けれど、目の前にいるエルは、とてもティナと同じ見えない。どう見ても、何処にでもいそうな普通の人間の娘である。特別そうな雰囲気は、エルからは特に感じられなかった。
「幻獣でないなら、一体……」
「わからない。研究所のシドなら、何か知っているかもしれない。だから……聞きに、行きたいの……」
エルは青ざめて震えている。エドガーは、これまでのことを思い出し始めていた。
エルもセリスのような人工魔導師と聞いていた。だがエルはティナのように氷付けの幻獣と反応した。ただし、眠っていた力を引き出されたティナとは違い、エルはその幻獣に敵視されている。
また、ラムウと出会った時も、ラムウはエルに首を傾げていた。しかし、それらのことにエルに思い当たる節はない。
もしも、帝国時代の何れかの時期に、エル本人も知らないような重大な秘密があるとしたら。それならケフカがエルに執着する理由になり得るだろう。
エドガーはエルを抱く力を強めた。エルも特に抵抗することなく、大人しく彼の腕に収まっている。それどころか、気付くとエルもエドガーの背に手を回していた。エドガーの胸に顔をうずめ、縋るように泣いた。
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